榮倉遼一
肌がびりびりと痺れる。こいつはなんだ? わからない。何で平然とそうしていられるんだ? わからない。
数限りないほど浮かべてきた榮倉への殺意が急速に萎んでいく――得体の知れない存在に対する恐怖に容易く置き換わる。
こいつこそ殺さなきゃだめだ――落ちていく神経に言葉が届かない。だって、こんな。
悍ましい感覚が頭の中でうねっている。周りの景色がゆがむ中で、鳥肌だけが確実におれに訴える。右腕の筋肉が異様に張っていることにおれは気づいた。右腕の先で存在を誇示する鋭利な鈍色――無意識のうちに、強く握りしめたナイフを翳していた。一切血のついていないナイフが照明を受けて、冷たく光った。
「何? おれを殺すの?」
榮倉遼一は笑い続けている。心臓が握りつぶされているように痛い。千切れそうなほどに激しく鼓動が刻まれている。おれの両腕は震えだす。指がひきつけを起こしたように動かない。
榮倉を殺す――全て消し飛んだ。頭の中が爆発した。
おれは後ずさりした。生暖かいものにぶつかってよろけた。
視線を足元にやる。血濡れの男の死体。血走った眼球が生命を失い、せり出している。眼球の底にある神経がむき出しになっていた。
悲鳴をあげておれは駆けだした。
走りながら辺りを見回す。背中を赤く染めた、穴が無数に空いたシャツを着た少年。美術館に充満する血の匂い。制止しようとする大人。怒号を上げる長崎。自らの首をナイフで抉り、こと切れた中島。スーツ姿の男の顔面を持ち手まで赤く染まった金属バットで打ち砕く新庄。
あまりに濃い血の匂いに、おれは口を押えてしゃがみ、噎せた。おれは地獄絵図を正視できず、屈みながら駆け出した。転びそうになりながらも走った。倒れそうなほど濃厚な血の匂い――鼻をつまみながら、千鳥足で隣の間へ向かう。
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