妹の絵

 眩暈に覆われた思考の中で、おれは美術館の奥へと向かった。

 そう、おれにはやることがある。人殺しを誘発して、地獄絵図を作り出してまでやりたかったこと。

 妹の絵を、壊さなきゃいけない。ボードに貼られている、紹介文――適当に読み飛ばし、妹の高校名を見つけた。

 高松櫻川高校――視線を止めた。藤沢京子――名刺を目で追った。右から三列目――大きな画板に絵の具で描かれた絵を見た。のけぞった。

 目を疑った。京子の絵に描かれているのはおれだった。

 分厚く塗り込められた絵の具で描かれたおれは、背景の青空と合わさって爽やかだった。絵の中のおれはこれ以上の幸福はないとでも言うように笑っていた。

 妹の才能に対する憎しみを抱くことも忘れ、おれは絵の前でしばらく放心していた。背景を青空にした意味も分からない。いつも誰かと比較されることを怖れ、俯くばかりだったおれ――考えてみれば、おれはちゃんと青空を見たことがなかった。

 乱雑な足音、悲鳴、叫び声――全てが遠のく。いつの間にかこの絵が飾られている部屋には誰もいなくなっていた。

 題目――私のお兄ちゃん。強烈な感情が込み上げた。鼻水で噎せた。妹にとってはおれなんか必要じゃないのに、何の役にも立たないのに。それでも京子はおれを描いた。呆れるほど丁寧な絵だった。

 深く深呼吸をした。この絵を壊さなければいけないのだ。

 何のために人間を捨てたのか。手を伸ばせば、絵はすぐそこにある。ナイフだって持っている。額縁に飾られているとは言え、力を込めれば簡単に剥がすことが出来る。地面に叩きつけてしまえばいいのだ。切り刻んでやれば良いのだ。おれはそのためにここに来たんじゃないのか。

 手は動かない。震えだけが止まらない。

 膝をついたまま、おれはただ震え続けた。

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