第219話 26階層再探索2


 26階層の渦の手前に転移して、フィオナに下り階段があるのか聞いたところ、下り階段があるようだ。

 現在フィオナに案内してもらい下り階段を探している。

 正方形の石室の中にはたまに爬虫類スケルトンがいるのだが、解呪で簡単に仕留めることができた。

 以前はストーンバレットでスケルトンがバラバラになっていたが、今回は解呪を意識した瞬間スケルトンは力が抜けたみたいにそのまま床に倒れ込んでバラバラになってしまう。

 解呪は集団魔法なので集団でいればかなり効果的なのだろうが、今のところストーンバレットと大差はない。


 以前はスケルトンの剣と盾、それに銀の宝箱を回収していたのだが、専用個室に並べたり積み上げたりすることが面倒なので、スケルトンの核と魔法盤だけ回収して先を急いだ。


 渦の部屋を後にして3時間みっちり移動していったのだが、さすがに3時間の探索では階段は見つからなかった。

 その間たおしたスケルトンは30。手に入れた核はもちろん30個、魔法盤も30個。

 12時5分前に探索を止めて館に転移しようと思ったのだが、何とかこの場所に戻ってきたい。

 しかし、今いる部屋も今までの部屋と寸分違わない作りだし、渦の部屋からの大まかな方向だけは分かるがどれくらい離れているのかも不明だ。

 自動でマッピングができればありがたいが、そんなものはないだろう。

 俺は結局諦めて館の書斎に転移した。


 書斎ではアインが待っていてくれて、食事の準備は整っていると告げられた。

 俺はリュックを床に置き、外したヘルメットと手袋はリュックの中のタマちゃんに預けて食堂に向かった。


 食堂ではミアがもう席についていたので一言わびてから俺も席に着いた。

 俺が席に着いたところで間を置かず16号がワゴンを押して食堂に入ってきた。

 この匂いはカレーだ。


 皿に盛られて俺の目の前に置かれたのはカツカレーだった。それに野菜サラダとオニオンスープ。

 飲み物は牛乳。分かっていらっしゃる。

 ミアの前に置かれたカツカレーのルーの色は俺のと比べて黄色味が強かった。甘口なのだろうが、俺のは俺用に最初から少し辛くしてくれてるように見える。


「「いただきます」」


 テーブルに置かれたガラムマサラの小瓶からガラムマサラをカレーのルーの上に振りかけようとしたがいったんやめて、そのままカレーをすくって口に入れたところ、ちゃんと辛口だった。ありがたや。


 カレーの上に乗ったカツはミアでも簡単にスプーンですくえるよう一口大に切ってあった。

 ここのシェフは料理の腕も一流だがこういう細かな点もよく気が付いている。大したものだ。


 辛口カレーを食べながら野菜サラダを食べまたカレーを食べ、そしてスープをすくい、牛乳を飲む。

 幸せだなー。


 一杯目の半分くらいの量でカレーをお代わりした。お代わりしたカレーにはカツが半分載っていた。

 結構な量だ。

 ミアも半分くらいの量をお代わりしたのだが、こちらはミアがカツはもういらないと言ったのでプレーンカレーだ。

 プレーンカレーの中には見た感じ肉以外の具は入っていないのだがコクもあるので、単純にルーだけではなくいろんなものが溶け込んでいるのだろう。


 食後のデザートはイチゴのアイスクリームだった。これもおいしい。

 ミアが幸せそうな顔をしていた。そういう顔を見るとこっちまで幸せな気分になる。


 フィオナのハチミツの入った小皿の隅にアイスクリームを分けて入れてやったところ、顔を近づけて目を細めて舐めていた。フィオナの小さな舌がぺろぺろするところがまたかわいい。


 ごちそうさまをして最後にフィオナの手と顔を拭いてやって、ミアと揃って食堂を後にした。


 階段を上がったところでミアと別れ書斎に戻った俺は机の椅子に腰かけて一休みしていたらアインが台車を押して書斎に入ってきた。

 台車の上には機械らしきものが置かれていた。きっとタマちゃん用の発声装置だ。


「タマちゃんさん用の発声装置は完成しました」


 椅子から立ち上がって台車の上の装置をよく見た。

 下の方はボタンが並んだ長四角の箱で、ボタンの数はそれほど多くはない。

 その箱の上にハンドスピーカーを上向きに立てたようなものがのっかっていた。まんまスピーカーなのだろう。


「ボタンの位置とその音をまず覚えていただき、それからボタンを押す強弱などでイントネーションを表現する練習をしていただくことになります」

「ほう」


 タマちゃんにリュックから出てきてもらい、試しに俺がボタンを押してみた、そしたら「t」の音らしきものが聞こえた。どうも子音と母音があるようで子音の後少しずらして母音ボタンを押すとひらがなになるようだ。

 

 声質は思った通り女声だった。やや低めだったので声楽で言えばアルトの部類なのだろう。


「タマちゃん、この機械を体に取り込んで、ボタンを押すことができるか?」

 タマちゃんは、そこで体を震わせた。俺が何かを頼んだりすればタマちゃんの返事はいつもこれで、今まで頼んだことでしなかったことや出来なかったことはなかった。

 そのためノーの時どういった動作をタマちゃんがするのかは不明だ。

 その意味でもタマちゃんが言葉を話すようになることは重要なのだ。


「それじゃあタマちゃん、機械を取り込んで音を出してみてくれ」

 タマちゃんが台車まで這って行き、機械の上に広がって覆いかぶさりそのまま機械

はタマちゃんの中に消えていった。

 タマちゃんは台車の上から床に下りた。現在のタマちゃんの姿はスライムスライムした形状だ。

 そのタマちゃんの頭、膨らんだ部分の上の方からまず雑音が聞こえた。

 雑音と言っても音は変化しているのだがそれがしばらく続いたあと「あ・い・う・え・お」が聞こえた。

 次に、聞こえてきたのは発声練習だった。


 アエイウエオアオ カケキクケコカコ

 サセシスセソサソ タテチツテトタト

 ナネニヌネノナノ ハヘヒフヘホハホ

 マメミムメモマモ ヤエイユエヨヤヨ

 ラレリルレロラロ ワエイウエオワオ


 そして、ザジズゼゾなどの濁音、パピプペポの半濁音、シャシュショなどの拗音ようおんと続いた。


「タマちゃん、機械はどんな感じだ?」

 発声練習が続く中、タマちゃんにかなり抽象的な質問をしてみた。

「思った以上に使いやすいです」と、返ってきた。

 やはり天才は天才ということだったようで、ちゃんとした日本語だった。

 ボタンを押すだけでここまでのことができるようになったわけだけれど、ピアノを弾かせたらエライことになりそうだ。

 それもこれもアインのおかげだ。

「アインありがとう。タマちゃんが話せるようになったのはアインのおかげだ」

「いえ、何の制御もされていないあの機械で正確に発音できたことは、タマちゃんさんの才能です」

 機械であるはずのアインの頭の中はどうなっているのか分からないが、こういった受け答えができるところはすごい。しかも日本語でだ。

 全く人と変わらない。

 人が人であること。他者から人と認められることもそのひとつではあるな。



 素人目には金色スライムのタマちゃんが流暢りゅうちょうな日本語を話すこと自体はかなりシュールかもしれない。

 タマちゃんのことを知っている秋ヶ瀬ウォリアーズの面々や氷川、それにダンジョン管理庁の河村さんは驚くだろうなー。

 というか、母さんは何と言うだろう。ちょっと怖いような。

 とにもかくにも、タマちゃんは言葉がしゃべれるようになった。めでたい。

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