第259話 時計仕掛けの桃太郎と円卓の騎士
[まえがき]
恒例の劇中劇。
今回は社会派SFで攻めてみました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
西暦22XX年。
日本に前山と名乗る夫婦がいた。
彼らは同い年で、ふたりとも日本の小学校の教師を務め一昨年ふたりそろって定年を迎えた。
現在ふたりは悠々自適、バリバリの年金生活者だ。
ふたりは定年を機に昨年完成したスペースコロニー『サイドスリー』の第1期居住者の公募に応募したところ見事に当選し、翌年住み慣れたサイタマのアパートから『サイドスリー』のアパートに移り住み現在に至っている。
ただふたりには子どもがおらず、サイドスリーへの移住を機にふたりは子どもを作ることを決心した。そして現在ふたりの遺伝子を元に作られた受精卵が人工子宮内で胎児へとすくすくと成長していた。
そこまででナレーションが終わり、人工子宮が映され、その前に立つ前山さん夫婦が初めてスクリーンに登場した。
人工子宮の形は桃にそっくりで、貼り付けられたプレートに
『
そのあと、後ろ姿だった前山夫妻が振り向きふたりの姿が映し出された。
うわっ! ふたりともいい歳をしたじじいだった!
子どもが今までできなかったことの説明なのか?
これじゃあ全くのポリコレじゃないか!?
ここで俺の期待大大が急速にしぼんでシオシオのパーになってしまった。
ミアの横顔を見たらポカンと半分口を開けていた。
そりゃ理解できるはずないものな。
この映画大丈夫なのか? というか、この映画会社本当にポリコレ路線から脱却しているのか?
この辺についてミアに説明を求められたらどう説明すればいいんだ? すごく説明を求められたくないのだが……。まあ、ソフィアが答えてくれるから問題ないか。ソフィアを連れてきてよかった。
俺は心を落ちつかせようとコーラのストローに口を当てて一口吸った。
ミアも何となく察したのか、俺にそういった質問を寄こさずスクリーンを眺めている。
もちろんカリンとレンカも俺にそういった目を向けてくることなくスクリーンを眺めている。
ソフィアもスクリーンを眺めている。
スルー推奨案件をつつくような人間はいなかった。
前山夫婦の会話から人工子宮内の胎児の出産予定は物語の上で3カ月後ということが分かった。
そこからふたりの日常生活がかいつまんで流れていった。
ふたりはこれから生まれてくる自分たちの子どものことをいつも話題にし、毎日人工子宮センターに通った。
そして金に糸目を付けず、生れてくるわが子のため
あれやこれやのひとつが、赤い羽織。
羽織の
夫婦の趣味が少し変わっていることを強調するための演出なのか?
俺が少し不審に思っていたらミアが俺に小声で『あかいふくのかんじはなんてよむの?』と聞いてきた。
「あれは『なむあみだぶつ』って読むんだ。死んだら天国に行くぞって意味だ」
俺も説明していて訳が分からなくなってしまった。
『おかえりなさい』についてミアが聞いてこなかったことは幸いだ。
なんの意味があるのかさっぱりわからない。謎だ。
アメリカ人好みの何の意味もない言葉の羅列の可能性も高いが、制作は超大手の映画会社だから日本語を理解するスタッフがいたハズ。
何かの伏線の可能性がないわけではない。
そして、黄色の文字で『S』と書かれた赤い腹巻。
赤い腹巻なら『金』の字が普通なのだが、アメリカ人向けに『S』を使ったのか?
何だかよくわからないが、ものすごく濃い嫌な雰囲気が漂っている。
夫婦はもうひとつおまけに額に真っ赤な『凶』の字の入った真っ黒なフルフェイスのヘルメットを生まれてくる子どものために用意していた。
この映画大丈夫なのだろうか?
なんだかこの時点でもうお腹いっぱいで帰りたくなってきたのだが。
こういった描写によってふたりは幸せ真っ盛りということはある程度理解できるが、これでSF超大作なのか? と聞かれれば
SF的ガジェットがあればなんでもSFなのか?
昨近そう言った問題がweb小説でも言われていたことを思い出した。
物語の上で3カ月が経ち、元気な
前山夫婦はその赤ちゃんに人工子宮装置に貼り付けられたプレートに書かれていたTYPE-
駆け足で映像が流れ、桃太郎はすくすくかつ元気いっぱいに成長し、10歳の誕生日を迎えた。
おそらくここまでがプロローグで、ここからが本編なのだろう。
俺の期待が少しだけ大きくなった。
前山さんたちもこの10年で
そして、桃太郎は女の子だが、その体格は横にも縦にも大きく大相撲の新弟子検査にらくらく合格するくらいあった。
『桃太郎の体格が10歳でこれほどなのは、前山夫婦の遺伝子が古かったために起きた一種の悲劇なのだが、桃太郎も前山夫婦もそのことに気づいてはいなかった』と、ナレーションが入った。
おっーと、ここで今後のシビア展開をにおわせてきたぞ。
俺の期待がほんの少しだけ大きくなった。
さらにナレーションが続く。
『サイドスリーでは、日本国内同様6歳から義務教育が始まるのだが、桃太郎は自分のことを少年革命家とうそぶいて現在まで学校に通っていない。
7歳の時までは近所のガキ大将だった桃太郎だが今では立派な不良である。
その桃太郎には彼女を慕う11人の子分がいた』
なんじゃこりゃーー!!!
前山さん夫婦が桃太郎のために用意したバースデーケーキを前にして、桃太郎は両親に向かって話し始めた。
「俺はもう10歳。立派な大人だ。お前たち、もう75歳だろ?」
「「……」」
「俺はお前たちの面倒は見たくないからそろそろ老人ホームに入れよ!」
これには前山夫婦も驚いたようだ。
あんなに一緒だったのに人生の夕暮れはもう違う色なのか? と、前山Aの頬に涙がこぼれた。前山Bの頬にも同じように涙が流れた。
「俺は老人ホームには一切顔を出さないから、老人ホームに入る前に、俺が成人するまでの養育費を置いておくんだぞ、分かったな?」
立派な大人のくせに養育費が必要なのか!? と突っ込みたくなったが相手はスクリーンなので黙っておいた。
「小遣い!」
そう言って桃太郎は両親に向かって手のひらを出した。
前山Bががま口を開けて桃太郎に千クレジットのコインを1枚渡そうとしたら、桃太郎はそのがま口を前山Bから奪い取ってアパートから出て行った。
アパートから出ていく桃太郎の後ろ姿を眺める残されたふたりの頬から涙が流れた。
これは社会派ドラマだったのか!?
こちらは前山Bから奪い取ったがま口を握りしめてアパートを飛び出した桃太郎。
知らぬ間に桃太郎は赤い『凶』の字の入った真っ黒なフルフェイスのヘルメットを被り、
生まれてきた子供のために買いそろえたハズのもろもろのなのだが、新調したのか今の桃太郎の体格にフィットしていた。
アパートの駐車場には12台の電動スクーターが並んで、11台にはそれぞれライダーが座っていた。
桃太郎がアパートから出てきたところでその11台が空吹かしするのだが、電動なのでほとんど無音。全く迫力がない。
その辺は演出で何とでもなると思うが、どうも監督とか製作スタッフの思考が硬直しているようだ。
そしてただ1台残ったハンドルの位置が異様に高い電動スクーターが桃太郎の愛車だった。
桃太郎は愛車にまたがりスイッチを入れた。
カウルの下の方に『猪鹿蝶』とステッカーが貼ってあり猪、鹿、蝶の順に文字が点滅した。
何の意味がある演出なのか分からないが、きっと何の意味もないのだろう。
わずかなモーター音を立てただけで走り出した12台のスクーター。
彼らは真昼間のサイドスリーの環状道路を無音で爆走する。
シリンダーの回転方向と同じ方向に高速で走るとプラスアルファの遠心力を得ることでタイヤの接地力が増し、モーターの限界速度まで加速できる。
桃太郎の『猪鹿蝶』と11台の電動スクーターはわずかなモーター音と風切り音を立てて、コロニーの中を爆走していった。
俺は心を落ちつかせるためコーラをもう一口飲んでスクリーンに目をやった。
ちょっと目を離したすきに、桃太郎が激怒していた!
そして桃太郎の『猪鹿蝶』の後ろについて爆走していた11台の電動スクーターがいつの間にかいなくなっていた。
激怒したいのは俺の方なのにどうなってるんだ?
円盤でも録画でもない現在進行形の映画なので巻き戻せないから全く話が見えない。
ただ桃太郎が激怒して走っている。これは一体?
俺がコーラを一口飲んでる間に時間が飛んでしまったのか?
ミアの顔を見たら相変わらずポカンとした顔をしてスクリーンを眺めていた。
カリンとレンカも似たようなものだ。
ソフィアだけは顔を引き締めてスクリーンを見つめていた。ミアの映画についての質問に答えてくれとソフィアに言ったばっかりに、真面目に映画を見ているのだろう。ちょっとだけかわいそうになった。
その桃太郎だがスクーターを走らせながら11人の子分をスマホで呼び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます