第6話「特訓開始」
第六話「特訓開始」
ジョージが瞼を開くと目の前に大きな山がそびえていた。「うわぁ、すごい山だ」
驚いたジョージを見て、ジーザスはいじるように
「ここがお前の修行場だ。行くぞ」二人は山の中に入り歩き出した。山をしばらく歩き、石段についた。
「この石段を上ればいいんですね」ジョージは言う。すると、ジーザスがそれを阻止した。
「いや、その前に師匠に挨拶だ」
「え?」
――師匠はジーザスさんのはずじゃ…
「いるんでしょう、出てきてください」困惑するジョージを横目に、ジーザスが叫ぶように大きな声で誰かを呼んだ。
その声に答え、木の後ろから和服を着た、杖をついている老人が姿を表す。
「久しぶりだな、ジーザス」
頭に深く笠をかぶり、表情は良く見えなかったが声色からジーザスとの再会を喜んでいることが分かった。
「はい、お久しぶりです」ジーザスは会釈して答えた。
「そちらの少年がジョージか?」
「あ、はい。ジョージです。よろしくお願いします」老人が紳士的に笠を外した。「!?」その顔を見て、ジョージは驚愕した、なぜなら、隠れていた顔面が明らかに人のそれではなかったからだ。
「さ・・猿」猿顔だとか、毛深いだとか、そういうレベルじゃない。明らかに猿ッ!!到底、誤魔化すことのできない種の違い、骨格の異変。不意に恐ろしい考えが頭をよぎった。ジョージはあふれだしそうな涙を必死に抑止して、やっとのことで声を絞り出した。
「も・・もしかして魔物・・・?」するとジーザスがジョージに拳骨を一発お見舞いした。「バカタレ!師匠に向かってなんてこと言うんだ!」ジーザスが鬼のような形相で怒鳴る。
「ご、ごめんなさい!」反射的にジョージは空謝りした。だって、明らかに人間じゃないじゃん!
「大丈夫だ。それに、確かにお前さんの言う通り儂は魔物じゃ・・だが、安心せい儂は、そこらのあくどい奴らとは違うからのう」そう言うと、老人は口笛を吹いた。すると背後から猿たちが現れた。
「そいつらは、儂の使用人じゃ。いや、使用猿か?荷物はそいつらに預けるといい」
言われるがままに、ジョージは猿たちに荷物を渡した。荷物を受け取った猿たちは石段の上まで運んでいった。
「よし、じゃあ儂らもいこうかの」
老人は石段を上り始めた。
「は、はい!」二人もそのあとを追う。一同が石段を登りきり、大きな和風の屋敷にたどり着いた。
「ここが儂の屋敷じゃ」屋敷の中に入る。中は日本家屋のような内装だった。
「荷物はお前さん達が泊る部屋に置いてある。何か困ったことがあったら使用人たちを呼ぶといい奴らは、喋れはせんがジェスチャーをすれば理解してくれる」
「はい、ありがとうございます」お礼を言い、三人は屋敷の奥にある大広間へと向かった。「でっかいお屋敷だなあ」しばらく歩き、大広間についた。「遅かったな」不意に、大広間から声がした。声の主を見ると、畳で胡坐をかくエデンがいた。
ジーザスが顔をしかめる。
「師匠、不審者が一人います。ぶっ殺していいですか?」
「だめじゃ。知っての通り、エデンは聖真龍東寺切拳の名人だ。ジョージには体術もしっかりと教えなければならない。」
「はあ。」納得いかない、といった表情ではあったが師匠には逆らえないらしい。
老人がジョージに近づき、しゃがみ込んでから言った。
「ジョージといったか、ジーザスから話は聞いた。お前さんにはこれから儂らと修業をしてもらうぞ」
「はい、お願いします!」そして二人は屋敷の庭に出た。
「しかし、お前さんはまだ若い。つまりは無知。まず最初に一つ覚えておけ。いいか、修業は生半可な覚悟じゃやっていけないぞ」
「はい、覚悟はできています」
「そうか。・・・おい、ジーザス」師匠が手招きをして、ジーザスを呼び出した。
「はい」
「儂はちと部屋に戻るでな、先に着替えて修行を始めといてくれい」
「分かりました」
「それと、儂の酒を知らんか?」
「それなら、食糧庫に置いてあります。あまり飲みすぎないでくださいね、師匠は剣術は一番ですが、酒酔いも一番ですから」
「ああ、分かった」師匠はそう言うと自分の部屋に戻っていった。
「よし、じゃあ修業を始めるぞ」ジーザスはジョージに木刀を渡す。
「まずは武器の構えから見る、突いてみろ」
ジョージは木刀を突き出す。その様子を見て、ジーザスがそれを止めた。
「違う、剣先を上に向けて突きを放つんだ」
「はい!」そして再び突きを放ち始めた。しかし、またジーザスがそれを制止する。
「違う、もっと腕を捻って腰を入れるんだ」再び突き放つ。今度は思いっ切り。
「違う!!」ジーザスは乱暴に木刀を奪い取った。
「どうやら、基礎からみっちりしごかなければならんな」
「すみません、お願いします!」ジョージが頭を下げた。
「よし、それじゃあこれを使え。ほれっ」
ジョージは師から虫取り網を受け取った。
「あの、これは?」当然の疑問である。子供は遊んでおけということだろうか?バカにされている?先ほどの突きで師匠を怒らせてしまったのだろうか…。
「いいか、今から貴様には山にいるトンボを十匹捕まえてもらう。それまで、絶対に飯も泊るところもやらんからな」
「十匹??しかもトンボ?」やはりだ。明らかに侮辱されている。「早くしないと野宿だぞ」そう言ったっきり、ジーザスは部屋に戻っていってしまった。仕方がない…ジョージは虫取り網を持ってトンボを探しに行った。
「それにしても、トンボ十匹だけでいいなんてどういうことだろう?」ジョージは首をかしげながらも早速一匹目のトンボを見つけた。
「まあ、いいかさっさと捕まえて帰~えろ」バサッ 網を振り下ろして感じた確かな手ごたえ。ジョージの生まれ育ったクソ田舎では、娯楽といえば読書か虫取りくらいだった。だから、虫取りには自信がある。「あれ?」しかし、とらえたはずのトンボは今もなお悠々と宙を飛び続けていた。
「え、ちょ」何度も何度も網を振り続ける。しかし、一向にトンボが捕まる気配はない。
「ちょっと!」ジョージが追いかける。しかし、トンボは目にもとまらぬ速さで逃げ続けた。一連の動作が幾度も繰り返し行われる。
――くそう、なんて速さだ!
今度こそはと、先ほどよりも速く速く走るが、それでもトンボには追い付けなかった。日もくれ始めたころ、遠くの方からジーザスの声が響いた。
「おい!まだ捕まえられないのか?」
「ちょっと待ってください!なんなんですかこのトンボ!!速くて全然追いつけないんです!!!」飽きれたようにジーザスは
「まったく、その程度か。俺はもう捕まえたぞ」
「え!」
「こいつを見ろ」ジーザスの取り出した虫かごの中には、何やら蠢くものが見えた。
「あ!」これトンボじゃん!しかも30匹はいる!
「じゃあ、俺は戻るからな」ジーザスは屋敷に戻っていった。小さくなっていく背中を眺めながらジョージは諦めずトンボを追い続けた。
「くそお~、絶対に捕まえてやる」だが、やはりつかまる気配はない。だんだんと辺りも暗くなっていった。
「全然駄目だ…」ジョージはすでに消耗しきり、立っているのもやっとだ。
「もうだめだ、やっぱりジーザスを怒らせてたんだ。ジーザスさんに謝って、許してもらおう」諦めかけたその時、不意にジャックに言ったことを頭をよぎった。「いや、まだだ・・・ジャックに言ったんだ『強くなる』って。だからこんなところで負けちゃダメなんだ。逃げちゃ、ダメなんだ。」歯を食いしばり、体に鞭をうって立ち上がる。ジョージは知っていた。ジャックが如何に自分のことを大切にしているかを。如何に僕のことを信頼しているのかを。修行を許してくれたジャックを裏切れない。僕はジャックとの誓いに絶対服従なんだ。ジョージは、トンボを追い始めた。
「まだだ!まだだ!まだだ!諦めてたまるか!!」
______月も沈み、朝日が出てきた。標高1000m以上の鳥神峰からは、太陽を見下ろすことができる。朝日の橙に染まりながら、屋敷の入り口で一人立っている男がいた。ジーザスだ。
そこに、エデンが来た。
「誰を待っているんだ?一晩中、寝るまも惜しんで」
「ただの警備だ。」ジーザスは言うが
「いいや違うね。俺はたくさんの奴と会ってきたから分かる。それは、誰かを待っている目だ。」しばらくの沈黙。回答の意思がないことを読み取ったエデンが沈黙を切り裂いた。
「・・・やはりあいつか。しかし驚いたなあ。お前はすぐやめちまうかと思ってたぜ。師匠とか、そういうキャラでもねえだろ?」
「・・・」
「諦めろ、子供には無理だ。お前も知っていてやってるんだろう?ここのトンボのこと。」
「ああ、分かっている。でもあいつは見どころがある。」
「なぜそう言い切れる?」
「直感だ。」
ジーザスは朝日を眺める。徐々に影が短くなっていき、日光に当たった肌が温まっていくのを実感した。
「どうやら、当たったみたいだな。お前の直感。」
完全に日が昇り切り、ひぐらしの声も止んだ頃、遠くに子供の人影が見えた。ボロボロになって、顔を傷塗れにしたジョージが走って、こちらへ向かってきている。
「戻ったか、どうだ十匹捕まえられたか?」頷いて、ジョージは虫かごをこちらに向ける。
「や・・・やった・・よ」バタリ 緊張が一気にほどけて、その場に倒れこんでしまった。
「おい!」ジーザスは駆け寄る、ジョージの虫かごの中身を見るとそこにはしっかりと十匹のトンボが入っていた。そしてジーザスは笑う。
「どうやら、そうらしいな。」
ジーザスはジョージを抱え屋敷へと向かった。
・・つづく・・
今回のイラスト第三回目は、聖真龍東寺切拳の使い手「エデン」です
https://kakuyomu.jp/users/zyoka/news/16817330668173047482
来週は「???」です。お楽しみに!!
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