第228話 シュレア5


 昼食を食べ終えた俺はミアと連れだって食堂を出て、階段を上がった2階で別れた。

 書斎に入って机の後ろの椅子に座って寛いでいたらソフィアがやってきた。

「ソフィア、今からミアの住んでたシュレアの街に行くから通訳してくれ」

「かしこまりました」


 俺はタマちゃんから白銀のヘルメットを渡してもらい頭にかぶった。


 俺の格好は普通の日本人の格好なのでそうとう目立ちそうなのだが、白銀のヘルメットで極めつきに目立ってしまうだろう。それくらいのこと今さらだ。

 日本じゃできないくせに『それくらいのこと今さらだ』と、考えてしまうところは『旅の恥は掻き捨て的島国根性』なのだろうか? なんとなく思いついたこと言ってみただけだけど。


 いちおう今日は人さまに物を頼む予定なのでお土産のつもりで万能ポーションを1本タマちゃんに出してもらってジャケットのポケットに入れておいた。


 そのあと自分の格好がかなり変なことを自覚しつつ、さらにタマちゃん入りのリュックをジャケットの上から背負った。

 そんな俺に比べて控えめな模様と色のワンピースを着たソフィアは落ち着いて見える。

 ああいった世界では武器を装備していないと舐められるのだが、今日は普段着姿なので装備用のベルトもないから手ぶらだ。


「ソフィア、 俺は相手の言ってることは分かる白銀のヘルメットをかぶっているから、通訳と言っても俺の言うことを相手に伝えてくれるだけでいいから」

「はい。マスター」

「それじゃあ、転移するから俺の手を持ってくれ」

 ソフィアが俺の手を持ち、フィオナが肩に止まっているのを確かめてシュレアのダンジョンギルド脇の小路に転移した。


 シュレアの街も天気が良く、大通りに出ると人がたくさん歩いていた。

 ダンジョンギルドに出入りする人の数も多い。

 

 ふたりで並んでダンジョンギルドの中に入っていったら予想通り注目を集めてしまった。

 

 気にしなければそれまでのこと。

 いつも通り、気の持ちよう次第だ。


 俺はカウンターの近くまで歩いていき、副ギルド長のジェーンさんがいないか目で探したところ、少し先でギルド職員と話をしているのを見つけた。


「ソフィア、あそこに立って座っている女性に話しかけている若い女性が分かるか?」

「えーと。はい」

「あの女性はダンジョンギルドの副ギルド長のジェーンさんだ。

 彼女を呼んでくれるか?」

「はい」


「ジェーンさん、よろしいですか?」と、ソフィアが大きな声でジェーンさんを呼んだ。

 知らない人間に呼ばれたジェーンさんだが、白銀のヘルメットをかぶっているおかしな男が自分を呼んだ女性の隣りに立っているのを見てすぐに会話を止めてカウンターの端を持ち上げてこっちに駆けてきた。


「イチローさんですよね?」

「はい。わたしはマスターの通訳をしているソフィアと申します。

 マスターがジェーンさんにお話があるそうです」

「ソフィア、俺がジェーンさんに頼みがあると訂正してくれ」

「はい。

 ジェーンさん、マスターはジェーンさんに頼みがあるとのことです」

「分かりました。部屋なかで詳しいお話をうかがいましょう」


 前回同様カウンターの端から事務室に入り、その先の小部屋に案内された。

 そこでジェーンさんとテーブルを挟んで俺とソフィアは椅子に座った。


 まずは「2カ月近くご無沙汰して申し訳ありません」と、ソフィアに伝えてもらった。


「ご無事で何よりです」


「それでジェーンさんにお願いというのは、……」

 俺はミアを引き取ったいきさつから、できればミアをシュレアの学校にやりたいので学校のことを知りたいとソフィアを通じてジェーンさんに伝えた。


「このシュレアの街には、ラザフォート学院1つしか学校はありません。

 いちおうは裕福な家庭の子女が通う学校です。

 寄宿舎もあったはずですが、自宅から通うことも可能です。

 詳しいことはわたしでは分かりかねますので、学校の窓口で確認してみてください」


 寄宿舎という手もあるが、お金持ちの子女がいるはずの寄宿舎にいきなりミアを突っ込むのは、カリンとレンカを付けるとしても抵抗がある。

 家を買った方がいいよな。買えない場合は借家でもいい。


「学校に通わすため、学校の近くに家を買いたいんですが、そういったものはどこにいけば買えますか?」


「不動産の売買は商業ギルドになります。商業ギルドの場所は前の通りを北にゆっくり歩いて15分(注1)くらいです。大きな建物なのですぐわかると思います。

 新築する場合は商業ギルドに頼めば少々割高になると思いますが商業ギルドから建築ギルドに発注して責任を持って建物を完成させてくれます。個人で新築する人はたいていその形をとっているようです」


「ありがとうございました。

 お手間を取らせたお礼にこれをどうぞ」

 俺はジャケットポケットの中から『万能ポーション』瓶を取り出してジェーンさんの目の前のテーブルに置き、その後ソフィアに通訳させた。

 ジェーンさんが「?」の顔をしている。


「『万能ポーション』です。それを飲めば死んでいなければ元通りになると思います。

 いちおう、わたしは呪いを受けて右手の指を5本とも失くしたことがあったんですがそれを飲んだらすぐにまた生えてきました」ここまで話して通訳してもらった。


 訳してもらっている最中俺は右手をグーパーしてみせた。


「ええっ! それって国宝級のアイテムじゃないですか! そんな高価なものはいただけません」


 ものすごく驚いた顔をするジェーンさんに向かって、

「気にせず受け取ってください。

 お手間を取らせました。わたしたちはこれから商業ギルドに行ってみます」


 半分呆けているジェーンさんを置いて俺はリュックを背負い、ソフィアを伴って部屋を出ようとしたらジェーンさんが再起動して、


「もし何かお困りのことがあるようなら、なんでも言ってください。お力になります」と、力強く言われた。


「その時はよろしくお願いします」と言って頭を下げておいた。


 ダンジョンギルドを出た俺とソフィアは大通りを北に向かって歩いていった。

 それほど歩いたわけではないが、それラシイ大きな建物が見えてきた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 わたしはジェーン・ハリソン。

 王都にあるダンジョンギルド本部からここシュレアに派遣されてシュレアダンジョンギルドの副ギルド長を務めている。

 2カ月ぶりに例のドラゴンスレイヤーが通訳の女性を連れて現れわたしに頼みがあるという。


 話を聞いたところ、前回シュレアに現れた時、地元のヤクザといろいろあり成り行きで孤児だった少女の面倒を見ているということだった。

 ドラゴンスレイヤーはその少女をここシュレアの学校に通わせ教育を受けさせたいという。

 そのために学校近くに家を買うとまで言っていた。

 そういった篤志家がいないことはないのだろうが、そういう人物は功をなし名を成した少なくとも壮年以上の人物だ。と、わたしは思う。

 どう見てもドラゴンスレイヤーの歳は成人して間もないくらいの歳だ。

 彼は異国の人間だからわたしたちと価値観が異なると言えばその通りなのだろうが、驚かされた。


 それは彼の好きなようにすればいい話なのでわたしがとやかく言う筋合いのものではない。

 その関係で彼にシュレアにはラザフォート学院があることを告げ、商業ギルドで家を買えると教えただけでお礼だと言ってポーション瓶をもらってしまった。

 目の前に置かれたポーション瓶は見るからに曰くのありそうなポーション瓶。

 死んでいなければ元通りになる『万能ポーション』ということだった。

 鑑定士のホイマンさんにソレを見せたところ間違いなく伝説の秘薬エリクシールに次ぐとされる『神のしずく』だと鑑定された。

 ありがたいのは確かなのだが、王国金貨1000枚は下らないトンデモない代物だ。

 こんなものを持っていたら逆に命がいくらあっても足りない。

 とにかくギルドの大金庫の中にしまっておこう。




注1:

ミアの国、ミスドニア王国とその周辺国内では1日を12に分割した12時間制を敷いていて、ここでは8分の1時と表現していますが、15分と白銀のヘルメットが変換しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る