第240話 ラザフォート学院周辺


「イチロー、へやのかたづけおわった。べんきょうべやもできた」

「分かった。そしたら3人そこらに座ってちょっと待っててくれ」


 俺の向かいのソファーに3人が並んで座った。


「そういえば、ミアはこの辺りのこと知ってるか? ラザフォート学院の近くなんだが」

「しらない」

「そうか。もう少ししたらソフィアとヴァイスも連れてこの辺りを散歩してどういったものが近くにあるか調べに行こう。昼食はどこかの店で食べてもいいが4人食べられないから、ここに戻って食べるか」

「分かった」「「はい」」


 4人でそうやってソファーに座っていたら、ソフィアとヴァイスがやってきた。

「マスター、厨房の片づけを終えました」

「ご苦労さん」

「それじゃあ、これからこの屋敷の周りをみんなで散歩して土地勘を養おう」

「「はい」」

「その前にソフィアに金庫のカギを渡しておく。

 タマちゃん、金庫のカギをソフィアに」

「はい」

 タマちゃんから金色の偽足が伸びてソフィアの手にカギが置かれた。

「金庫は2階の一番奥の部屋で、休眠装置と一緒に置いている。

 中に金貨が2000枚入っているから自由に使ってくれ。足りなくなりそうなときは早めに教えるように」

「了解しました」

「それじゃあ行くか」


 俺が立ちあがったらミアたちも立ち上がった。

 タマちゃんはするするとスポーツバッグの中に入ってフィオナは俺の肩に止まった。

 俺が立ちあがっただけでここまで反応できるとは。

 屋敷の外に出るにあたって見た目は悪いがタマちゃんに白銀のヘルメットを出してもらって被っておいた。見た目の違和感は半端ないが背に腹は代えられない。


 みんなを引き連れた俺は屋敷の門の脇にある通用口を抜けて通りに出て、ラザフォート学院の赤レンガの塀に向かって歩いていった。


「あの塀の向こうがラザフォート学院だ。編入試験はまだ先だが何とかなるだろ。

 ソフィア、ミアの学力は大丈夫だよな?」

「もちろんです。

 ただ、成績が良すぎて最高学年に編入させられるかもしれません」

「なに、そこまでミアの頭はいいのか?」

「はい」

「まあその時はその時だな。カリンとレンカが同じクラスになってくれれば問題も起きないだろう。そのあたりは寄付金次第で何とかなるんじゃないか。

 しかし、ホントにそうなってしまうとあっという間に卒業だな。

 上の学校ってないのかな?」

「シュレアには大学はないようですが、都を含め主要都市には大学があるようです」

「ほう。じゃあ、次は大学だな。ここの屋敷をせっかく整備したが、これはこれ。

 また屋敷を買えばいいだけだ。今度は都に進出するか」

「イチロー、かんたんにきめていい?」

「ミアは気にしなくても大丈夫だぞ」

「わかった」


 赤塀に沿って歩いていき、大通りに出てそこから赤門方向に歩いていった。

 ラザフォート学院の正門である赤門は閉じていたが、通用口は開いていた。

「ミア、入れそうだから中に入ってみるか?」

「はいらない。イチロー、へいぞいにまわろう」

「分かった」


 中はいつでも見学できるし、編入試験の手続きも必要だからその時見学すれば十分か。


 ラザフォート学院の塀沿いに回ってみてわかったことは、ラザフォート学院の敷地は一辺250メートルくらいの正方形だった。1周歩けば1キロだから、ランニングするのにちょうどいいかもしれない。

 ランニング中も屋敷の警備員が1名付き添うだろうから、ちょっと物々しいというかおかしな見た目になるが今さらだ。

 他人の目より安全第一。


 正門の反対側を歩いていたら鉄製の門扉が閉じられた裏門があった。裏側は鉄門だな。もちろん鉄門の脇にも通用口があった。

 そして鉄門からまっすぐ通りが東側に伸びていた。どうもその通りが商店街のようだった。


「屋敷からそれほど遠くなくてよかったな」

「そうですね」と、ソフィアとヴァイスが答えた。ふたりは買い物担当だしな。

「何を売っているのか見てみよう」


 商店街には人通りはそれほどなく、将来的にさびれてしまうのではないかという懸念がないわけではないが、一応ラザフォート学院の門前町というくくりなのだからすたれることはないだろう。ないよな?


 食堂、八百屋、パン屋、肉屋、魚屋、雑貨屋などのほか書店、文房具店、仕立て屋、洗濯屋などが並んでいた。

「生活必需品も学校で必要になものもここで全部手に入りそうだな」

「そうですね」と、今度はソフィア。

「学校関係のものは編入が決まってからだな」

「了解しました」


「肉はいくらでも食料庫にあるだろうから、魚でも買っておくか? 刺身とか食べたくないか?」

「いえ、寄生虫などの心配がありますので生食なましょくは避けた方がいいと思います」

 確かに。寄生虫に汚染された魚を食べたところで即死はしないだろうから万能ポーションで何とでもなるだろうが、痛い思いをする必要ないものな。


「ラザフォート学院の学生は制服を着るのかな?」

「制服らしきものを着た者をまだ見ていません」

「イチロー、せいふく?」

「うん。学校の生徒とか兵隊が見た目が同じ服を着てたらどこの所属か一目瞭然すぐわかるだろ?」

「そうなんだ。

 へいたいせいふくきる。せいとせいふくみてない」

「なるほど」

『郷に入っては郷に従え』だが、ミアたち3人はお揃いのカッコいい服を着せてもいいかもな。3人ともかわいいから親衛隊ができたりして。


 パン屋があるようでパンのいい匂いが漂ってきた。

「ミア、パン屋でお菓子でも売ってるかもしれないから見てみるか?」

「わかった」


 パン屋の中に6人でぞろぞろ入って行った。

 店の中の客はふたりくらいだったので邪魔にはならない。

 店に並べられたパンの品数しなかずは少なかったが量はそれなりで、ガラスのショーケースがないくらいでうちの近くのパン屋とそれほど差はなかった。

 精算方法もトングでパンをトレイに置いてそれをカウンターに持っていき店の人に見てもらうところも同じだった。


 好みのパンがあったようでミアはすぐにパンを選んだ。

 食べられるのが俺とミア、あとは無尽蔵のタマちゃんがいるがそれほど量を買う必要はないのでミアが選んだ3種類のパンを3つずつトレイにのっけた。

 値札を見ると俺の感覚からして予想どおり安かった。食べ物が安いということは政治なり、国際情勢が安定していると考えていいだろう。



 今回はミアに小銭を渡して精算させることにした。何事も経験だからな。

「ミア、このお金でそのパンを買ってくれ」そう言ってミアに銀貨を1枚渡した。

「わかった」


 ちゃんとミアはパンを買ってお釣りをもらった。偉いぞミア。ってそれほどでもないが、店員の女性に「お嬢さん」と言われて顔を赤めていた。

 かわいいじゃないか。

 紙袋といったしゃれたものはないようで買ったパンはじかに手渡され、スポーツバッグのタマちゃんに収納してもらった。


「だいたいのことが分かったから、屋敷に帰るか」

「わかった」


 パン屋からゆっくり歩いて屋敷に帰ったら時刻は10時。昼までまだ時間があるのでお茶を用意してもらい、さきほど買ったパンを居間でミアと食べることにした。


 カリンとレンカもミアに並んでソファーに座っているが、もちろんふたりはパンが欲しそうな顔をするわけではない。

 お茶を用意してくれた後、ソフィアとヴァイスは屋敷の掃除の続きをすると言って居間から出て行った。


 ミアが買ったのはクルミパンとレーズンパン、そして干しアンズののっかったパンで、菓子パンだ。

「このパン、たべたかった」

 なるほど。迷わず選んだわけだ。お金があってもあの格好ではちゃんとした店には入れないものな。

 核を舐めたいという浜田の希望も小さな夢だったが、小さな夢でも叶うとうれしいよな。

 なんだか今日はすごくいいことをしたような気がする。


 ちなみに現代日本の菓子パンを食べて育った俺からすると、あまりおいしくはなかった。

「ミア、どうだ?」

「やかたでたべるパンがおいしい。でも、たべたうれしい」

 正直だな。嫌いじゃないぞ。


 ミアはクルミパンをゆっくりひとつ食べたところで手を止めた。あと1時間もすれば昼食だものな。 


「昼食まで3人でボールで遊んでる」そう言ってミアたちは居間からかけていった。

 新館にはミアのために体育館があったけどここじゃ体育館がないからなー。

 庭先でボール遊びが精一杯か。



 昼食はミアとふたりでここの食堂で食べた。メニューはスパゲッティーのミートソース。それに野菜サラダと具だくさんのスープだった。


 デザートはイチゴとバニラのアイスクリーム。

 館と同じものが食べられるならミアも満足だろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る