第264話 アキナ2


 何の用だか分からないが紅の旅団のハーブロイさんが娘を連れてシュレア屋敷にやってきた。

 たまたま俺がシュレア屋敷にいたから良かったものの、俺はそんなにここにいるわけではないからな。

 アキナちゃんの格好は、ミアがたまに着るゴスロリっぽいお嬢さまドレスだった。


「ハーブロイさんとお嬢さん、席についてください」

「おふたりに席に着くようにとのことです」

 何も言わなかったが警備員Aは前回同様通訳をしてくれるようだ。

「サイタマノホシどの。失礼します」

 そう言ってハーブロイさんと娘のアキナちゃんが席についたが、相手が用件を切り出さないのでこちらから聞いてみた。

「それで、今日は何の用ですか?」

「今日はどういった用件でお見えでしょうか?」

 警備員Aがちゃんとそれらしく通訳してくれるのでありがたい。


「先日のお礼にやってきた次第です」

「それについては代金を貰っているので何も問題ないですよ」

「対価はいただいているので、お礼など必要ないとマスターはおっしゃっています」

「分かりました。ただ娘が自分の口からサイタマノホシどのにお礼を言いたいと言うものですから、連れてきた次第です」

 なかなかできた娘じゃないか。

 それはそうと、文字通り身から出た錆なのだが、そのサイタマノホシどの何とかならないか?


「分かりました」

 これは警備員Aは訳さなかったのだが、アキナちゃんは俺の言葉の後に続いてたどたどしくはあったが先日の礼を述べ最後に頭を下げた。

 

 アキナちゃんを前回見た時は痩せているという印象しかなかったが、今あらためて見てみるとミアと同い年くらいに見える。

 アキナちゃん次第だがミアの友だちになってくれればありがたい。どうかな?


 それとは別に俺はアキナちゃんに向かって「とにかく元気になってよかった」と言った。

 これも警備員Aはわざわざ訳さなかったがハーブロイ親娘おやこに通じたようだ。


 お茶でも用意した方がいいと思い、誰かを呼ぼうとしたら扉がノックされ、ソフィアがワゴンを押して入ってきた。ワゴンには水に氷を浮かべたグラスと紅茶。それにお茶菓子、見た感じはイチゴアイスクリームとバニラアイスクリームが載っていた。


 ソフィアがこっちの言葉で「どうぞ」と、言ってハーブロイ親娘おやこの前に紅茶とアイスの載った小皿を置き、最後に俺の前に紅茶とアイスを置いた。

「ミアたちは?」

「食堂でタマちゃんさんと一緒にアイスクリームを食べています」

 そいつはよかった。あとでカリンとレンカに生まれて初めて食べた感想を聞かなくては。


「どうぞ」


 俺は何も言わなかったが再度ソフィアがハーブロイ親娘おやこに勧めて、ワゴンを置いて部屋を出て行った。

 シュレアは今日本同様夏の季節のようだが、俺自身はいつも通りあまり暑く感じていなかったので気付かなかったのだが、ハーブロイ親娘おやこの額は少し汗ばんでいた。


「グラスに氷が!?」

 まずはそこに驚いたようだ。

 この世界では魔法使いはいるらしいから氷はいつでも作れると思うが、この季節、そう簡単に氷は手に入らないのかもしれない。


 次に皿の上のスプーンを取ってアイスクリームをすくって口に入れたハーブロイ親娘おやこは再度驚いていた。

「これは、冷たい上に甘い」

「おいしい。こんなおいしい物生まれて初めて」


 ふたりはそうとう驚いていた。

 生れてはじめてアイスクリームを食べた時のことなど俺は完全に忘れていたのだが、ふたりの反応を見てなんだかうれしくなってしまった。

 俺もイチゴアイスクリームをスプーンですくってひと口食べたところ、確かにおいしかった。

 おそらくイチゴアイスのイチゴは活力のイチゴだろうから、アキナちゃんもますます元気になるだろう。


「アキナちゃんだったよね」

「お嬢さんの名まえはアキナさんですか?」

「はい。アキナです」

「うちにはミアとカリンとレンカと言う3人の女の子がいるんだけど、友達になってくれるかな?」

「この屋敷にはミアとカリンとレンカという女子がいるのですが、アキナさん、良ければその3人と友だちになってくれませんか?」

「ぜひ」


「ミアたちを呼んできてくれるか?」

「はい」

 警備員Aが部屋を出ていき、すぐにミアたちを連れて戻ってきた。


「アキナちゃんとお父さんのハーブロイさんだ。

 こっちの3人は、これがミアで、隣がカリン、その隣がレンカだ」

 俺の言葉を警備員Aが訳す前に、ミアからこっちの言葉で自己紹介を始めてくれた。

「ミアです。9月からラザフォート学院に編入する予定です」

「カリンです。ミアと一緒にラザフォート学院に編入する予定です。仲良くしてくださいね」

「レンカです。わたしもミアと一緒にラザフォート学院に編入する予定です。仲良くしてくださいね」

「アキナ・ハーブロイです。よろしくお願いします」


「アキナ、アキナもラザフォート学院に編入しないか?」

「お父さんいいの?」

「もちろんだ」

「ありがとうお父さん」


「ラザフォード学院への編入試験は再来月の頭だからその前に準備しないとな。

 アキナちゃん、良かったらうちに通ってミアたちと一緒に勉強してみないか?

 さっきお茶を持ってきてくれたのがミアたちの家庭教師している先生なんだよ」


 俺の言葉を警備員Aが訳してくれた。

「ぜひそうさせてください。アキナいいよな」

「はい。お父さん」


「じゃあ明日からでも4人で勉強始めるか?

 午前中に来てもらって昼食はこっちで用意するから、午後3時くらいまで勉強したり遊んだりすればいいだろう」

 これを警備員Aが訳したところで、ハーブロイさんがうなずき「よろしくお願いします」と返事した。


「それでは、今日はこれで失礼します。サイタマノホシどの、ありがとう」

 そう言ってハーブロイさんが席を立ち、アキナちゃんも席を立ったので、ふたりを全員で見送った。


 門の前には馬車が止まっていて、ふたりは馬車に乗って帰っていった。


「アキナちゃんか。どんな子なんだろう?」

「きっといい子だと思うよ」

「わたしもそう思う」

 3人がこっちの言葉で話していた。

 当たり前だが日本語で話すときよりミアたちの話し方は砕けた感じがした。


「ところで、カリンとレンカ、生まれて初めてアイスクリームを食べてどうだった?」

「冷たいことと甘酸っぱいところ、それに気持ちのいい匂いがしたことが分かりました」

「わたしも一緒です」

「いろいろ食べていけば少しずつ分かってくるからな」

「「はい」」


「アキナちゃんが明日の何時に来るのか分からないけれど、準備しておくようにソフィアに言っててくれ」

「わかった」

 やっぱりミアの日本語の受け答えは簡略モードだった。それでも十分だけどな。

 これでミアの友だちが増える。カリンとレンカも食事できるようになったからミアと一緒に食事ができる。

 ミアの生活レベルがかなり向上した。よきかな

 ミアが喜んでいると不思議なことに俺まで幸せな気分がするんだよなー。

 これって俺はミアに魅了されているってことか?

 別に構わないけど。


「それじゃあ3人とも、アキナちゃんのことよろしくな」

「わかった」「「はい」」


「あっ、忘れていたけど、コミックで買いたいものがあれば教えてくれ。紙に書いて渡してくれたら俺が注文してここに届けてやるからな。遠慮するなよ」

「わかった」「「はい」」



「じゃあ俺はそろそろ向こうに帰るから」

「わかった。イチロー、きょうありがとう」「「マスター、ありがとうございました」」


 俺が居間に戻ったら、ミアたちとアイスを食べていたはずのタマちゃんはちゃんとスポーツバッグの中に納まっていた。

 落ち着くならどこにいても構わないけど、素早いな。


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