第274話 ドライブ4
氷川がハイテンションでステーキを食べている向かいで、タマちゃんは静かに食事を吸収している。
フィオナはいつも通り小皿に取ったハチミツとジャムで手と顔をベタベタにしていた。
こういうのもいいもんだ。
今年の父さん母さんの結婚記念日には去年より高額の旅行券をプレゼントしようと考えていたけど、ここに招待して食事会をして、本当のことを説明してしまうか。その方が俺も楽だし。
うちの両親は自分の子どもが実は大金持ちだったと知っても、仕事を投げ出すような親ではないだろう。ないよな? って疑っちゃだめだよな。
ご飯と一緒にサラダもステーキの付け合わせの野菜もあらかた食べ終えたところで、食器が片付けられてデザートが置かれた。
今日のデザートはサクサクのパイ生地とイチゴとクリームが何段にも重ねられたイチゴのミルフィーユだった。飲み物は紅茶で、ミルク入れと砂糖ツボが俺たちの真ん中に置かれ、レモンのスライスが小皿で配られた。
俺は紅茶にレモンを入れ、氷川とタマちゃんはミルクを入れた。
氷川は紅茶に砂糖を入れると思っていたのに、砂糖は使わなかった。
その代りタマちゃんが砂糖を砂糖ツボについていた小さなスプーンで2杯紅茶に入れて、自分のスプーンでかき回していた。
金色スライムスライムしたタマちゃんが偽足でスプーンを使って紅茶をかき混ぜるのは実にシュールだ。
そのミルフィーユなのだが、デザート用の小型のフォークで端の方をある程度切ろうとしたら、グシャリと潰れてしまった。これをフォークだけで食べるのはなかなか難しい。
だからと言って手づかみで食べるわけにもいかないので俺と氷川は悪戦苦闘した。
そういった中、タマちゃんだけはミルフィーユの端の方から偽足で吸収していくものだから、全く形が崩れない。
ちょっと癪に障った。
「長谷川、このお菓子もすごくおいしいな。
なんていう名まえなんだ?」
「イチゴのミルフィーユじゃないか?」
「ダンジョン第一人者のくせに長谷川は洋菓子にも造詣が深いのだな」
くせにって言うなよな。それと、これを造詣が深いと言うか? 普通。
ミルフィーユは食べにくいことは食べにくいのだが、確かにおいしい。
ミルフィーユから漂ういい香りはおそらくブランデーだろう。
氷川がとんでもない下戸なら午後からの運転が飲酒運転になってしまうが、まさかそんなことはないだろう。
横で物欲しそうな目で見ているフィオナに気づいた俺は、クリームの付いたパイの部分を指でつまんでフィオナの小皿の中に入れたやった。
そしたらフィオナがこっちを見てニッコリ笑ってクリームに両手を突っ込んだ。
そこらの幼児がこんなことしたらお母さんは大変だが、フィオナの場合手や顔が汚れても布巾やタオルで拭いてやれば簡単にきれいになるし、今日はフィオナ専用におしぼりがもうひとつ置いたあったので楽勝だ。
ミルフィーユを何とか食べ終わり紅茶を飲み干したところで。
「「ごちそうさま」」
フィオナの手と口をおしぼりで拭いてやり食堂から出て荷物を置いている書斎に戻った。
タマちゃんは床に置いてあったリュックの中にすぐに入った。
「氷川はそこの椅子で腹の調子が落ち着くまで少し休んでおいてくれ。
俺も少し休憩する」
氷川は小テーブルの椅子に座り俺は机の椅子に座って休憩した。
氷川の座る椅子は簡易的なものなので座り心地はそれほど良くないはずだが、俺のプレジデント椅子は心して座っていないとすぐに眠くなってしまうほど座り心地は素晴らしい。
これは実証積みなので間違いない。
10分ほど何も話すことなく休憩したところで俺の方は腹の調子が落ち着いてきた。
「氷川、腹の調子はどうだ?」
「だいぶ落ち着いてきた」
「じゃあ、そろそろ行くか?」
「そうだな」
俺はタマちゃん入りのリュックを手に持った。
氷川が俺の手を取り、フィオナが俺の右肩にいることを確かめたあと、午前中最後にいた場所に転移した。
「タマちゃん、自動車を出してくれ」
すぐにリュックから金色の偽足が伸びて横にさっと動いたら氷川のロンドちゃんが現れた。
ロンドちゃんに乗り込み手に持ったリュックを足の前に置いてシートベルトをしていたら、エンジンがかかってロンドちゃんは爆走を再開した。
氷川のSUV、ロンドクルーザーのロンドちゃんの助手席で上下左右前後に揺られていたら、なんだか調子が悪くなってきた。
とりあえずヒールを唱えたら具合がよくなった。
いかに俺でも食事の後のロディオは控えた方がいいという教訓を得ることができた。
氷川の方はどうかというと、これまで通り口角を上げていた。
運転者は運転中アドレナリンの分泌も盛んになるのだろうから、少々のことでは不調にならないのかもしれない。
ヒールで治るくらいなのでどっちでもいいと言えばどっちでもいい。
午後から30分ほど爆走したところで、氷川が運転しながら、
「そういえば長谷川、音楽でも聴くか?」
「ああ、いいな」
「わたしの好みの曲だからそこは我慢してくれ」
「もちろんだ」
氷川の音楽の好みにはちょっと興味がある。
氷川が片手でハンドル操作して、片手でカーナビのスイッチを押したらいきなり「プ〇キュア、〇リッキュア……」と大きな音が車内に響き渡った。
これが氷川の趣味なのか。
ある意味氷川ラシイ。のかもしれない。
氷川は曲に合わせて体を揺らしている。
声は出してはいないのだが、口元が動いている。氷川のヤツ、曲に合わせて歌ってるんじゃないか?
よっぽどこの曲が好きなんだ。
他人の趣味をあれこれ言うほど俺は悪趣味ではないので、黙ってその大音声に耐えていた。
右肩のフィオナを見たら、気にしているのかいないのか分からなかったがニコニコしながらしがみついていた。
ロディオが気に入ったのかもしれない。
少し安心した俺は、耳の痛さにもヒールが効くかもしれないと試しにヒールを唱えたところ聞こえてくる音が小さくなったような気がした。
ヒールは偉大だった。
今度は教訓ではないが「プ〇キュア」のおかげで俺はまたひとつ真理を掴むことができたようだ。
俺が真理を掴んだおかげでもないのだが、ロンドちゃんは森を抜けて、ところどころに灌木の生えた草原地帯に入っていった。
相変わらずの上下振動だが避けるべき障害物が無いようで、左右の揺れは収まった。
そのころには車内に流れる音楽は「プ〇キュア」シリーズから俺の知らない世界へと突入していた。
歌詞の内容からどう見ても女児向けアニメの曲だ。
いいんだけどね。
とりあえずまたヒールを唱えたら少し元気が出てきた。
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