第289話 シュレア屋敷10。28階層9


 アキナちゃんを迎えにやってくるお父さんハーブロイさんが、俺に礼を言いたいというのでそれまでシュレア屋敷で待機することになった。


 待機と言っても俺には仕事があるので問題は全くない。問題があるとすれば今読んでいるコミックの残数があと数冊しかないというところだ。

 ハーブロイさんは4時ごろアキナちゃんを迎えにくるそうなので、それまでには確実に読み終わってしまう。


 最新刊まで読み終わり、次の何を読もうかタマちゃんと相談して今度は巨人をたおしていくらしいコミックを読み始めた。


 新しくコミックを読み始めてしばらくしたところで、ハーブロイさんが到着したと警備員Aが教えてくれた。

 俺はコミックを開いたままタマちゃんに預かってもらい、白銀のヘルメットを被って応接室に急いだ。


 すぐにソフィアとアキナちゃんが2階から下りてきて応接室にやってきたので、アキナちゃんを椅子に座らせおいた。

 それからすぐに大きな包みを両手で持ったハーブロイさんを警備員Aが連れて応接室にやってきたところで俺は立ち上がりハーブロイさんを迎えた。



「どうぞアキナちゃんの隣りにおかけください」

 ソフィアがそれを訳してハーブロイさんに伝えた。

「どうも」



「イチロー殿、娘のことで重ね重ねありがとうございます。

 お礼といって何か良いものを探したんですがなかなか見つかりませんでした。

 それで、亡くなった親父が持っていました本を持参しました。

 錬金術の秘伝書ということです」

「ハーブロイさんのお父さんは錬金術師だったんですか?」


 ソフィアが通訳したのを受けてハーブロイさんが答えた。

「いえいえ、ただの趣味でこういった本を集めていたようです。

 その本の中にはヒールポーションはもとより『神のしずく』の製法や『エリクシール』の製法なども載っています。

 ただ、この本に書かれた製法で『神のしずく』や『エリクシール』が本当に作れるのかどうかは、記載された材料があまりに希少なためこれまで一度も試されたことはないようです。

 わたし自身はそれにかけていたんですが、実際のところ本当にそういったものが作れるのかは定かではありません。

 それでもヒールポーションについては親父が人を雇って試したことがあるようで、今の製法とは違うもののここに記された製法でも作ることができたという話です」

 ほう、錬金術か。ちょっと興味があるぞ。

「それでは、ありがたくいただきます」


 そこからしばらくソフィアつうやく経由で雑談をした。


「……。夕食の後、アキナがうれしそうに話してくれる今日の勉強の話を聞くことが日課になっています。

 それでは、お邪魔しました。アキナのことこれからもよろしくお願いします」

 俺たちは帰っていくハーブロイさんとアキナちゃんを玄関ホールまで見送った。


「ソフィア、空いた時間にさっきもらった本を翻訳しておいてくれないか?」

「はい」

「書き込む用紙とか筆記用具は大丈夫かな?」

「館から引っ越す際に持参した大判の紙もありますし、先日いただいたノートもボールペンもあるので十分です」

 そう言えばそうだった。


 時計を見たら4時半近かったので、うちに帰ると告げてタマちゃん入りのスポーツバッグを手に持ってフィオナが肩に止まっていることを確かめてからうちの玄関前に転移した。


 父さんは遅いそうだったので風呂の用意をして早めに風呂に入り、すぐに夕食になった。



 夕食を食べて2階に上がった俺は机の椅子に座ってタマちゃんに出してもらったコミックの続きを読み始めた。

 チェンソー振り回すのも面白かったが、これも面白いじゃないか。

 チェンソーには敵わないのだがこの巨人も結構グロい。いいのか? 保護者までこんなの読んでて? いやいや保護者だからこそ内容を吟味しないとな。


 ちょっとだけよ。と思って読み始めたコミックだったのだが、気が付けば10時だった。


 戦闘中は時間が伸びるのだがコミックを読むと時間が縮む。どちらも集中した結果なのだと思うが、時間経過の感じ方が逆だというのは不思議なものだ。


 などと考えながら俺はベッドに入った。

 タマちゃんは分からないがフィオナはずいぶん前にふかふかベッドで眠っている。


 ベッドに入った俺は主観的時間についての考察は忘れて今日期せずして手に入った錬金術の本のことを考え始めた。

 その本なのだが、ソフィアの翻訳任せなので中身についての評価はそのうちだ。


 内容量によるのだろうが、この夏休み中に翻訳できたらありがたい。

 ソフィアは自動人形だから、ミアたちの勉強の合間に休まず翻訳するような気もする。いくら自動人形だとは言え、ちょっとかわいそうな気がしないでもない。


 そうだ。今回科学技術関係の研究タイプの自動人形を新館では用意したんだから、錬金術関連の研究タイプ自動人形を作ってもいいかもしれない。

 地球の場合錬金術が化学の基礎となったとか聞いたことがあるので化学と錬金術の融合とか夢がある。


 とはいうものの、治癒の水がある以上、あまりニーズはないかもしれないが、治癒の水だって無限じゃないし、いつ枯れるかもしれない以上そういった技術の確立は意味があると思う。

 本の内容はわからないが『神のしずく』や『エリクシール』ができなくとも、ヒールポーションができれば万々歳だ。

 原料が薬草のようなものなら、薬草園を新館の近くに開いてもいい。夢は膨らむ。


 とか考えていたらいつのまにか眠っていた。




 翌日。

 特に用事はなかったので、シュレア側の28階層の探索を続けることにした。

 冒険者の用意をして専用個室で武器を持ちだし、いったんタマちゃんに預けてシュレア屋敷に転移した。

 シュレア屋敷ではミアたちと一緒に朝食をいただき、居間のしばらく休憩していたらソフィアがやってきて翻訳の進捗しんちょくを報告してくれた。

「いちど通しで読んで、分からない言葉などを抜き出しました。

 今日は午後から書店に行き、翻訳に役立ちそうな本を購入します。よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。お金は大丈夫かな」

「それほど高価な本ではないはずですので問題はないと思います」

「護衛を付けて行ってくれよ」

「はい」


 報告を終えたソフィアが返っていったので、俺は装備を整えて、前回最後に立っていた28階層の通路上に転移した。


 ディテクター×2、ディテクトトラップ、レビテート。三種の神器を発動。

 罠の類はまだ復活していなかった。例の黒スライムも通路上かなり離れた場所にいるのが分かったが、俺には気づいていないようで動きはない。


 まだ開けていない扉を開けて順に片付けていく。


 昼休憩、シュレア屋敷に戻ってミアたちと昼食をいただき、少し休憩してからまた28階層の探索を再開した。

 この28階層はいつも通りマッピングしていないため取りこぼしも多いと思うが、総当たりで探索しているので極めるにはまだまだ時間がかかる。

 

 この日の収穫は89個の核と、アイテム類。アイテムについてはこれまで手にいれていたものと重複していて新しいアイテムは手に入らなかった。


 専用個室に転移して武器をロッカーに収めた後、89個の核だけ買い取ってもらった。

 総買い取り額=71億2000万円。

 累計買い取り額は542億9126万円+71億2000万円=614億1126万円となった。


 1日潜って70億。1000億まであと380億。6日潜れば達成してしまう。SSSランクに成ってしまうと、もう冒険者カードを人前では出せないんじゃなかろうか?


 俺の高校だと少なくとも年間100日は休みがあるから、100日全部潜っていたら7000億だよ。7000億。さすがに高校3年生ともなれば受験勉強をすると思うけど、今から卒業までに100日は潜りそうだ。いいのか俺? そこらの大企業のオーナー社長よりお金持っちゃうことになるぞ。


 大学4年で卒業するころには日本一になってるかも?

 そこまで来てしまうと俺にとってはお金の価値がないようなものだな。

 と考えると、お金も時間も主観的に見れば似たようなものというわけか。なるほど。一つ賢くなった。


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