第9話「師匠の友」

第十話「師匠の友」


「は!ここは・・」


 知らない天井だ――。




「気が付きましたか?」医者の格好をした一つ目の魔物が、優しく話しかける。


「私は一体・・・」すると、医者が答えた。


「あなたの道場から、ここに運ばれてきたんですよ。」


「道場から…。」


そうか、俺は、負けたのだ。


「そうなのか・・・そうだ!あの巻物は!」


咄嗟に大声を出してしまったが、正直なところ、バンスはその答えを知っていた。あるはずなど………ない。


「はて、巻物…ですか。署の方がお見えになっていますので、後で話を聞くといいですよ。」


「はあ…。」


バンスはしばらくの間、病室の窓を眺めていた。


夕暮れが、空を真っ赤に染めている。


真っ赤な空を見て、バンスはふと思った。思った、というよりは、直感で理解したと言った方が正しいだろうか。それは、いわゆるアハ体験にも似た現象であった。


「ああ、道場はもう二度と開けないんだな。」




「なんだと!」バンス師匠が驚く。


「なんですって!ドゥームが捕まらない!」


「はい」あれから数日が経ち、バンスは順調に回復して、退院を迎えた。ドゥームの行方が気になったバンスは、警察署へ向かい、話を聞きに来たのだが…。


「どうしてですか!」


「それが・・・奴がカイザー様に気に入られてしまって。こちらとしては手のほどこしようがないんです。」


「カイザーだって!」カイザーは、《七魔神》の一人だ。《七魔神》というのは魔界で絶対的な権力を持つ、七人の魔神たちのことである。


「くそ!」これには、バンス師匠もあきらめざるえなかった。明らかな実力の違いがあった。




署からの帰り道を、バンスは夢遊病患者のようにふらふらと歩いていた。


「このままでは、死んでいった道場の弟子たちに面目が立たない」


奴を思い出すだけで、バンスのはらわたは煮えくり返り、今にも脳内血管から、血液が吹き出しそうになる。


「七魔人なんか俺が!俺が………。くそッ!畜生!畜生ッ!!」俺が七魔人を殺す?考えただけで、震えが止まらなくなり、めまいがする。不可能だ。そんなの。


「もう、こんな世界はこりごりだ。」弟子の尻拭いも、復讐も果たせない。バンスは、徐々に自分がわからなくなった。


精神に支障をきたし、ついに、バンスは街で暴れてしまった。多くの建物を切り裂き、商店や家屋を破壊した。


その後、バンスは捕まり、判決が言い渡された…『魔界外追放』と。


『魔界外追放』とは、魔界の世界から別の次元へ追放させられる刑罰だ。この刑罰を受けたものは、魔界に戻ることは許されない。


「もともとこんな腐った世界から出ていきたいと思っていたから丁度いい・・・」そうして、バンスは何やら丸いポットのようなものに乗せられ、別の次元の宇宙へ飛ばされた。本来なら、宇宙空間の中を永遠にポットの中で過ごし、餓死する刑罰なのだがこの時、偶然にもバンスの乗ったポットは軌道を変え地球の山奥に着陸した。


「ここは・・・どこだ?」


「誰もいないのか・・・」バンス師匠は辺りを見渡すが、そこにはただ、草木が広がっているだけだった。


「ん?あれはなんだ?」山のふもとのほうに、うっすら明かりが見えた。バンスは、その光を頼りに、山を下りることとした。






 バンスは、わくわくしていた。まったく知らない土地で、全く知らない人々と暮らす。期待と不安の同居した感情のせいか、山を下りるにつれ鼓動も早くなった。


「どうも皆さん!」


ふもとまでたどり着き、なるべく軽快な笑顔で挨拶をする。しかし、住民から返されたのは、挨拶ではなく石と罵声であった。


「うわ!猿の化け物だ!」


人々はバンス師匠を見るなり叫び声をあげた。


「なんだ!なぜそんな目でみる!」バンスが叫ぶと村の人々が一斉に逃げて行った。


「なぜだ・・・」


理由は簡単だった。バンスは、その星の住民の姿とは明らかにかけ離れていたからだ。その後、バンスは様々なことに心底失望し山奥に籠った。それから、5か月後その村に一人の旅の侍が現れた。


ボサボサな髪にボロボロの着物。そして、酒が入っているだろうひょうたんをぶら下げていた。いかにもなダメ侍だ。


「いや~実にこの団子は絶品じゃ!」昼から団子屋へ入り浸り、酒を飲んで菓子を食う。


「本当に、京次郎さんはこの団子好きだな」と店の店主が言う。侍は、旅の合間にちょくちょく顔を出してはうまいうまいと言って団子を食うので、小汚い侍が店へはいっても店主は悪い気持ちはしなかった。


「当たり前じゃ!それよりお主もそろそろ結婚はせんのか?」京次郎と呼ばれた侍が笑う。


「いや~まあ、ご縁があればね・・・」団子をほおばりながら、再び京次郎は口を開いた。


「ええか!縁なんぞなもんでどうにでもなるわ!」店主は少し考えて


「・・・京次郎さんあんたの言う通りかもな・・・」と頷く。


「そうじゃろう!」


「それは、そうと京次郎さん。あんた~知ってるかい」


「何がじゃ?」


「この山奥に、古い寺があるやろ?」


「ああ、確かにあるが・・・」


「実はなその寺には、一人の猿の化け物がおるそうや」


「猿の化け物?なんじゃそれ?」


「知らないのかい?」すると、店主は怪談話をするようににやりと笑い


「その猿はその寺の床下で長年眠っていてな・・・夜、寺から抜け出して村に来ては作物や金品を盗んでいくそうや」


と耳打ちした。京次郎は何かを考えるようにしたあと、何やら不敵な笑みを浮かべる。


「すまんが、今からそこ行ってくるじゃけ。つけといとくれや。」


「やめなされ!何といってもその猿の化け物刀の扱いが実に上手いそうじゃ・・行っても命を無駄にするんだけだ、だから・・・」『これ以上命を無駄にするな』と言いかけたとき、


「だから、なんじゃ」と、京次郎は店主の額にデコピンをして会話を遮った。


「安心せい・・俺はこう見えて強いんじゃ、刀の使い方も江戸の都じゃめっぽう強いんじゃけ」がーはっはっはっはと、愉快に笑った。


「京次郎さん、だが・・・」


「それに・・・村の人方の困っている話を聞いて何も行動しない人間はおらんじゃけ」




山の寺では『猿の化け物』呼ばわりされたバンスが寂しく座っていた。頭の中で、村人たちの『化け物!!』という声が反芻する。


「くそ!なぜ俺がこんな目に」そんなことを繰り返し考えていると、不意に、下駄の音が聞こえた。


「おめーが猿の化け物か?」見ると、そこに一人の侍がいた。京次郎だ。


「誰だ?」バンス師匠はとっさに柄を掴む。


「俺は國光京次郎・・・化物退治に参ったしだいじゃ」


「猿どもは?」確か、山の入り口に私の猿どもを配置しといたはずだが。


「ああ、確かに武器を持った猿たちがいたな・・安心せい全員気絶させとるじゃけ」


「何!」バンス師匠は勢いよく立ち上がる。


 はったりか?まあいい一気にケリをつける。バンスは数秒もしないうちに刀を抜き、京次郎へ切りかかった。が、京次郎はその閃光のような剣筋を軽々とかわした。


「危ないな~」


「くそ!」バンスはまた刀身を振りかざす。


「お前、刀を使うのが随分上手いな。どこで習った。」バンスの攻撃を鞘で受け止めながら、京次郎は言う。そして、京次郎も刀を抜いた。その瞬間、バンスの視界から京次郎の姿が消えた。


―――速い…が、まだ読める!


バンスは、すぐさま後ろからの攻撃に反応し、攻撃を防いだ。


「ほお~やるの~」危なかった。少しでも判断が遅れていれば、今頃真っ二つだ。


「じゃが、これはどうかな?」声が途絶えるのと同時に、バンスのみぞおちを重い一撃が襲った。


「ぐふ!」一瞬のことだった。予備動作なしでこの速さ…。ありえない。こいつは本当に生き物なのか?


膝をつく間もなく、京次郎は刀を振り上げた。


先ほどの攻撃より速い!!どうする、避けるには遅すぎる。刀で防ぐか?いいや、この体勢からではそれも無理だ…。


バンスは考えることを止めた。


ただ、直観に従って動け。頭の中で、自分ではない何かがそうささやいた。バンスはこの時、生命の防衛本能が如何に精巧なものであるかを知った。


脊椎反射にも近い反応。咄嗟に手が動き、砂を投げる。


予想外の反撃に、京次郎の動きが一瞬鈍った。この時点で肉体の所有権はバンスに移り、隙をついて攻撃を避ける。


「猿と言われとる割りには、なかなかいい動きするじゃないか」


「お前こそな・・・」 すると、京次郎は刀を空で振って見せた。


「そろそろ本気で行くぞ」


「何!?」そして、再び視界から消える。


バンス師匠は辺りを見渡すが、姿は見えない。


「こっちじゃ!」上を見ると月を背に京次郎が刀を振り上げていた。


「くっ!」バンス師匠は刀で防ぐが京次郎の重い一撃に地面に叩きつけられた。


「くそ!」と、バンス師匠が言いながら立ち上がる。すると、今度は後ろから気配を感じた。


「何!後ろだと!」振り返ろうとしたが、首元に現れた冷たい感触に抑止され、肉体が硬直する。


「勝負ありだな」そう言うと京次郎は刀をしまった。


「・・・私の負けだ。」バンスも刀を収める。


「さあ、私を殺しに来たんだろう?早う殺せ。」京次郎はきょとんとした顔をすると。声を上げて笑った。


「いや、気が変わった!お前を殺すのはやめじゃ。」


「なぜだ?」バンスは京次郎に問いかけた。


「お前の目の奥底に悲しみが見えたんじゃ、本当の化け物がそんな悲しみを背負うわけなかろう」


「だが、私はお前らとは見た目が違うが」


「それがどうした、見た目が見た目が違うだけで化け物?そうなれば、お主から見えてる儂らだって見た目が違うから化け物じゃけ。みんな命を持って生きとるんじゃからみんな同じ生き物じゃ」


「儂は化け物ではない、か。」


「そうだ。あんたは化け物じゃない」そして、京次郎は山から降りようと歩き出した。俄かに、バンスが声を上げる。


「待て!」京次郎が振り返る。


「なんだ?」


「私の名は、バンスだ・・・。」京次郎は再び前を向いた。バンスから表情は見えなかったが、なんとなく、笑っているように感じられた。


「そうか、いい名前だ。」




 あれからというもの、バンスは、京次郎と幾度となく会っては様々な話をした。


話をするうち、この世界についても少しづつわかってきた。バンスがいる場所は「日本」と言い。そして、その日本は今、関ケ原の戦い以降、徳川という将軍によって統制されているらしい。


「なるほど、そしてその徳川幕府が様々な法律で日本をきつくまとめているのか・・・」


「まあ、そのおかげもあって合戦という無謀な争いはおきんくなったじゃからいいけの~」


「まあ、私には関係ないがな」そういうと、バンスはあっはっはと笑った。


「そうかもしれんの~、お主は気楽でいいわい。」京次郎も大きく笑う。


「それじゃ、今回はここでおいとまさせてもらうじゃけ」京次郎が立ち上がるとバンスは言う。


「そうだな・・・お前んとこの村で奥さんが待ってるかもしれんからな」


「ようわかったの~言った覚えがないのに」


「なんでもお見通しだ」


「ほ~お~流石は、人の心を読む猿の化け物じゃけ」京次郎は微笑する。


「ふん!勝手に言ってろ!剛腕の化け物が!」京次郎は笑いながら、山に消えていった。






「う、ひっ、ひっ、ぐ、おぇ、う、そ、そん”なことがあ” ひっく ったんですか」ジョージは京次郎の心意気に涙して、バンスはの話を聞いていた。


「それからしばらくして、あいつはくたばってしまったが、儂はあいつの分までもっと多くの正義を貫く若者を増やしたいと思っている。」


「僕もその京次郎さんみたいになれるでしょうか?」


「人生ってのは信じれば必然的に思う方向に進むもんじゃ」話を聞いていたジーザスも、同じく嗚咽するほど号泣していた。


「お、ぐ、う、ズズズ、ヴ、さ”す”が”師”匠、ありがた”きお言”葉です”ぅ、う」とジーザスが言うとバンス師匠は笑う。


「それじゃあ明日も引き続き練習頼むぞ、ジーザス、ジョージ、エデン」


「「はい!」」エデンは少し笑みを浮かべ、二人は嬉しそうに返事をする。そして、それからジョージは、血反吐を吐くような修行に耐えた___。








 ____5年後


「今日までよく頑張ったなジョージ、一通りの武術と体術はお前に教え込んだ。あとは実践で学ぶがいい」バンスの顔には、優しい笑みが浮かんでいた。


「ていうことは・・・」ジョージが状況を理解できず、目を丸くしていると、ジーザスが太刀ほどの大きさの紙を両手で広げ。


「お前をМABのブロンズランクに認定することにした」といった。


「やったーー!!」ジョージは声を上げて大喜びする。


「まあ、俺の弟子だから当然だろう」


ジョージは嬉し涙を流し、師匠たちへ向かって深いお辞儀をした。


「ありがとうございます師匠!」


「これでもうお前は立派な一人前だ!胸を張ってこれからも生きろ!ジーザス、こいつをジャックのもとまで送ってやれ」


「分かりました」ジェイスは言うとジョージを車に乗せてジャックの元へと出発させた。


「行ってしまいましたな。」エデンは寂しそうにつぶやいた。


「ああ」


「まったくあれほどつらい修行に耐えるとは・・・さすが師匠の弟子といったところですか」


「そうかもしれんな はっはっは」


 ジョージは車の中で、とても落ち着けそうになかった。久しぶりにジャックと会うのだから、無理もない。


(久しぶりにジャックに会う!楽しみだな~)そんなことを心で思いながら、ジャックのもとへと向かうのであった。



・・・つづく・・・

今回のイラストは京次郎さんです。

https://kakuyomu.jp/users/zyoka/news/16818023212316543112

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