第272話 ドライブ3、見学


 氷川を連れてシュレアのダンジョンギルド前に転移した。


「ウワッ!」

 氷川は変な声を出して周囲を見回した。


「みんな外国人だ! 建物も日本の建物じゃない。話し声も聞こえるが何語なのか見当もつかない。本当に異世界だったんだ」

「だから何? といえばそれまでなんだけどな。

 それで、ミアなんだがここの学校に通わせようと思って今はこっちに住んでいる」

「確かミアちゃんは身寄りがない子ではなかったか? 住んでいるというのはひとりでか?」

「いや、館から自動人形を何人が連れてきている」

「どこに住んでるんだ? 下宿かなんかじゃなかったのか?」

「ちょっとばかしここで商売して、その金で屋敷を買ってミアは今そこに住んでる」

「ちょっと商売しただけで屋敷なのか。長谷川だったらそれもあるか」

 これを理解が早いと言っていいのか分からないが、話が早いことだけは確かだ。


「せっかくここに来たから、この建物の中に入ってみるか?」

「この立派な建物は何なんだ? 武器を持った連中が出入りしているようだが」

「ここはダンジョンギルドといって、俺たちのダンジョンセンターのようなものだ。

 実際建物の中にダンジョンに通じる渦もある」

「なんと! そのダンジョンはこの世界のダンジョンなのか?」

「少なくとも日本のダンジョンじゃない」

「ふーん」

「それじゃあ入ってみよう。その前にヘルメットを被っておく」

 タマちゃんに白銀のヘルメットを渡してもらって被っておいた。

「そのヘルメットどうした?」

「これを被るとこの世界の言葉が分かるんだ。残念ながらこの世界の言葉をしゃべることはできないんだがな」

「そんなものまで持っていたんだな」

「ドラゴンの洞窟の先の渦から入ったダンジョンで見つけた。

 ちなみにそのダンジョンがここにつながっていたから、この世界に来たんだ」

「ふーん。にわかには信じられないような話だが現実を見れば信じざるを得ないものな」

「そういうことだな」



 俺たちは開け放たれていたダンジョンギルドの扉からギルドホールに入って行った。

「たしかにどこかのアニメで見た冒険者ギルドの趣があるな」

「ああいった創作物を作る連中ってすごいよな。見たこともないのにそれっぽいのを作るんだもの」

「そうだな。少なくともわたしにはない才能だ」

「俺にもないけどな」


 ダンジョンギルドのホールの中でお上りさんのごとくふたりできょりょきょろ周りを見回していたら、バタバタと足音が聞こえてきた。


 振り向いたら副ギルド長のハリソンさんだった。

「イチローさん。お久しぶりです。

 シュレアに屋敷を買われたとか?」

 ここの言葉が話せないのでうなずきながら日本語で「はい」と答えておいた。

「今後イチローさんに連絡を取りたいときは、お屋敷にうかがえばいいですね?」

 ここでも同じようにうなずいて「はい」と答えたんだが俺はいつも屋敷にいるわけではない。

 その辺りを説明したかったがさすがにジェスチャーでは無理なので諦めた。


 屋敷に行けば誰かが対応するだろうから、誰かがその辺りの説明くらいするだろう。

「そちらの方はイチローさんのお仲間ですか? もしかして奥さん?」

 俺は一度うなずいてから大きく首を振った。

「そうでしたか。少し安心しました」

 うん? なんで氷川が仲間だと安心するんだ? ソロの俺がペアになって少し安全になったことを安心してくれたのか? さすがはダンジョンギルドのナンバー2というところか。


「お連れの方の服装はこれからダンジョンに入るという感じではありませんが、おふたりで入られるんですか?」

 俺はそこで首を横に振った。見物に来ただけだと言えたとしても言わないほうがいいものな。

 そろそろ面倒になったので軽く一礼したら、ハリソンさんも察してくれたようで、

「お引き止めして申し訳ありませんでした。それではよろしくお願いします」と言ってカウンターの方に帰っていった。


「長谷川、今の人は誰なんだ?」

「ここのナンバー2の人だ。ここに最初にやってきたとき世話になったんだ。それであいさつしたってわけだ」

「世話になった?」

「ああ。ちょっとばかし商売したっていっただろ? 俺が持ってたアイテムを買い取ってもらったんだ。俺にとっては十把一絡じゅっぱひとからげのアイテムだったが結構な値段で買い取ってもらった」

「ふーん」

「いつでもここに来ることはできるし、そろそろ車に戻るか?」

「そうだな」



 ダンジョンギルドの中の渦を氷川に見せたあと、建物から出て少し歩いたところでドラゴンの洞窟前に転移した。

「あれ?」

 氷川のSUVの近くに転移たはずなのにSUVが見えない。


「うわっ!」氷川が変な声を上げた。

 氷川の視線の先を見たらSUVがバックでヤブに突っ込んでいた。

「氷川。駐車するときブレーキとかあるんじゃないか?」

「サイドブレーキをかけるのを忘れていた。

 丈夫な車だから大丈夫だろ。少々壊れてもタマちゃんがいるしな」

 確かにそうなんだが、氷川のヤツこんなに大雑把な人間だったのか?


『車は人の本性を暴く』なんだかひとつの真理に到達した気分だ。

 そういう意味では男女が交際する場合、ドライブに行けば少なくとも運転者の本性を垣間見ることができるよな。

 将来俺が女子と付き合う時は、運転免許を持った女子とドライブに行くことにしよう。


 おっと、これはなんだか取らぬ狸の皮算用的な思考だ。ちょっと恥ずかしいのでそこらで妙なことを考えるのは止めておいた。


 俺がバカなことを考えている間に、氷川は藪に突っ込んだSUVの周りを見て回っていた。

「どこも何ともなかった。さすがはわたしのロンドちゃんだ!」

 氷川のヤツ、車に名まえまで付けてたのか。

 その割に扱いがぞんざいだと感じるのだが。


 即死じゃなければ何とかなるとはいえ、氷川の運転本当に大丈夫なのだろうか?

 かといって俺では運転できないし。

 おっ! 天スラタマちゃんなら偽足を駆使して運転できるかもな。

 将来俺が免許を取って車を買ったら、ここでタマちゃんに運転させてドライブするのも楽しそうだ。


 俺が氷川のロンドちゃんを眺めていたら運転席に着いた氷川が窓から首を出して俺を呼んだ。

「おーい、長谷川車に乗ってくれ」

「わかった」

 急いで藪に突っ込んだSUVまで駆けていき、リュックを手に持って助手席に座った。

 

「長谷川、それじゃ次はどこに行く?」

「俺もこの岩山の先は知らないんだ。

 岩山の周りを回ってその先に行ってみないか?」

「どっち周りでいく?」

「そうだな。今度は右回りでいこうか」

「分かった」


 氷川のSUV、ロンドちゃんがひときわ大きなエンジン音を立てて藪から飛び出し岩山沿いに爆走を始めた。

 俺はまだシートベルトを締めていなかったのでロンドちゃんが上下左右に揺れるなか慌ててシートベルトを締めた。

 同乗者の安全確保は運転者の義務なんじゃないか? この運転者、大丈夫なのか?



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