生殖を伴わないソレ
好きなアーティストが新譜を出したおかげで火がついた。埃をかぶっていたギターを引っ張り出す。適当に鳴らし始めた曲は、随分昔にコピーしたせいでうろ覚えだった。
曖昧さを誤魔化すために旋律を歌う。原曲の力強いボーカルとは程遠い、弱々しい声が部屋の中に漂った。
「ちょっとは恥じらいというものを持ってほしい」
体からほかほかと湯気を出した
下着姿のままで。
光希とは五年の付き合いになる。
お互いにやることはやったはずだ。今更恥じらえと言う方が難しい。
「愛する女の裸を目の前にして、顔を顰めるとはどういう了見?」
弦を鳴らす手は止めずに、歌の合間に睨む。光希はじっとりとした目でビールを煽った。
「俺がもう十年若けりゃ、何でも嬉しいだろうけどさ」
「ああ、そうかいそうかい。お望み通りに服を着てやらあ」
とはいえちょうど腹が冷えてきた頃だった。音を止めて、手近にあったTシャツを着る。随分大きいと思ったら光希のものだった。
丈の足りないワンピースような出立ちとなった律の太ももをまじまじと眺めておいて、光希は頷く。
「うん。その方がずっといい。見えない方がいいこともある」
ピックを胸元に投げつける。
失礼だと思った。
光希は小学校の教師だ。
四年生のクラスの担任を持っている。毎日朝早く出て行っては夜遅く帰り、ちょっと晩酌をしたかと思えばすぐベッドに横たわる生活を数年続けている。
よくもまあここまで身を粉にして働けることよと感心するのだが、聞けば本当に子供が好きらしい。
光希には夢があった。
それは出会った時からずっと変わらず語っているし、なんならついこの前も言っていたような気もする。
将来、子供は二人欲しい。
欲を言えば一姫二太郎がいい。
休みの日にはキャンプに連れていったり、外でキャッチボールしたりして遊ぶんだ。クリスマスはもちろん、七夕とか桃と端午の節句とか、そういう季節の行事は欠かさず楽しみたい。俺、子煩悩になる自信があります。任せてください。
その話を聞くたび律は、他人事のように返事をするのだ。そりゃいい、可愛い我が子と人生を歩むのはさぞ幸福だろう、早くその夢が叶うといいね。
しかし内心疑問に思っていた。それはあの典型的なプロポーズをされて数ヶ月経った今もなお続いている。
えっと、それを産むのは私か?
⭐︎
「明日は休み?」
歯磨きをする光希の後ろに立つ。光希は何も言わずに頷いた。
それが合図だった。律も頷いて洗面台を後にする。ぺっとうがいをする音が聞こえた。
ベッドに潜り込んですぐに、Tシャツを捲られる。さっきギターを弾いていた時の格好と何も変わらないのに、押し付けられた体はすでに反応していた。それどころか、もっと見せて、と言って間接照明に手を伸ばすではないか。
ここで「見えない方がいいんじゃないの?」と聞くのは野暮なことだと分かっている。そんな冷めたことを言って際どく動く手を止められると厄介だ。
続きを求めて可愛くおねだりせねばならなくなる。
自身を見下ろす男の目に、ざらざらとした光が携えられたのを確認するのがたまらなく好きだった。幼い子供たちに向かって教鞭を執る彼の口が身体を這っているのは何とも背徳感があった。
光希が小学校教師から、ただ女を求めるだけの男になる瞬間が愛おしい。
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