第242話 3人組新館招待1


 夏休み初日。

 今日は鶴田たちを新館に招待しようと思っている。

 待ち合わせは前回同様、時刻は9時で場所は渦を抜けた先とした。


 支度を整えた俺は7時にはシュレア屋敷に跳んでミアと純和風の朝食をとった。

 シュレア屋敷は魚が豊富に手に入るので和食向きかもしれない。


 ミアと食事しながらの会話でラザフォート学院への編入試験の手続きは終わったとのことだった。

 食事が終わりミアと食堂を出たところで俺は新館に転移した。


 呼び鈴でアインを呼び、昼食時3人友達を連れてくるので、ドラゴンの肉を使った料理を出してくれるよう頼んでおいた。

 アインがどの食堂を使用しますかと聞いてきたので使用する食堂はいつもの食堂とした。

 玄関ホールの先の大広間でもいいかもしれないが、ちょっとおかしいものな。



 これで受け入れ準備オーケー。

 書斎で時間調整をしてから専用個室に転移し、そこでカードリーダーに冒険者証をかざしてから渦から少し離れたところに転移した。


 約束の時間5分前に渦の前に到着したら鶴田たちはちゃんと待っていたが、今回は周囲を警戒していたようで俺が「おはよう」と言っても驚いてくれなかった。


「長谷川、おはよう」

「おはよう、長谷川」

「長谷川、期待で胸が張り裂けそうだ」

 張り裂けるなよ。


「さっそくだが昼までモンスターを探して歩き回ろう。

 動き回ればお腹が空くからな」

「俺は朝食を抜いてきてしまった。既に腹が減っている」と浜田が言い始めた。


 仕方ないのでリュックを下ろした俺は中からおむすびを1パック取り出して浜田に渡してやった。

「かたじけない。まさかこれが昼食というわけではないよな?」

「当たり前だろ」

「なら安心して食べられる」

 浜田はすぐに透明ラップをちぎって中からおむすびを取り出して食べ始めた。


 ディテクター。


 最初のディテクターではアタリはなかったので徘徊モードに移行した。

 もちろん浜田は終始おむすびをもぐもぐ言わせて食べているのだが、3分くらいで全部食べてしまった。

「おむすびがこれほどうまいものとは知らなかった。腹いっぱい食べたくなってしまったがここは我慢だ」

 我慢できるなら十分だろう。


「浜田。幸せは満足にあり。そういうことだ」

「浜田。足るを知ることこそ幸せへの第一歩だ。意味合い的には食欲だけを指すわけではないがな」

「ああ。

 ところで俺が思うに、熱の伝導ってあるだろ?」

「いきなり熱がどうした?」

「熱の伝導は温度差、もう少し専門的な言い方をすれば温度勾配に比例するそうだ。温度差が大きければ大きいほど熱が速く伝わるということだな」

「それが?」

「知覚できる幸せとは値ではなく勾配、傾きではないかとふと思った次第だ」

「ほう。同じ状況でも傾きが大きいほど幸せを感じるということだな。満たされていないと感じている者が少しでも満たされれば幸せを感じることができるが、満ち足りている状態では幸せを実感しづらい」

「それで浜田は結局のところおむすびを食べて幸せを感じたのだろ?」

「空腹でマイナス状態からお腹が落ち着いてプラス状態に移行した。比率的には無限大。

 つまり無限大の幸せを感じている。

 すなわち、

 俺は幸せだー!」

 最後に浜田が叫んだ。

 浜田の叫びは周囲の注目を引いたが、そういった冒険者はそれほど珍しいわけではないようで、すぐに視線はどこかに流れていった。


「浜田、幸せなのは分かったから叫ぶな」

「すまん」

 幸せを力いっぱい表現することは別に悪いことではないがいきなりだと周りが驚くからな。


 その辺りで2度目のディテクターを発動したらアタリがあった。

「こっちだ」

 俺は薄い茂みの中に鶴田たちを誘導した。そこにいたのはいつものカナブンで鶴田が2撃でたおしてしまった。



 そこから2時間半。みっちり歩きとおし、13個の核を手に入れたところで少し早かったが昼にしようと立ち止まった。


「3人とも、ちょっと早いがそろそろ昼にしよう」

「「そうだな」」「待ちきれなくなるところだった」

「まずは3人とも俺の手を取ってくれ」

「うん?」

 怪訝そうな顔をしながらも3人が俺の手を取ったところで新館の門前に転移した。


「「……」」3人とも文字通り固まってしまった。

「長谷川、一体どうなってるんだ?」

 鶴田が最初に起動して聞いてきた。


「転移というスキルっぽいものでここまで跳んできた」

「テレポーテーションってことか」

「どう呼んでもらってもいいが、俺の知ってる場所ならたいていのところに跳んでいける」

「最前線に立つまでには少なくとも2日はかかると考えると、往復するだけで丸4日。長期休暇中ならわかるがそれ以外でも長谷川が最前線で活躍していたようだから不思議には思っていたんだ」

 あらためて言われてみればその通りだ。

「そういうことなんで、3人をここに招待したわけだ。

 ここは正確には26階層の先ということしかわからない場所なんだが、目の前の建物は俺のやかただ」

「すまん。まず1点。26階層の先も何も太陽も出てるしここって地球上じゃないのか?」

「地球である可能性がゼロではないがおそらく地球じゃない」

「それはわかった。

 そしてもう1点。いま長谷川の館と聞こえたのだが、それって長谷川の持ち物って意味だよな」

「一応な」

「こんなバカでかい建物を自分で建てたわけじゃないよな?」

「もちろんだ。いまから食堂に案内するから詳しい話は食べながらしてやるよ」


 俺が先頭に立って3人を引き連れ、門から玄関前まで中庭の庭園を横断していった。


 中庭を歩いているあいだ、俺の後ろで3人が何やらぶつぶつ言っていた。


 玄関の扉を開けたら、アイン以下の人造人間びじょたちが5人ずつ2列に並んでいて、俺たちに向かって一斉に30度の礼をした。もちろん玄関ホールの床はピカピカに磨き上げられている。


 鶴田たちは驚いたようで後ろから息を飲む気配がした。

 実際は俺も驚いたが何も言わず、彼らの間を進んで食堂に向かった。


 自動人形たちを通り過ぎたところで全員が俺たちの後をついてくる。

 ちょっとやり過ぎのような。氷川の時は普通だったが、今日は何かの記念日なのか?


 廊下を少し歩いて食堂に入ったら4人だけ自動人形が付いてきた。

 食堂の中には例のごとく真っ白なクロスのかかった長テーブルの真ん中に花瓶が置かれ生花が咲き誇っている。


 部屋に入ったところでその4人が荷物をお持ちしますと言って各自の武器とリュックを外すのを手伝ってくれた。

 4人分のリュックと武器は食堂の壁際に置かれた台の上に並べられた。タマちゃんも一緒だ。


「俺の席はここだから、俺の前、左右ふたりとひとりになるように座ってくれ」

「俺はこんな高級なところ初めてなんだが大丈夫なのか?」

「気にするな。何も問題ない」

「テーブルマナーなんぞ知らんのだが」

「気にするな、俺たちしかいない」

「いや、女性が後ろに立っていてすごく気になるのだが」

「うちの連中なんだから何も問題ない」

「待ち遠しいぞ」

「いま料理が出てくるからもう少し我慢してくれ」


 そうこう言っていたらワゴンが2台食堂に入ってきた。1台は16号が押し、もう1台は別の自動人形が押して食堂に入ってきた。

 そして、そのふたりによって料理がテーブル上、俺たちの前にてきぱきと並べられて行った。


 メインはステーキだ。もちろんドラゴンステーキ。部位については牛の部位をドラゴンに当てはめるのが妥当かどうかはわからないが、脂身も付いているところからサーロインかもしれない。

 500グラムはありそうなステーキの上には半分溶けた丸いバターが載せられている。

 付け合わせはポテトと人参、そしてほうれん草だった。


 あとは、コンソメスープ。わずかな野菜のほかにピンク色の肉が入っているのが分かる。これもドラゴンの肉だと思う。

 それに野菜サラダとパンないしご飯。

「パンとご飯が用意できますがどちらにしますか?」

「は、はい。パ、パンで」

「かしこまりました」

 ……。

 妙に緊張してるな。食事が進めば緊張も解けるだろ。


 3人ともパンでいいと言ったので3人の前にはパンの取り皿とテーブルの真ん中にパンの入ったバスケットが置かれた。

 パンの種類はバターロールにクロワッサン、やや小型の厚切りトーストだった。


 俺はせっかくなのでご飯にしてもらった。いちおうナイフとフォークでステーキを食べようと思っているのでご飯はお皿に盛ってもらった。


 飲み物は紅茶かコーヒー、ミカンジュース、リンゴジュース。


「いただきます」

「「いただきます」」


「フフ、フフフフ。……

 う、うまい! そして柔らかい!」

「実は俺もまだ食べたことのない肉なんだ」


 3人がナイフとフォークをカチャカチャ動かしている中、俺もどういった味がするものか一口分ステーキを切ってみた。

 肉は固いのかと思ったがそんなことはなく簡単に切れてしまった。

 焼き方についてはミディアムのようで、肉汁は流れ出たが真っ赤というわけではなかった。


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