第232話 中村結菜9、うそみたいだけど、そうみたい


 結菜に『治癒の水』2リットルを渡して玄関に戻ったら母さんが立っていた。

「結菜ちゃん何だったの?」

「俺がうちのおいしい水を自慢したら、飲んでみたいって言うからさっきペットボトルに入れて分けてやったんだ」

「そうなの。あの水おいしいものね。

 お父さんは今日遅いそうだから先にお風呂に入ってなさい。一郎がお風呂から上がったら夕飯だから」

「はーい」



 夕食を食べて部屋に戻り、残っていた宿題をしていたらまた下のインターフォンのチャイムが鳴った。

『一郎、結菜ちゃん。

 出てくれる?』

「分かったー」

 おじさんに何かあったのか?


 パジャマ兼部屋着姿のまま階段を下り、玄関でサンダルを履いて門扉の外に立っている結菜のとこまで行った。

「どうした? おじさんに何かあったのか?」

「うん。というか、一郎にもらった『治癒の水』をお父さんに『これ飲んでみて』って言ってコップ1杯飲ませたんだけど、5分ぐらいしたら胃のつかえがとれたんだって。胃だけじゃなくてすごく体調がよくなったって。

 わたしが見てもお父さんの顔の色つや良くなったって分かったもの。お母さんもすごく驚いてた。その後お父さんお腹が空いたってご飯食べたのよ。それもたくさん」

「良かったじゃないか。点滴ならすぐ効きそうだと思ってたけど飲んでもすぐに効くんだな。ハハハ」

「一郎、何笑ってるのよ」

「えっ? 笑っちゃいけなかったのか?」

「そういう意味じゃないけど、あれ、効きすぎなんじゃない? お父さん胃ガンだったんだよ」

「まだ治ったかどうかわからないんだから落ち着けよ。

 とりあえず今日渡した『治癒の水』が無くなるまでおじさんに飲んでもらってそれから再検査してもらえよ」

「うん。

 でもあれってダンジョン庁が検査したってことはただのペットボトルに入っていたけれどすごく貴重なものだったんじゃないの?」

「そうだなー。希少じゃないけど俺しか取りに行けないところにあるから貴重なのかなー? まっ、なんであれ気にするな。しわが増えるぞ。

 とにかくよかったじゃないか。それじゃあな」

「う、うん。それじゃあお休み」

「お休み」


 玄関に戻ったら母さんがまた立っていた。

「結菜ちゃんどうしたの?」

「あの水すごくおいしかったって」

「わざわざこんな時間にお礼だなんて。

 ロミオとジュリエットじゃないんだからあなたたちの交際に口出しはしないけど、ふたりともまだ高校生なんだから清く正しくね」

「何だかわからないけれど、分かったよ」


 ロミオとジュリエットって何だよ。

 うちの母さんそんなことばかり考えているのだろうか?

 そもそも、そこらのラブコメじゃないんだから幼馴染同士がお互いに意識しあうことなんてめったにないと思うけどな。


 2階に上がった俺はそういったことをすぐに忘れてフィオナの家庭教師の下、宿題の残りを済ませた。

 宿題が終わったところで部屋の明かりを落としてベッドに入り、俺の枕の横にちょこんと座ったフィオナの気配を感じながらぐっすり眠った。




 翌日。

 今日は午前中授業で午後からは休みだ。

 玄関を出たらまた結菜が内の門扉の前に立っていた。いいけど。


「一郎、おはよう」

「おはよう」

 門を出て今日も結菜と一緒に駅に向かった。


 男子高校生と女子高校生がふたり並んで歩いているところは客観的に見て、うらやまけしからん状態なのかもしれない。

 しかし、当事者同士から見ればそういったうれしはずかしの甘いイベントってわけではないのだよ。


「お父さん、今朝は早くから起きてジョギングに行ったわ」

「だけど昨日の今日でジョギングなんかして平気なのか?」

「手術前、歩くくらいの運動はした方がいいとはお医者さんに言われてたみたいだからいいんじゃない」

「おじさんホントに元気になったんだ」

「うそみたいだけど、そうみたい」

 何だか語呂がいいな。


「それでね、あの水、一郎からもらったものだってお母さんには言ったんだけど、お父さんにはまだ言ってないの」

「気にしなくていいと言ってるんだから、おじさんがそんなこと知らなくても問題ないだろ?」

「そうはいかないわ。だって検査してお父さんのガンが本当に治ったって分かったらちゃんとしたお礼しなくちゃいけないじゃない」

「だ、か、ら、気にしなくっていいって言ったじゃないか。あれって確かに貴重かもしれないが俺にとっちゃただのおいしい水なんだし。うちじゃあれでお茶淹れてるくらいなんだし」

「お礼しないなんてできるわけないでしょ。人ひとりの命が助かったんだよ」

「じゃあいいよ。適当にしてくれ」

「うん」


 うちの父さん、母さんに先に一言言ってないと、いきなり結菜のうちから何か持ってきてお礼されたらビックリするよなー。

 何て言えばいい? これはすごく難しい問題だぞ。


 結菜のおじさんの話の後は、お互いの学校のこととか当たり障りのない話をして駅の改札前で結菜とは別れた。


 ……。


 いつものごとく半日の授業が終わり教室掃除も終えた俺はうちに帰った。


「ただいまー」

『お帰りなさい。ご飯の用意は出来てるから着替えたら早く下りて来なさい』

「はーい」



 部屋に入ったらフィオナはいなかったけれどタマちゃんが迎えてくれた。

あるじ、お帰りなさい」

「タマちゃんただいま」


 荷物を置いて普段着に着替えた俺は、階段を下りて食堂に入った。

 部屋にいなかったフィオナは母さんの肩の上に止まっていた。今日も特訓してたのだろうか?

 見た感じ疲れているようには見えないので、今日はまだ特訓していないのかもしれない。


 テーブルの上には親子丼と味噌汁、それにナスの漬物が置いてあった。夏はナスビの漬物おいしいよなー。

「いただきます」


 俺が黙って親子丼を食べていたら母さんが真面目な顔をして話しかけてきた。

「あなたには教えていなかったけど結菜ちゃんのお父さん、胃ガンだったのよ」

「それは結菜から昨日の朝聞いた。母さんは誰に聞いたの?」

「1週間ぐらい前に結菜ちゃんのお母さんから。

 5月に検診で異常が見つかって精密検査したら胃ガンだったんだって」

「ふーん」

「それでね。あなたが学校に行ったあとうちの前を掃除していたら結菜ちゃんのお父さんが半ズボンをはいてジョギングしてたのよ。すごく元気そうに見えたんだけどどうしちゃったのかしら? 先週たまたまあったことがあるんだけど、その時は確かに顔色も悪かったのよ」

「元気になったってことじゃないかな?」

「そうなんでしょうけど。そんなことあるのかなー。不思議だよねー」

 確かに不思議だよな。


 俺は親子丼を食べながら『治癒の水』のことをどう話そうかと考えていたのだが、なかなかいいストーリーが浮かんでこない。こういう時は正直に言うしかないと俺の経験が告げている。


「母さん、昨日うちのおいしい水を結菜に上げたって言っただろ?」

「うん」

「うちのおいしい水って実は病気を治す効果がある特別な水なんだよ。それを昨日結菜がおじさんにコップ1杯飲ませたら5分ほどで見違えるほど元気そうになったんだって」

「一郎。あなた疲れてない? 学校の勉強も冒険者も頑張ってるようだけど頑張り過ぎはよくないってよく言われてるじゃない」


 何だかこの状況、以前経験したことがあるようなないような。

 うーん。こうなってしまうと俺が日本でただひとりのSSランク冒険者だってことから母さんに懇切丁寧に教えないといけなくなる。


 詳しいことは説明したくないけど、そろそろ本当のことを教えていた方がいいかもしれない。


 俺は箸を置いて母さんに冒険者のランクについて説明することにした。


「母さん実は」

「あら、一郎ゴメンなさい。そろそろドラマが始まる時間だからまた後でね。洗い物は流しに置いておいてちょうだい」

 母さんは席を立って居間の方に行ってしまった。

 ひとり息子の『実は……』くらい聞いてくれてもいいんじゃないかな。せっかく覚悟を決めてたのに。

 構ってくれなきゃグレちゃうぞ! ってウソだけど。


 俺は丼の中に残ったご飯をナスビの漬物で食べて最後に味噌汁を飲み干した。

 俺が食べている間フィオナは何も言わずおとなしくしていた。もうフィオナの昼食は終わっていたらしい。

「ごちそうさま」

「ふぉふぃふぉーふぁ」

 フィオナは俺に合わせて『ごちそうさま』と言ったみたいだ。ちょっとレベルアップしたようなしないような。


 俺はフィオナを肩に乗っけて洗い物を流しに持っていった。


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