写り込んだものは

弥生ちゃんは人の話を聞かない

出火元は駅前商店街付近の民家で、焼け跡から二人の男女の遺体が見つかったと報道されていた。寝室部分が酷く焼けており、おそらく煙草の不始末が原因だろうと言われている。


頼むから絶対に同じ轍を踏むなよ、という言葉を残し光希は家を出ていった。友人の集まりがあるらしい。


何度も素直に頷く。律だって家を燃やしたくはない。


他にこれと言ってニュースのないローカル番組は、こぞってこの件を取り上げていた。何度も繰り返される光景を見たせいで感動が薄れた律は、最終的には緊張した面持ちのリポーターの横でチラチラと映る野次馬に見知った顔がいないかを探していた。


残念ながら知った顔はなかったが、花の冠を頭に乗せた女が映ったのが見えてゲンナリする。


人が死んでいるのにおめでたい格好をしているその神経が分からない。普段からああなのか、それとも話題になりたくてわざと目立つ格好をしていたのか。


嫌な気分になりつつテレビを消した。すっかり冷めたコーヒーを啜る。マグカップの淵にべっとりと口紅がついた。洗うのも面倒で、そのままシンクの中に置いて見ないふりをする。


ちょうど出なければいけない時間になっていた。



弥生ヤヨイから連絡が来たのは一昨日のこと。


職場について、始業時間までコーヒータイムと洒落込もうじゃないかと鞄を開けた時だった。立て続けにピロピロと鳴るスマホの通知に、慌てて消音モードに切り替える。


前の席のお局が眉を潜めたのが分かった。今日は挨拶しても返されなかった。機嫌が悪い。


PCのモニターに隠れながら内容を確認する。まあ、いつものことだろうと思っていたが、案の定だった。


彼女はフラれた日の翌朝に必ず大量のメッセージをよこす。しかもほとんどが元彼への不満だ。フった男本人に言ってやれというのに、この女は言う事を聞かない。


目まぐるしい恋愛遍歴のせいで、顔も曖昧な男の愚痴を朝から聞かされる身にもなってくれよと思う。


こりゃ次の休みは拘束されるぞ。


弥生に返事をするより先に、光希に連絡を入れておく。


“今週末、弥生と飲みます“


意外にもすぐに連絡が返ってきた。


“可哀想に“



「今日はしこたま飲むぞー!」


二件目に入った途端に、ご機嫌な弥生はそう叫んだ。すでに出来上がっていた先客の大学生らしき集団が「イエーイ」とジョッキを掲げてきた。


律は顔を引き攣らせながら、白い目で見てくる店員に二名、と伝える。弥生は見ず知らずの男とハイタッチしていた。酔うと誰彼構わず絡みに行く癖は社会人になっても健在だ。


アルコールを水で薄めただけのようなハイボールを一気に飲み干して、弥生は満足そうに、だらしない口元をさらに緩めた。


丁寧にカールされた茶色い髪と年相応のブラウスは、見た目こそ可憐でおしとやかに見える。それでもどうして男が続かないのかと聞かれれば、長い付き合いだ。はっきり答えてやろう。そのあまりに自己本位な性格である。


お通しで出された枝豆は冷え切っていた。注文した揚げ物も油がしつこくて美味くない。


「もっといい店を選んでよ」


一口食べた軟骨の唐揚げの皿をぐいっと奥に押しやって不満を言う。酒の飲めない律にとって、料理が不味い居酒屋は致命的だった。


弥生は左右に体を揺らして歌うように答えた。


「あたしは酔えればなんでもいいの」


「飲めない私のこともちょっとは考えてくれ。今日はほどほどにしなよ。私は燈子みたいに優しくないから、潰れたらその辺に置いて帰るよ」


「こわーい。律って本当に置いて帰りそうだもの。わかってるわよ。これでもセーブしてるつもり。


あーあ。ここに燈子ちゃんがいればなあ。一緒にバカみたいに飲んでくれてるんだろうなあ。あ、おにーさーん。こっちにハイボールくださいな」


高らかに二杯目を注文する。頭にバンダナを巻いた愛想のない店員が、忙しそうに伝票を書き込んでいた。


律は首を横にふる。


「それはないね。あの子、妊娠してるから」


弥生は明らかに嫌そうな顔をした。


「げ、そうだった。もうあの頃には戻れないのね。あーヤダヤダ。この歳になると急に連絡してきたと思えば、誰もが結婚だの妊娠だの言い出してさ。


みんなあたしを置いていくんだ。恋人のいないあたしをバカにするんだ。ひい、なんてこった!そういえば律だって人妻じゃないか。この裏切り者!」


「バカにしてないし、裏切ってもないよ」


枝豆を口にしながらモゴモゴ呟いた律の声は、弥生に届かなかった。


そもそもこの女、会話をしようとしない。いつも一方的に喋り、一方的に話題を変える。酔えば尚更だ。


弥生とは会うたび同じ話題をしている気がする。どうして振られたのか、自分の何が悪いのか、次の男をどうやって見つけるか。


当初は「人の話を聞かないところでしょ」とか「あまりに自分本位なところを治せ」とか「次の男もそれが治らなきゃ続かないだろうよ」と言ってやっていたが、彼女の都合のいい耳には聞こえないようだ。


次第に真面目に対応するのがバカらしくなって、最近では全ての話に肯定するだけに留めている。


彼氏が誕生日にブランドバッグを買ってくれなかった?二十万を出す価値がない女だと思われたと同然?そりゃ酷い男だね。うんうん、可哀想に。


すると弥生は勝手に満足して帰っていく。本当に、そう言うところだぞ、と思う。


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