第223話 冥土の土産(みやげ)


 新館の中を一通り案内してもらった俺はそろそろうちに帰ることにした。

 アインが持ってくれていたカバンを受け取り、忘れず館の玄関ホールに転移して傘を持ってうちの玄関前に転移した。


「ただいま」

『お帰りなさい』台所から母さんの声がした。今現在、フィオナの特訓は中止しているようだ。


 2階の俺の部屋に戻ったところ段ボール箱の中でスライムスライムした形になったタマちゃんが迎えてくれた。

あるじ、お帰りなさい」

 そう言ってタマちゃんは段ボールの中でいつも通り広がって四角くなった。

「ただいま」

 タマちゃんの声が女声なのでまだちょっと違和感があるが、そのうち慣れるだろ。


 フィオナはふかふかベッドの上でぐっすり眠っていた。

 母さんと特訓したせいなのかは分からないが、疲れて眠っているように見える。

 スタミナの魔法をかけてやってもいいがそのまま寝かせておいてやった。


 学生服から普段着に着替えた俺は、すぐに宿題に取りかかった。

 俺が机に向かっていたらフィオナは目覚め、机の上で俺の勉強を見てくれていた。

 教科書のページをめくるたびに、フィオナがかわいらしい声でブツブツ何か言っているのだが、フィオナは自分のことを俺の家庭教師かなにかと思っているのかもしれない。

 フィオナのおかげかもしれないが宿題は30分もかからず終わってしまった。


 フィオナに話しかけようかと思ったけれど、そうすればフィオナも何か答えようとするはずなので、母さんとの特訓で疲れているだろうと思い止めておいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 同じ週、攻略組と言われる冒険者チーム『東京ボンバーズ』『エクスマリーンズ』が相次いで23階層のゲートキーパーを撃破し、その動画を公開した。

 もちろん両チームとも22階層のゲートキーパーは撃破しており、さらに5月末のオークションで魔法封入板を競り落としている。


 どちらのチームもクローラーキャリアの上面にスリットの付いた鋼板製のカバーをかけ、カバーの内側からスリット越しに『東京ボンバーズ』はファイヤーアロー、『エクスマリーンズ』はストーンバレットを乱射して飛来するハチを叩き落していき1時間ほどかけて最終的にハチの巣と女王バチを撃破していた。

 5月末に魔法封入板をオークションで競り落としてからわずか1カ月半でゲートキーパーを撃破したことになる。


 実戦での初めての魔法映像だったこともあり、この動画の再生回数はかなりのものになっており、現在も再生回数はすごい速さで増えている。

 そういった一連の動きに付随してハチの大群を5カ月前に単独撃破したと考えられる16歳のSSランク冒険者の評価?が高まったのは言うまでもない。

 いわく『バケモノ』。

 その結果、あえて『バケモノ』の不興ふきょうを買うような行動をとるメディア関係者は現れなかった。


 サイタマダンジョンからサッポロダンジョンにベースを移した『はやて』は出遅れており現在20階層で21階層への階段を探索中だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今週は土曜日が休みなので土日連休になる。


 学校の方は変わったこともなく週末の金曜を迎えた。

 梅雨が続いた関係で一昨日まで雨が降り、昨日ようやく晴れたが校庭は濡れていて終日使用禁止だった。そしてようやく今日になり校庭が使えるようになった。


 午前中の授業が終わり、昼食を食べ終えたクラスメートたちはわれ先に校庭に飛び出していった。


 最終的に教室に残ったのは、俺と鶴田たち3人の4人だけだ。

 その鶴田たちが俺のところにやってきた。

「長谷川『東京ボンバーズ』と『エクスマリーンズ』が23階層のゲートキーパーを撃破した動画を見たか?」

「いや。最近その手の動画は全然見ていない」


「かれらのはるか先を行く第一人者の言葉は重いな」

「実際参考にならないだろうし」

「だな」

 俺の見たこともないモンスター相手なら多少は参考になるのだろうが、彼らはチームで俺はソロ。戦い方が根本的に違う。参考にはならないのは事実だ。


「答えたくなければ答えなくてもいいが長谷川は今何階層で戦ってるんだ?」

 この3人に対して隠すようなことではないので正直に答えることにした。

「俺にとっての最前線は、ちょっと複雑なんだけど28階層と言っていいのかな」

 26階層には渦だけでなく下り階段があるようだし、館のある27階層は暫定27階層で、ドラゴンのいた坑道の渦を抜けた先の階層は暫定28階層でいいな。


「攻略チームにそこまで水を開けているのか」

「驚きだ」

「全くだ」


「それでその28階層に到達するまで苦戦したのか?」

「そこまで苦戦はしなかったなー。26階層でその先に進むのに手間取ったくらいか」

「すごい敵は全然いなかったのか?」

「そうだなー。信じてくれるかどうかわからないが27階層にドラゴンがいた。そいつとは苦戦というほどでもなかったが少し時間を取ったな」

「長谷川がウソを吐くとは思わないから信じるが、ドラゴンを少し時間を取ったくらいでたおしてしまったのか」

「小説なんかだとドラゴンの素材は高く売れるとかあるが、そのドラゴンはどうなってる?」


「首を切ってたおしたけど、頭も胴体もきれいなまま持ってる」

「持っているというのはどういうことだ? ドラゴンと言ってもコモドドラゴン並みに小さかったのか?」

「それでも持って帰るのは無理だろう?」

「普通にデカかったぞ。特殊な方法があってたいていのものはそのまま保存できるし、保存してしまえば重さに関係なく持ち運べるんだ」

「まさかそれは、小説によく出てくるアイテムボックススキル?」

「アイテムボックスじゃないんだが似たようなものだ」


「なんと。そんなものまで持っていたのか!」

「確か、一部の者たちは16歳SSランカー、つまり長谷川のことを『バケモノ』と呼んでいたが、そんななまやさしい言葉では表せないほどだな」


 俺はプラス付人間かもしれないが、他人ひとさまのことをバケモノはないだろ、バケモノは。

「俺もお前たちを信頼してるから話したけどこれも絶対に内緒だぞ」

「「もちろんだ」」


「しかしドラゴンか。冥土の土産に一度見てみたいものだな」

「そうだなー」

「歳とって死ぬときはあらゆるものが忘却の彼方に消えているかもしれないが、死ぬ前に経験したものはすべからく冥土の土産になるのではないか?」


 いやそう簡単には死なないから冥土の土産もないだろ。


「俺は『忘却とは幸福の秘訣である』と、常々思っていたが、忘却とは冥土の土産、つまりは『幸せの記憶』まで奪い去るものでとても幸福の秘訣とは呼べないような気もし始めた」

「それは冥土の土産によるのではないか。幸せの記憶に比べ不幸せの記憶が多いようなら忘却は歓迎すべきものになる。その逆もまた真だ。

 おっと、話がそれてしまった」


「良くは分からなかったがよく分かった。こんど一緒にダンジョンに行って3人に冥土の土産を見せてやるよ。

 ダンジョンの外でドラゴンを出すわけにもいかないからな」

「ありがたい」

「持つべきものは冒険者の第一人者だ」

「その通りだ」


「もうすぐ期末試験だから、夏休みに入ったら実行しよう。

 俺の方はいつでもいいから3人で都合のいい日を決めて教えてくれ」

「「了解」」

「それじゃあ期待しててくれ」


 そうだなー。浜田のヤツ変なものを食べたがるから、イノシシでも捌いて食べさせてやろうかと思っていたが、新館に招待してドラゴンステーキを食べさせてやるか。

 毒はないだろうし、館の料理人にかかればちゃんとした料理になるだろう。

 冥土の土産にちょうどいい。



 そんなことを鶴田たちと話して考えていたら昼の休憩時間が終わり5限の授業が始まった。


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