第291話 救護


 サイタマダンジョンセンターの救護室は買い取り所の並ぶ廊下から改札口前のホールを挟んだ反対側の廊下の途中にある。


 専用個室の扉を開けて買い取り所の並ぶ廊下に出たところ、そこでは何も異常はなかったのだが、廊下の先の方からざわめきのようなものが聞こえてきた。


 改札前のホールだ。


 急いで氷川と駆けて行き、改札の方を見たらひっきりなしに冒険者が渦から出てきていた。その中には足を引きずっている者や、片方の腕でもう片方の腕を支えるようにして出てくる冒険者もいた。

 負傷した冒険者たちは一様に救護室に向かって歩いていくようだ。


 こんなところで俺たちが勝手に治療を始めたらマズそうなので、とにかく氷川と救護室に向かった。


 救護室前の廊下には30人ほどの負傷者が座っていて看護師が2名ほどが治療用具や資材の載った小型の台車の脇で手当をしていた。

 廊下の負傷者は救護室内に入り切れなかった負傷者なのだろう。

 負傷して改札からここにやってきた冒険者たちはすぐに状況を悟って、先に廊下に座っていた冒険者の後ろにおとなしく座っていった。


 さすがは日本の冒険者たちだ。早く治療しろとかうるさく騒ぎ立てる者はいないようだ。


「まずは看護師さんに話してみるか」

「そうだな」


 応急処置を終えて次の負傷者に向かおうとしていた看護師さんを捉まえて俺たちがケガを治せることを伝えた。

「わたしたちふたりともヒールの魔法が使えるんですが、何かお手伝いできることはありませんか?」

「ヒールの魔法って、ヒールの魔法。それって魔法封入板の治療魔法ですか?」

「はい」

「あっ! 肩に妖精のフィギュア! もしかしてあなたはSSランカーのフィギュア男さん?」

「そう言われているようです」

「こちらは、もしかして赤い稲妻さん?」

「は、はい」

 この看護師さん、変なこと知ってるな。

『はやて』がいなくなった今、氷川はサイタマダンジョンでおそらくただひとりのSランク冒険者だから知ってて当然なのかもしれない。

 でもダンジョン管理庁のホームページではどこのダンジョンをホームベースにしているとか分からないから、単純に赤い稲妻がサイタマダンジョンでビッグネームだったってことか。


 カッコいいなー赤い稲妻。それに比べて俺のフィギュア男。何とかならんのか!

 ホントに『サイタマの星』自称しちゃうぞ!


 それは置いて置き「わたしは骨折くらいは治せます」と、できることを申告しておいた。

 氷川は「わたしは打撲や裂傷くらいしか治せません」と申告した。


「とにかく助かります」

「どこから手を付けていくか、指示してもらえますか?」

「まずは列の先頭に座っている冒険者の方を見ていただけますか。左足を開放骨折しています」

「開放骨折というのは?」

「骨折と同時に皮膚が破れて骨が露出したものをそう呼んでいます」

 そうとう痛そうだな。当然出血もしているのだろう。とはいえ俺にとっては見慣れたものだ。どうってことない。


「いまから患部を露出します」と言って看護師さんがハサミを白衣のポケットから取り出したので、

「このままで治療できるのでだいじょうぶです。氷川に彼女が対応できる負傷者を教えてやってください」

「分かりました」


 俺はさっそく血でにじんだ包帯を巻いた負傷者の左足に向かってそれらしく両手の平を向けて心の中でヒールを発動した。


 俺の後ろでは先ほどの看護師さんが「山田さん、ちょっと」と言ってもうひとり応急手当をしていた看護師さんを呼び氷川のことを簡単に説明した。その後氷川は看護師さんBに連れられて負傷者の対応を始めた。


 俺の方は10秒ほどヒールを負傷者の患部に向けていたらいい線いったようで脂汗を流していた冒険者の顔も穏やかになり「痛みは取れました。ありがとう」と礼を言ってくれた。

 その様子を見ていた看護師さんAが一言「すごい!」と小声で言った。


「これなら、順に治療していってもよさそうですね。

 次の方は、右肩の不全骨折です。えーと右肩にひびが入っています。

 もろ肌になっていたその負傷者の右肩に向けてヒールを発動。

 完治したかどうか残念ながら俺では分からないので、これも10秒ほどヒールを続けたら痛みが治まったということなので、次の負傷者に回った。

 廊下を見ると列はだいぶ長くなっていた。


 3人目の治療が終わった辺りで救急車のサイレンが遠く聞こえてきた。

 俺は看護師さんAに、

「患部は負傷者に聞きますから、看護師さんは応急手当を続けてください」と言って看護師さんAを解放した。

「それではお任せします」



 最初の負傷者はもう歩けるようになったようで治療を続ける俺のところにやってきてもう一度一言礼を言って廊下を歩いていった。

 さーて、どんどん行くぞ!


 俺の方は5秒から10秒ちょっとで負傷者を治していき、氷川も骨折なしの負傷者を15秒ほどで直していったので少しずつ負傷者の数が減ってきた。

 そうこうしていたら、救急隊員がストレッチャーをガチャガチャ言わせながら廊下を走ってきてきた。

 彼らはすぐに救護室の中に招き入れられ、負傷者を乗っけて帰っていった。

 救急隊員の人たちって手際良いなー。プロの仕事だ。


 それからひっきりなしにストレッチャーが救急隊員によって運ばれてきて救護室から負傷者を搬送していった。


 救護室から医師らしき若い男が男性看護師を2名連れて現れ、列の後方まで一度見て回り、それからUターンして俺のところにやってきて俺に向かって言い放った。


「きみ、魔法が使えるそうだが、無資格者が患者に対して医療行為を行なうことは医師法違反だぞ。分かっているのかね?」

「全然知りませんでした」

「これだから素人は」

 医師は吐き捨てるように言って連れてきた男の看護師に指図して負傷者を1名連れて救護室に戻っていった。


 俺は応急手当を続けていた看護師さんAに今のことを訴えた。

「いまここの先生に無資格者の医療行為は医師法違反だ! って言われたんですが、どうすればいいですか?」

「緊急事態ですから、気にせず治療を続けてください。これは**療行為であって医療**行為ではありません。何かあればわたしが全責任をとります」

 そう言ってくれるのはうれしいが、これが法律違反だったら第三者じゃ責任の取りようないよな。

 俺はどうすればいいんだ?


 魔法による治療について法律が曖昧なんだだろうけど当事者としてはかなり困った問題なんだが、どうする俺?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る