外伝 ――『高瀬壮太』という男――

市原雷電曰く①



 日本で最も知名度のあるスポーツ選手は誰か、と問われれば、答えは分かれるだろうが、では、ところを変えてアメリカで、「最も知名度のある日本人スポーツ選手は誰か」と質問すれば、多くのアメリカ人は『ジャック市原』と答えるだろう。

 ジャック市原――本名、市原雷電は、NFLの選手である。

 史上初の日本人NFLプレイヤー。

 それが雷電だ。

 二メートルに迫る上背に200キロのバーベルを事も無げに持ち上げる膂力、100メートルを10秒で走り抜ける走力。そして、何よりも超人的な視野角と反応速度に代表される運動センス。

 ポジションはストロング・セイフティである。史上最高峰の、と表現してもいいレベルの。

 日本のバラエティー番組に登場した際、雷電は自らのポジションのことを、


『ボール持ってる奴をぶっ倒すポジションっスね』


 と、極めて簡潔に表現した。

 雷電は、その名の由来となった局地戦闘機と同じく、敵の攻撃を防ぐ最速最強の男なのである。






「一番強かった相手……ですか?」


 オフシーズン。

 都内の高級ホテルの一室である。

 取材を受けていた雷電は、記者にそう問われた。

 当初こそ、NFLのクォーターバックやランニングバックなどを挙げていた雷電であったが、途中、


「これオフレコで」


 と断りを入れると、こんなことを話し始めた。


「……自分で言うのもなんだが、俺様は強い。相手を倒せば勝ち、という競技では、ほとんど負けたことがない」


 長い脚を組み、経験と才能から来る自信に満ち溢れた口調で、彼は言う。


「ラグビーやバスケットも当然得意だ。ああ、カバディもな。プロカバディ選手になっても良かったかもしれないと思ってるよ。柔道やレスリングも強いぞ。相手を倒せばいいだけだからな」


 柔道にせよレスリングにせよ、「相手を倒せばいいだけ」というような単純な競技ではないのだが、彼に言わせればそうなるのだ。

 恐らく、市原雷電という人間はどんなスポーツを選んでも大成したであろう。

 何せ、タックルを喰らっても全く倒れることがないくせに、自分は相手選手を倒しまくるという、無茶苦茶な身体能力、いやさ、戦闘能力の持ち主なのだ。しかも、そんな強靭な肉体を持ちながら、陸上選手並みのスピードで走る。

 バラエティー番組の企画でレスリング選手を秒殺したのは彼のよく知られた伝説の一つである。


「スパーリングをやったことがあるんだ」


 高校時代のことである。

 友人に紹介された相手とスパーリングをやったんだ、と雷電は語った。

 ルールはMMA方式。目突き・金的以外は、ほぼなんでもありの勝負である。

 無論。

 市原雷電に格闘技の経験は全くない。

 全くないが、問題もない。当時から彼は日本最強の男だったからだ。

 だが、しかし――である。


「あの時ばかりは、負けることを覚悟したね。その相手というのがまた傑作でな、百七十五くらいの、痩せ型の兄ちゃんだったのさ。こっちの身長、二メートル近いんだぜ? 試合でも練習でも、同等の体格の奴とやり合うことは珍しくない。それなのに、それなのにだ――俺が一番、『負けるかもしれない』と思ったのは、その兄ちゃんとのスパーリングだったんだ」


 MMAという畑違いのルールだからでは?

 相手は総合格闘技で一流の選手だったのでしょう?

 記者は当然、そう質問したが、雷電は首を振った。


「それが違うんだよ。奴は、全くの無名……。格闘技も齧った程度で、総合なり、ボクシングなりで結果を残してる人間じゃない」


 面白いだろう?と雷電は笑う。


「いるんだな、ああいう奴も……。暴力沙汰に向いているとしか言えない奴も」


 天性の肉体と反射神経を持つ彼をして、その存在は異常だった。

 暴力というものの才能が凝縮したような相手。


 その青年の名は、高瀬壮太と言った。


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