第226話 さすらいの旅人
ミアたちを連れて紛らわしい名まえの千葉の遊園地に電車を乗り継いで到着したものの、チケットは基本予約制で、当日券はキャンセル待ちだった。
「ゴメン。ここに入るのに切符がいるんだけど、用意してなくって買えなかった」
ミアは何も言わず俺を見上げる。その目がつらい。
カリン、レンカは無表情のまま。
時刻は9時を少しまわったところ。
代わりにどこかに行かないと。
まずは落ち着いた場所で作戦を考えたい。
近くに建ってたホテルに入ってラウンジでお茶でも飲もうと思ったのだが、何だか癪に障る。
そうこうしていたらポツリポツリと雨が降り始めた。
傘を差すほどでもないが、弱り目に
「とりあえず、出直そう。
3人とも俺の手を取ってくれ」
スマホなんかを俺たちに向けている人間がいないか見回して、俺は勝手知ったるうちの最寄り駅近くに3人を連れて転移した。
転移した先は駅を挟んだ反対側にあるいつぞや結菜と入った洋菓子屋の近くだ。
俺自身、俺の街はそれなりに活気のある街だと思っていたんだけど、先ほどまでの夢の国界隈と比べるべくもない。
ミアの顔を見るのがつらい。
横目でミアの顔を斜め上から見た感じ、落胆したような感じではないようなあるような。
幸いなのは雨が降っていないことくらいだ。
とりあえず4人で洋菓子屋に入ろうと店を見たら10時開店と札が下がっていた。ガラス越しに店の中を見たところ電気は点いていたが人は見当たらなかった。
どうなってるんだ! これじゃあ踏んだり蹴ったり殴ったりじゃないか!
仕方ないので今度は勝手知ったるダンジョンセンターの近くのファミレスに行くことにした。
あそこは24時間365日営業しているし、お子さまメニューも揃っているから大丈夫。
ということで再度3人に俺の手を持たせてファミレスの駐車場脇に転移した。
転移を繰り返してばかりなので、ミアが目を回していないかちょっと心配だ。
「ミア、何度か転移したけれど目が回っていないか?」
「だいじょうぶ」
「調子が悪くなったらすぐ言えよ。魔法ですぐに治してやるからな」
「わかった」
「それじゃあ、ちょっと休憩しよう」
駐車場から3人を連れて表側に回ろうと歩いたのだが、ファミレスの中が暗いし中に誰もいない。
表に回ってみたら『CLOSED』の札と、貼り紙が出ていた。
なになに、
『臨時休業のお知らせ
お客様各位
当店は、20XX年6月27日(土)に発生したぼやのため、6月28日(日)から6月30日(火)までの3日間、休業させていただきます。
お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。
営業再開予定日: 20XX年7月1日(水)
再開時間: 午前10時』
火事ではどうしようもない。しかしなんでこのタイミングで。
まあ、店にいる時にボヤ騒ぎが起こったんじゃなくてラッキーと考えるしかないか。
「済まない。この店今日はやってなかった」
困ったー。ハンバーガーショップはさすがに開いてはいるだろうが、ちゃんとしたお子さまメニューがあったかどうか不明だ。あそこは子どものおもちゃのおまけでごまかしてるだけだったような気もする。
そうこうしていたら、雨がパラパラ降り出してきた。
すぐに雨脚が強くなってきたので俺はタマちゃんから傘を渡してもらってすぐに開いてミアの頭の上に差しかけてやった。
「次の店まで走るぞ!」
ハンバーガーショップまで走って行った。
ハンバーガーショップはちゃんと開いていてくれた。
俺もミアも濡れていたがカリン、レンカはそうとう濡れていた。
ふたりが風邪をひくとは思えないが、見た目かなりかわいそうだ。
逆に言えば保護者らしき俺に全責任がある。
このまま店の中に入った場合、周りから白い目で見られる可能性が多々ある。
これで何とか
「主、服の水分を取るくらいならわたしができます」
「そうだった。タマちゃん、カリン、レンカの服の水気をとってやってくれ」
「はい」
かなり細い偽足がふたりに伸びてすぐにふたりの服は乾きはしなかったがタオルで拭いたときとは見違えるように水気が落ちた。
持つべきものはタマちゃんだ。
タオルをリュックにしまい、俺が先頭になって店の中に入った。
カウンター前で、スタッフの向こうの壁に貼り付けられたメニューを見たところ、子ども向けのメニューは思った通り子どもだましのおもちゃが付いているだけだった。
ハンバーガーセットを注文しようと思ったらこれもまだやっていなくて朝専用のメニューしかなかった。
ハムと玉子の入ったハンバーガーもどきをメインにして飲み物はコーラ。
追加でフローズンシェイクを頼みたかったがそれも時間が早くて頼めなかった。
あとこの時間だとフライドポテトがなくてハッシュドポテトだった。いいけど。
それを4人分注文した。
カリンとレンカの分はタマちゃんにやろう。
精算は冒険者証で済ませた。
店のスタッフは俺のSSランクの冒険者証を見ても驚かなかったのだが、最初から俺の冒険者証のラインと派手なネックストラップを俺の自作と思っている可能性がないわけではない。
なんであれカードリーダーでエラーが出なければこっちの勝ちだ。
それほど待つことなく注文の品のハンバーガーもどきとハッシュドポテトとコーラをトレイに載せて渡された。
俺たちはそれを持って2階に上がった。
2階はかなり空いていてほとんど注目を集めないまま4人席に座ることができた。
タマちゃんのいるリュックは俺の足元だ。
「カリン、レンカは食べられないんだよな?」
「「はい。食べられません」」
「ミアは遠慮せず食べればいいからな」
「わかった。
このかみをあける?」
「そうそう。包み紙を開けたら中に具を挟んだパンが入ってるから。
包装をぜんぶ取っちゃうと手が汚れるから食べるところだけ開けてかぶりつく。
こうだ」
俺がお手本を見せてやった。
「飲み物はこうやって飲む」
次にストローの入った包装を破って中からストローを取り出してコーラの入ったコップの蓋に突き刺て、ストローをくわえてコーラを吸った。
ミアが真似してハンバーガーもどきの包装紙を開いて小さな口を開いてかぶりついた。
「おいしい」
それはよかった。
「館の食事はどうだ?」
「やかたのしょくじおいしい」
俺もそれは同感だ。
「イチローありがとう」
「うん」
ミアはかなり劣悪な環境で育ったのだろうが、ちゃんと『ありがとう』と言える。
ただの浮浪児ではなかったのかもしれない。
その辺りのことを俺からミアに聞くつもりは全くないが、もしミアが身の上を話すようなことがあれば真剣に聞いてやらないとな。
ミアはそこでストローを包装から取り出してコップの蓋に突き刺し、一口コーラを吸ったらむせた。
「コホッ、コホッ」
「大丈夫か?」
「びっくりした。でもだいじょうぶ。
くちのなかで▽$%」
「苦手か?」
ミアは首を振ってから、
「かわったあじ。すごくおいしい」
「ならよかった」
「イチローのくにすごい。ものごいもわるいおとなもいない」
「悪い大人はいるけどな」
「そうなんだ。でもまちがきれい。ごみがどこにもない」
そう言ってからミアは小さな口を大きく開けてハンバーガーもどきにかぶりついた。
俺が食べ終え、ミアも食べ終えてカリンとレンカの分はタマちゃんが全部食べた。
カリンとレンカの
タマちゃんはゲップはしなかった。
窓から外を見たらまだ雨が結構降っている。
時刻は10時前。
これからどこにも行く当てはないし、子どもを連れて雨の中さまよい歩くわけにもいかない以上新館に戻るしかないか。
それもこれも俺が無計画だったせいなので大いに反省だ。
「早いけど館に帰ろうか」
「わかった。
イチロー、きょうすごくたのしかった。ありがとう」
今のミアの言葉で救われた。のか?
たった2時間ちょっと外に出ていただけなのに言葉だけではなくすごくうれしそうなミアの顔を見ていると、今の館での自習に毛の生えた教育だけでは、ミアにとってよくないような気がし始めた。
何か考えた方が良さそうだ。
やはり、ミアを
午後からソフィアを連れてあの街に飛んで、ダンジョンギルドのハリソンさんにその辺りを相談してみるか。そのまえにミア本人の希望を忘れず聞いておかないとな。
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