第290話 氷川涼子20。地震3


 今日は氷川と久しぶりにダンジョンに潜る日だ。

 俺はコーチのようなものなので氷川の成長を見るのがなんとなく楽しい。

 氷川の場合、俺の薫陶よろしきを得て成長したというわけではないだろうがそれでもだ。


 今日の待ち合わせ場所はいつものように1階層の渦の近く。

 氷川が成長した今、俺が武器を装備する必要などないのだが、1階層は人が多いので手ぶらだと逆に目立つので、センターの武器屋で買った大きい方のメイスだけ装備している。


「おはよう」

「おはよう」

「今日は何階層に行く?」

「13階層だ」

「13階層だと12階層からの階段下しか覚えていないんだがそれでいいか?」

「地図を描くから、その方が都合がいい」



 転移でショートカットしつつ現れた階段下の13階層の空洞だが、壁のところどころが崩れていた。


「壁が崩れているけど、何かあったのか?」

「4日前に地震があったんだが長谷川はダンジョンにいなかったんだな?」

「何時ごろ?」

「わたしは車に乗っていたから知らなかったんだが、ニュースだと2時ごろだったそうだ」

「ニュースになるほどだったのか?」

「国内全部のダンジョンで正確ではないが震度3から4で揺れたらしい。幸いけが人は出ていなかったようで、大きなニュースにはなっていなかったな」

「そうなんだ。それで崩れたのか?」

「そうじゃないか?」


「ダンジョンって壊れても勝手に元に戻ると思っていたんだがおかしいな。いつか俺がファイヤーボールで坑道の壁に孔を開けたことがあっただろ?」

「あったなー」

「あの後そこに行ったんだが、すっかり元通りになって飛び散ってた石なんか見えなかったぞ」

「ふーん。謎だな。だからと言って今崩れている石とかは現にこのままだし、明日になってもこのままなんじゃないか?」

「そうなんだろうけど、崩れたままっていうのがどうもなー」

「長谷川がおかしいと思うのは仕方ないが、崩れた物は誰かが片付けなければそのままだというのは一般常識だからおかしいとは思わないんだが」

 そう言われればその通りではあるが、何だか釈然としない。とはいえ考えていても仕方ない。


「このことは置いておいてサクサク行くとするか」

「おう」


 ディテクター×2。


 ちゃんとモンスターらしい反応があった。

「前回同様14階層への階段前まで移動すればいいな」

「それで頼む」


 氷川はリュックを下ろして地図用のバインダーとシャープペンを取り出した。

 氷川の準備ができたところで俺はフィオナレーダーを起動して14階層への階段に向かって歩き始めた。


 要所要所で立ち止まって地図を描く関係でかなりゆっくりしたペースで歩いて行くこと1時間。

 途中モンスターの反応があったが通路上では遭遇しなかったので戦闘のないまま14階層に続く階段前に到着した。


「それじゃあ、ここからモンスター狩だな。俺が案内するから氷川がたおすでいいな」

「それで頼む」


 再度ディテクター×2


 そこから氷川は魔法と織り交ぜながら危なげなくモンスターをたおしていき、昼食時間になった。

「この階層も問題ないようだったな」

「そうだな」


「氷川、今日はどこで食べる?」

「長谷川のお屋敷に厄介になりっぱなしでは悪いから今日はおむすびを祖母に作ってもらってきた。長谷川も昼食は持ってきているんだろ?」

 そうか、今日は昼食の用意はいいから。とか氷川に言い忘れていたものな。変に気を使わせてしまったか。

「俺はいつものおむすびを持ってるから、ここらへんで座って昼食にしよう」

「ああ」

 弁当なら半地下要塞で食べてもよかったが、今日は久しぶりに坑道の壁際に氷川と向かい合った。


 俺はおむすびパック、氷川は例の大型おむすびだ。

 タマちゃんには俺と同じおむすびパックで、フィオナには俺のおむすびのご飯つぶだ。


「氷川。こういうのもいいな」

「わたしはいつもこうだけどな」

 そういえばそうだった。

 氷川がこの程度で気を悪くするとは思えないがちょっと気まずいぞ。

 と、思っていたら、俺の肩に止まっていたフィオナが飛び上がって向かいに座る氷川の肩の上に止まった。


「フィオナちゃん」

 氷川がニコニコ顔で肩に止まったフィオナとお話を始めた。

「ふぃふゅ、ふぃふぁふぃ」

「そうなんだー。さすがはフィオナちゃんですねー」

「ふぃふぃ。ふゅふ」

「ふーん」

「ふゅふぇふゅ。ふぃ」


 ……。


 これって会話になってるのか?


 氷川のキャラが崩壊していくのだが、よく考えたら愛車のロンドちゃんの中でガンガン鳴らしていた曲から考えて、これが本物の氷川ってことなのだろう。

 以前の氷川はキャラを作っていて、今の氷川はキャラを作っていない地の氷川。

 自称氷川のコーチである俺に心を許したってことか。

 コーチと選手の信頼関係で選手のパフォーマンスは大きく変わる。今までの氷川の急激な成長から考えれば氷川が俺を信頼しているということは自明だ。


「おい。長谷川、なんだか揺れてないか?」

 急に氷川が真面目な声を出した。

 確かに坑道内が揺れている。


 坑道全体が同じ動きをしているせいか、何かが動いているような感じは全くしないのだが、妙な加速度を感じて体が揺れる。

 何だか酔ってしまいそうだ。


 揺れがだんだん大きくなってきた。

 俺は手にした日高昆布のおにぎりの最後を口に入れて飲み込んで立ちあがり、壁に手をついてバランスをとった。

 氷川も俺と同じよう立ち上がって坑道の壁に手をついてバランスをとった。

 揺れはさらに大きくなって天盤から小石が落ち始めた。


 これはヤヴァいぞ。


「氷川、荷物を持って俺の手をとれ、ここから逃げる。フィオナも俺の肩に」

「ああ」

 フィオナもすぐに俺の肩に戻り、俺もリュックとメイスを持ったところで半地下要塞前に転移した。

 なんでここに転移したのか分からないが、とにかくここは揺れていなかった。


「びっくりしたなー」

「ビックリというより怖かったぞ。

 で、ここは長谷川の小屋の前だな」

 小屋って言うな!

 小屋なんだけど。


「氷川はどこにも怪我してないよな」

「ああ、大丈夫だ」

「荷物も無事か?」

「全部持って来られた」

「ならよかった」


「今の地震もここのところの地震と無関係ではないだろうから全部のダンジョンで今の揺れがあったんだろうな」

「だろうな」

「ここは全然揺れていなかったところを見ると、ここは完全にダンジョンの外ってことだな」

「そうだな。もう少し落ち着いてから戻るとしてどこに戻ろうか? さっきの場所じゃマズそうだものな」

「そうだなー。さっきの感じだとおそらくけが人が出てるから、1階層に戻ってけが人の救護した方がよくないか?」

「1階層で地震の影響が出そうなところというと大空洞の壁際だよな」

「少なくともケガ人は渦を通ってセンターに避難するだろうから、センターに戻った方がいいかもしれないぞ」

「そうだな」


 氷川のヒールの能力がどの程度か分からないしヒールをどれだけ連続できるか分からないから、治癒の水を持っていった方がいいかもしれない。

 でもタマちゃんを人前に出すわけにもいかないからヒールだけで済ませてしまおう。


 それでも一応は義理は果たせるだろう。


「それじゃあ、専用個室に転移して、そこから救護室に行こう」

「ああ」

「じゃあ氷川。装備を忘れるなよ」

「分かった」


 氷川が武器を装備してリュックを背負い、俺もリュックを背負ったところで専用個室に転移した。腰に下げたメイスは邪魔なのでロッカーに返し、防刃手袋は外してリュックに入れておいた。


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