第233話 屋敷の受け渡し


 俺は覚悟を決めて、俺が日本でというか世界でただひとりのSSランク冒険者でそれに見合うだけの収益を上げていることを母さんに説明しようと思ったんだけど、ドラマに負けてしまった。


 俺も内心は先延ばしにしたかったこともあって、結局何も言わずにその日は終わってしまった。

 結菜のうちからお礼をもらって何か問題が起こるようならその時考えるとしよう。未来の俺に丸投げだ。すまんな。




 翌日。

 今日はシュレアの屋敷の引き渡し日だ。約束の時刻は午前9時。

 時刻については日本とほとんど差がなかったハズだから、新館で朝食を取ってゆっくりしてからでも間に合うはずだ。


 7時に支度を終えた俺は、玄関を出て新館の書斎に転移した。

 今日はダンジョンでモンスターと戦うつもりはなかったが防刃ジャケットその他の防具着込んでいる。

 いつものようにアインが待っていたので朝のあいさつをしてから一度荷物を置きアインと連れだって食堂に向かった。


 食堂への途中。

「マスター、護衛用自動人形2体と料理その他厨房用自動人形1体、そして休眠装置の製造は終わっています」

「アイン、ご苦労さん。向うの屋敷の引き渡しが終わったら、風呂場を作るために現地に寸法とか測る作業員を連れて行こう。それを元に資材を用意しないとな」

「了解しました。手配しておきます。照明などはいかがします?」

「向うの照明はロウソクだったような気がするなー。ここと同じようにできるかな?」

「もちろんです。そちらも数などを確認させて製造します」

「うん。頼んだ」



 食堂前でアインと別れ、食堂に入ったらもうミアが席についていた。

「ミアおはよう」

「イチロー、おはよう」

 今日のあいさつは完璧な日本語だった。ミアはほんとに頭がいいようだ。


 俺が席に着いたら間を置かず16号がワゴンを押して食堂に現れ料理をテーブルに並べていった。


 今日の朝食もいわゆる洋食だった。

 ケチャップのかかったオムレツに厚切りのハムステーキ。野菜サラダにクリームスープ。それにご飯だった。ご飯は俺のご飯もミアのご飯も茶碗だった。

 フィオナにはいつも通りハチミツだ。


「「いただきます」」「ふぉふぉふぉーふゅ」


 ミアが箸を使って器用にオムレツを切って口に運ぶ。ハムはさすがに箸では無理だったようで挟んでそのまま小さな口でかじっていた。

 大きなものを箸で挟むのも高難易度なんだが、うまくハムを挟んでいる。

 これくらいの子がちゃんとご飯を食べているところを見てると何だか和むんだよね。


 ……。


 今日も朝から腹いっぱいだ。


「「ごちそうさま」」「ふぉふぃふぉーふぁ」


 フィオナの顔と手をおしぼりで拭いてやりミアと連れだって食堂を出た。

 階段を上ったところで、

「ミア、ソフィアに俺の書斎に8時50分くらいに来るよう言ってくれるか?」

「わかった」


 ミアと別れて俺は書際に戻り、机の椅子に座って食後の一休みだ。8時50分に向こうの商業ギルド前に転移すればいいのでまだ1時間以上ある。


 ちょっと暇なのだがどうしようもない。


 腕を組んで目をつむっていたら、ほっぺたがフィオナにチョンチョンされた。

 目を開けたら机前にソフィアが立っていた。

 もう時間か。知らぬ間にトリップしてた?

 こういった人生のロスタイムを返してほしい!


 俺は椅子から立ち上がってタマちゃんから受け取った白銀のヘルメットをかぶってリュックを背負った。大した手間じゃないけどこれで準備が整った。


「それじゃあ、ソフィア行こうか」

「はい」


 ソフィアが俺の手を取ったところでフィオナが俺の肩に止まっていることを確かめシュレアの商業ギルドの玄関近くに転移した。


 玄関に入ったら、カバンを持ってフォーレットさんが受付の近くに立っていた。

「イチローさん、おはようございます」

「おはようございます」


「現地で確認していただいたあと受け渡しになります。

 馬車を回しますから玄関前でしばらくお待ちください」

 フォーレットさんはそう言うとホール奥の方に駆けて行きその先の扉の先に消えていった。


 俺とソフィアは馬車が来るのを待つためギルドから大通りに出たのだが、通りに立っていた目つきの悪いふたり組が俺たちというか俺の方を見ていた。

 良からぬことを企んでいるのか、太陽に照らされて燦然と輝く白銀のヘルメットをかぶった俺の見た目が気になるのか何とも言えない。

 しかし、目つきが悪いからと言って張り倒していては社会生活がマトモに送れない反社そのものなので無視するしかなかった。

 ミアがこの先この街で生活するわけだから可能な限り街の掃除をしたかったんだがな。


 よそ様の人相風体で勝手なことを考えていたら、馬車が目の前に止まった。

 中からフォーレットさんが降りてきて俺から順に馬車に乗り込んだ。


 俺たちが席に着いたらすぐに馬車は走り出し、道が混んでいたこともあって30分弱かかって屋敷の前に止まった。


 門を開けたら、前庭はすっかりきれいになっていた。

 雑草などどこにも見当たらない代わりに芝がきれいに張られ、植木もきれいに剪定されていた。

「きれいになりましたねー」と驚きの声をあげたらソフィアがちゃんと訳してくれた。

「驚くほどきれいになっています」

「はい。中もご覧になってください」


 フォーレットさんが玄関の扉を開けて後ろに下がったので、俺が先頭になって玄関の中に入っていった。

 玄関ホールの中はピカピカに磨き上げられていた。

 この調子なら屋敷の中どこもきれいになっているのだろう。


 実際、屋敷の中をフォーレットさんに案内されてくまなく回ったのだがどこもピカピカで中古物件とは思えないほどだった。商業ギルドはよそ者の俺に対しても良心的に対応してくれたということで非常に評価が高い。


「ご覧になって問題はございましたでしょうか?」

「大丈夫です」

「とても満足しています」

 俺よりソフィアの方が対人能力確実に高いな。


「それでは、こちらが屋敷のカギと土地の証書を兼ねた本契約書です」

 鍵束と契約書を渡された。カギにはちゃんとタグが付けられている。契約書はもちろんカギに付けられたタグも俺には読めない。

 俺の方は金貨800枚の預かり証をタマちゃんから出してもらってフォーレットさんに返した。

「確かに。

 おふたりはどうされますか? どこかに行かれるのなら馬車でお送りしますが」

 ここでの作業があるだけなので、馬車で送ってもらわなくてもいいと断ることにした。


「それでは失礼します。今後ともよろしくお願いします」


 そう言ってフォーレットさんはカバンを持って帰っていった。


「ソフィアは用心のためここに残っていてくれ。俺は館に戻って作業員を連れてくる」

「はい」


 作業用自動人形たちの顔をまだ見ていないのだが、屋敷の外で作業することもあるだろうからのっぺらぼうだとちょっとマズいと思う。アインのことだからその辺のことについて気を利かせてくれているとは思うが。


 そう思って新館の書斎に転移したらアインとちゃんと顔の付いた作業員が2体というかふたり手提げの箱を持って立っていた。


「マスター、この2体で作業の見積もりを行ないます。2体は日本語を話せます」

「了解」


 ふたりの作業員に俺の手を持たせて屋敷の玄関ホールに転移したところソフィアもそこにいた。

 俺はふたりの作業員に、

「井戸は裏庭にある。この屋敷の中で風呂を作るのに良さそうな場所に適当に作ってくれればいいから。

 ソフィアはふたりを案内してやってくれ」

「はい」「「了解しました」」

 ふたりはソフィアに案内され手提げの箱を持って歩いていった。


 以前俺の半地下要塞をレベルアップした時と同じようなものだろうから、任せておけば大丈夫だろう。

 しまったな。フォーレットさんに家具屋とか日用品を売っている雑貨屋のことを聞いておけばよかった。

 ミアが寝起きできれば十分なんだからそれだけは新館から運んで、そのほかのものはこっちでおいおい揃えていけばいいか。


 3人に作業を丸投げしてしまったので俺がすることはなくなった。

 作業員ふたりがここの作業を見積もって資材を揃えるのにどれくらい時間がかかるか分からないが、これまでのことを考えれば文字通りあっという間だろう。


 手持無沙汰のままボーっとしていたら、15分ほどで3人が戻ってきた。

「マスター、資材の製作に必要な寸法などの計測は終了しました」

「じゃあ屋敷にふたりを返そう」

 文字通りあっという間にお風呂ができそうだ。


 俺はソフィアを留守番に置いてふたりを連れて新館の書斎に転移した。

 ふたりはこれから図面を作ると言って書斎から出て行った。


 その後俺は呼び鈴を鳴らしてアインを呼んだ。

「アイン、屋敷をミアたちに見せてやりたいから呼んでくれるか?」

「はい」


 5分ほどしてミアとカリンとレンカがやってきた。


「シュレアの新しい屋敷を見に行こう」

「えへへ」

 ミアがすごくうれしそうな顔をして笑った。生まれはどこか知らないが少なくとも育った街だものな。


 ミアたちが俺の手を取ったところで再度屋敷の玄関ホールに転移した。

「すごい。ここがあたらしいいえ?」

「家の中はまだ空っぽだから住めないけどな。

 すぐ近くに学校があるから通うのも簡単だ。

 3人とも中を探検してきていいぞ」


「うわー」


 ミアを先頭にして3人が奥の方に駆けて行った。



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