ノラワラシ

エルマ少年と座敷童子

エルマがその噂を聞いたのは、夏休みが明けてすぐのことだった。


疑問に思う人もいるだろうから先に説明しておこう。


エルマは生粋の日本人である。地場ゼネコンで現場監督を務める父と、地方銀行で窓口業務を務める母の元に生まれた。

漢字で書くと“得馬“だ。


何かの授業で親に自分の名前の由来を聞いて発表しなければいけないことがあった時はいっそ休んでやろうかと思った。


凛とまっすぐに育って欲しいから“真凛“、優しく希望に満ちた子になって欲しいから“優希人“などとクラスメイトが発表する中で、


エルマは“お父さんが『エルマーの冒険』が好きだったから“と答えねばならぬことが嫌だった。


さらに当て字だ。

姓名判断でこれが一番縁起が良かったんだと言われても納得がいかない。


そもそも、我ながらそんな理由で子供に名前をつけていいのかよ、と思う。その手法を継承するのならば、エルマは子供に“方難ホウムズ“とつけなければなるまい。


話を戻そう。


エルマが聞いた噂である。その話をした友人は、怪談であると前置きした。


それは、学校で遊んでいるといつの間にか人が増えると言うものだった。三人で遊んでいたはずが四人になり、十人で遊んでいたはずが十一人になるらしい。


はて、何が怖いのだろう、とエルマは首を傾げる。


鬼ごっこに夢中になっているうちに、知らない子が混じっていることはある。


エルマだって校庭で楽しそうなことしているのを見ると、たとえ知らない顔であっても混ぜてと言うだろう。


最初に遊んでいた人数から増えることなんて、別に珍しいことじゃない。そんなことよりもランドセルの奥底に隠した答案用紙を母親に見つけられることの方がよっぽど怖い。


「でもね、その増えた子のことを誰も知らないんだよ」


友人は怪談口調で続けた。ビビらせたくてしょうがないようだ。


「たとえば、一年生から六年生まで全員揃って遊んでいるとする。当然人数は六人だ。けれどいつの間にか増えてる。


みんなは下校の音楽が鳴って解散する直前になって初めて、七人目に気づくんだ。


そして誰も七人目に増えた子のことを知らない。誰もが自分とは違う学年の子だって思うらしいんだよ」


「それ、怖いかなあ?」


エルマはやはり首を捻った。


少子化が叫ばれて幾年。田舎の小学校は一学年につき三十名もいないため、同じ学年であればどれだけ興味がなくても顔を覚えない方が難しい。なんなら他の学年であっても顔と名前が一致する。


そこに急に知らない子が増えているのは確かに不気味かもしれない。けれどその増えた子は、ただ一緒に遊んでいるだけである。


危害を与えてくるわけでもない。驚かせてくるわけでもない。怖がりどころが分からなかった。


友人は心底残念そうに肩を落としていた。これ以上は何を言っても無駄だと悟ったのだろう。話題を昨日見た面白い動画の内容に変えた。


エルマもそっちの方が聞いていて楽しかった。家に帰る頃には“一人増える怪談“のことなどすっかり忘れていた。

酷い点数の答案用紙をしっかり見つけられたせいもある。



その話を思い出したのは、自身が体験した直後のことだった。



ここ最近の流行はケイドロだった。

警察役と泥棒役をきっかり半々にできるよう偶数人集め、サッカーゴールを檻に見立てて行う。子どもたちは真剣だった。一人入ろうとして奇数になろうものなら、もう一人連れて偶数にしてから来いと喚く始末だ。


おかげで、すぐに気がついた。


下校のチャイムがなった時、全員集合した少年たちの人数が一人増えていることを。増えた者が誰であるかもエルマは気づいた。


おかっぱ頭の小さな女の子だった。


「お前、何年生?」


グラウンドの隅に投げていたランドセルの砂を払って背負いつつ、少女に尋ねる。その子は四年生のエルマよりも年下に見えた。


小さな一重瞼は黒目がちで、どこかで見たことがあるような気がした。後ほど、ばあちゃん家に飾られた市松人形であることに気づく。少女は首を傾げるだけで何も答えなかった。


たまらずため息をついて諭す。


「勝手に入っちゃダメじゃないか。俺たちは真剣勝負をしていたんだぜ。入るなら、ちゃんともう一人連れてきて偶数にしてくれなきゃ」


担任の先生が職員室から出てくるのが見えた。ギリギリまで遊ぼうとする生徒を帰らせようとしているのだ。若く優しい先生ではあるが、怒ったら怖い。ゆっくりと校門に足を向けて、帰ろうとしているんですよとアピールする。


少女は小さな口をモゴモゴと動かし、

「楽しそうだったから」

とだけ言って、校舎の中に駆け込んで行った。


その背中を見送って、エルマは校門付近の友人のもとに走った。バディを組んで泥棒を捕獲したすばしっこい下級生(あまりにも早い彼はチータと呼ばれている)が声をかけてくる。


「さっきのおかっぱの子、見たことないや。何年生だろう」


「お前と同じくらいだと思ってたけど、違うのか?」


チータは「知らねー」と言った。その他の学年も一様に首を横にふる。


この時になってようやくエルマは、あの友人の話を思い出した。

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