第275話 ドライブ5


 シートベルトに押し付けられたと思ったらロンドちゃんが急停車した。

 時計を見たら時刻は4時15分。午後から3時間走っていた。


 前を見れば青い空と青い海、そしてその境の水平線がかなり遠くの方にかすんで空に溶け込んではっきりは見えなかった。

 白鳥しらとりが飛んでいれば物悲しかったのかもしれないが、そんなものはどこにも飛んでいなかった。

 

 ロンドちゃんの止まったところは崖の手前で、タイヤの下は岩のようだった。

 ロンドちゃんは止まっているのだが未だに車内に音楽が鳴り響いている。


「……。……?」

「なに?」

 氷川の声がよく聞こえない。

 氷川も状況を理解したようで女児向けアニメ音楽を止めてエンジンを切った。


 心配だったので見ていたら、案の定氷川はサイドブレーキを引いていなかった。

「氷川、サイドブレーキ引いた方がいいんじゃないか?」と、一言。

「負うた子に浅瀬を教えられてしまったな。アハハハ」

 そう言って氷川はサイドブレーキを引いた。

 俺って氷川におんぶされてる子どもなのかよ!?


「下りてみようか」

「ああ」


 ふたりしてロンドちゃんから降りたところ、太陽はまだ高いが海の方から強めの風が吹いていて、その風に向かって俺たちは歩いていった。


 崖の上から下をのぞいたら、30メートルほど下の方に真っ白な砂浜が見えた。陸側の海の色がかなり薄かったので砂地が続く遠浅のようだ。安全を確かめれば海水浴に良さそうだ。

 砂浜の幅はそれほど広くはなかったがそれでも50メートルくらいはあった。海岸線の曲がり具合から見ると、俺たちのいる場所は陸地側に食い込んだ湾の奥のようだ。


「海までついてしまったなー」

「そうだな。

 しかしこうなってくると、ここはやっぱりダンジョンの中じゃなくってどこかの惑星みたいだな」

「俺もそう思う」

「海の上に船かなにか見えないか?」

「今のところ何も見えない。双眼鏡か望遠鏡を用意しておけばよかった。

 ここにはいつでも跳んでこられるから、ネットで双眼鏡を買ってやろ」

「長谷川、もし船が見えたらどうする?」

「船があるということは人がいるってことだから、ちょっと考えないといけないよな。結局出たとこ勝負になりそうだけど」

「長谷川なら何とかなるだろ」

「そう願いたいものだ」


 無意識に船なら帆船と思っていたが、人がいる以上何々時代というのがあるだろう。

 この世界が俺たちの世界で言うところの現代でそれ相応の科学技術を持っていて、双眼鏡をのぞいた先にイージス艦がいたらそれこそ驚いてしまうよな。

 とは言え、そこまで進んだ文明があるのなら、こんなに広い土地に人が住んでないのは不自然だ。逆に言えば、この世界は人がいたとしても大航海時代前の可能性が高いような気がする。


「氷川、4時過ぎてるからそろそろ帰るか」

「もうそんな時間だったか。次はいつ一緒に潜る?」

「来週くらいでどうだ?」

「それじゃあ1週間後。8時に1階層の渦の近くで待っている」

「了解」


 車の中にタマちゃん入りのリュックを置いていたので車に戻り、リュックを引っ張り出した。 

 ドアを閉めてタマちゃんにロンドちゃんを収納してくれるよう頼んだら、すぐにロンドちゃんは金色の膜につつまれて消えてしまった。


「それじゃあどこに帰る? センターの駐車場の入り口近くに帰ればいいか?」

「それで頼む」

 氷川が俺の手を取ったところでセンターの駐車場の近くに転移し、車の往来が途切れたところでタマちゃんにロンドちゃんを路上に出してもらった。


「それじゃあな」

「それじゃあ」


 ロンドちゃんに乗り込んだ氷川はそのまま走り去っていった。一応制限速度は守っているようだった。

 俺もこんなところに用事はないので、しばらくロンドちゃんを見送った後うちの玄関前に転移した。


「ただいまー」

『お帰りなさい。一郎、今日はお父さん遅いそうだから、お風呂は洗ってるからお湯を入れて入っちゃって』

「わかったー」


 風呂場に行って湯舟の栓をして給湯器のボタンを押してから2階に上がり、普段着に着替えた。

 タマちゃんは俺が着替えている間にリュックから段ボールに移動していて、フィオナも自分のふかふかベッドで横になった。


 フィオナもロディオで疲れたんだな。

 俺も何だか疲れたので、風呂が沸くまでベッドで休憩することにした。


 目をつむったと思ったら「お風呂が沸きました」という給湯器の声が聞こえてきた。

 ここのところ目をつむっただけで時間がスキップすることが多くなってきている。

 今日はかなりの時間氷川の車の中で踏ん張っていたので思った以上に疲れていたようだ。


 時間のスキップはどうしようもないことなので、着替えを持って下に下りていき脱衣所で裸になって風呂に入った。


「ふー。生き返る」この一言だけで生き返った気がした。これもマジックワードだよな。


 湯舟の中で今日最後に目にした海のことを考えたのだが、やはりあそこは新世界だ。

 人がいた場合のことを真剣に考えないといけない。

 人がいたとして温和な連中ならいいが、凶暴な連中だったらどうする?

 戦いを仕掛けてきたらどうする?

 よそ者がその世界の人間と戦っていいのだろうか?

 俺が10年間いた世界で俺はそれこそ数えきれない魔族をたおし、数は限られるが魔人をたおしてきている。

 俺の両手は血に染まっている。と、言っても過言ではない。人との戦いがどうとか今さらだな。

 俺の館や自動人形たちにちょっかいをかけてくるような連中がいたらそれ相応の対応をする。

 そう考えたら気が楽になった。


 一度湯舟から上がって体と頭を洗い、もう一度湯舟に入ってから風呂から上がった。


 脱衣所で体を拭いて服を着ていたら、台所から『風呂から上がったらすぐ食べるでしょ?』と、母さんの声がした。

「もう風呂から上がったからすぐに食べる」

『今日はソウメンだから何束食べる?』

「3束」

『すぐに用意するから座って待ってなさい』

「分かった」


 着替え終わった俺は脱衣所からそのまま食堂に入ってテーブルの席に着いた。


 テーブルの上には俺と母さんの天婦羅の盛り合わせが置かれ、タレときゅうりの千切りの入った小皿も置かれていた。

 3分ほど黙って座っていたらガラスの器に入ったソーメンが目の前に置かれた。

 母さんのソーメンはこれからだったので、それから3分ほど待った。


「「いただきます」」


 やっぱり夏はソウメンだ。昼が重たかった分ソウメンがおいしい。


 母さんと食べていたらフィオナが飛んできたので、ハチミツを小皿に取っておいてやった。

 もう元気になったみたいで、ニコニコしながら小皿に手を突っ込んで食べ始めた。

 元気なのが一番だな。

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