第217話 タマちゃん特訓2


 父さんの帰りは遅いそうで母さんとふたりで夕食を食べた。

 夕食後、食後のデザートということで母さんが梨を切ってくれた。

 梨を食べながら、

「一郎がダンジョンから持ってきてくれる果物だけどどれも日持ちが良くって全然傷まないのね」

「ダンジョン産の肉も傷みにくいそうだから、そういうものなんじゃないかな」

「そうみたいねー。

 ダンジョン産の肉は高いけど出回ってるのに、ダンジョン産の果物は出回ってないわよね。

 どの果物もすごくおいしいし、これって売ればかなり高いものじゃないの?」

「まだ値段も決まっていないからいいんだよ」

「そうなんだ。一郎だけがこういった果物の生ってる場所知ってるってことなのよね?」

「そうだね」

「さすがは一郎だわ」

「そうでもないよ」

「結菜ちゃんは知ってるの?」

「いや、教えてない」

「そう」

 母さんが何か言うかと思ったけれど何も言わなかった。


 梨を食べ終わって食器を流しに持っていき俺は2階の部屋に戻った。

 それから、タマちゃんに笛を渡して特訓したところ、笛の先に筒状に丸めた偽足をくっつけてそこから空気を笛に送ることで音が鳴った。

 そのあと、別の偽足でドレミファソラシドに合わせてリコーダーの孔を塞いでいく。

 これでタマちゃんは完璧にドレミファソラシドが吹けるようになった。


 次はその逆でドシラソファミレドだ。

 俺がお手本で一度吹いただけで、タマちゃんはすぐに吹けるようになった。

 ちゃんとドレミファソラシドを覚えていた証拠だ。

 俺の笛のレパートリーはドレミファソラシド、ドシラソファミレドだけなのでタマちゃんのレパートリーもそれだけになってしまった。


 俺のカラオケの持ち歌である君が代くらいリコーダーで吹ければよかったが、できないものはできない。天は二物を与えずとはよく言ったものだ。

 タマちゃんは8時過ぎまでリコーダーの練習していたのだが、遅くまで笛を吹いては近所迷惑だろうし、父さんも仕事から帰って来たようなのでリコーダーの訓練はそれくらいにしておいた。



 翌日。

 学校からうちに帰ってきたところ、今日もフィオナは母さんの特訓を受けているようだ。

 フィオナ、母さんペアに負けてはいられないので、宿題を手早く済ませた俺はタマちゃんの訓練を再開した。


 昨日のタマちゃんのリコーダーの訓練は俺の能力不足で挫折してしまったので今日はタマちゃんの天才性を前提にスマホで音楽を流してそれをリコーダーでまねさせる作戦だ。


 この作戦立案にあたっては今日学校で仕入れた『ピアノのできる***人は曲を聞いただけですぐ弾ける』という鶴田たちから得た情報をヒントにしている。

 うそかまことか、真偽のほどは分からない情報ではあるが、試してみれば自ずと真偽は明らかになる。タマちゃんが音楽に対しても天才であることが前提条件となるが、そこはクリアしているはずだ。


 タマちゃんに聞かせる曲は君が代でもいいかと思ったのだが、段ボール箱に入った金色スライムのタマちゃんが筒状に伸ばした偽足で君が代をリコーダーで吹く姿を第3者的に見ればものすごくシュールではなかろうか?


 ということで今はやりの曲をタマちゃんに聞かせることにした。

 とはいうものの、今はやりの曲など俺が知るはずもない。


 見当さえつかなかったので、動画サイトで適当な曲を探して流してみた。天才なら超える山が高ければ高いほど燃えるはず。


 最初に目に付いたのは、なごみ系の絵柄のアニメで、その第2期のオープニングソングだった。

 テンポよくかなり俺の好みだ。なごみ系の絵柄の割に妙にシビアなような? まっ、画面はこの際どうでもいい。


 ちょっと難しそうだったけれど、これを3回タマちゃんに聞かせた後「今の曲をリコーダーで吹けるかやってみてくれ」と言ってリコーダーをタマちゃんに渡した。


 リコーダーを体で受け取ったタマちゃんは、筒状偽足にリコーダーの先をくっつけて、今の曲を前奏部分から吹き始めた。

「プップップー、プッププップー、……」

 なかなかいい。音程も合っているような気がする。

 前奏が終わってその先の歌声部分に入ってもちゃんとまんまの曲になっていた。


 やはりタマちゃんは天才だった。

 しかし、今回の目的はタマちゃんの楽才を見つけることではなく、日本語を話せるようにすることだ。

 よく考えなくても完全に迷走していた。目的を忘れてはならない。


 リコーダーでは日本語の実現は不可能なことは自明だ。何か画期的なデバイスがあればなー。

 こんど館に行ったらアインに相談してみるか。あいつは引き出しの数が多そうだったものな。

 待てよ。ソフィアを作った時核に日本語とミアの国の言葉を覚えさせた。その核でソフィアは日本語とミアの国の言葉は話せるようになった。


 核を何とかすればタマちゃんも何とかなるような気もする。

 口で話せなくても、言葉を話せるようになる前のアインのようにテレパシーっぽいアレで話せるようになるかもしれない。可能性は高い。

 館に行く日曜日が待ち遠しい。


 タマちゃんの特訓は館を訪れる日曜日まで中断して館でのアインに期待することにした。



 母さんと特訓を続けるフィオナの方だが、母さんも苦戦しているようでいまだに母さんのことは「ふぉふふぉーふ」と「ふふぉふーふ」だ。

 フィオナについては核を埋め込むことなどできないので道はかなり遠そうだ。




 そして、日曜日。

「いってきまーす」

『気を付けていってらっしゃい』


 いつものように支度を整えた俺はうちの玄関先から直接館の書斎に転移した。時刻は7時ちょうど。

 書斎の中にはアインがいて俺が現れたら「おはようございます」とあいさつしたので俺も「おはよう」と答えた。


「食事の用意はできています」

 ということで、リュックを置いて俺は食堂に向かった。

 ただ飯食ってるだけの主人だという自覚はある。


 食堂に入るとミアはテーブルに着いていた。

「ミア、おはよう。遅くなったようでごめん」

「イチロー、おはよう。そんなにまっていない」

 今の受け答えはちょっとすごいんじゃないか?

 一週間会わなかっただけで上達していることが分かるとは。まさに女児6日会わざれば刮目かつもくして見よ。だな。


 俺が席に着いたところで、16号がワゴンを押して食堂に入ってきた。

「マスター、ミア、おはようございます」

「16号、おはよう」

「おはよう」


 16号が今日の朝食のお皿をテーブルの上に置いていく。

 今日の朝食は、平皿に盛られたバラ寿司だった。バラ寿司の上に錦糸玉子、絹サヤ、イクラ?が載っていた。イクラはおそらく鮭ではなくマスの卵なのだろう。

 味付けノリと味噌汁。味噌汁の具は豆腐だった!

 もう何でもありだな。

「いただこうか。「いただきます」」

 今日はミアといただきますが重なった。

 フィオナにはいつものようにハチミツだ。


 バラ寿司の中には、レンコン、シイタケ、ニンジン、小さく切った高野豆腐、酢でしめたマスが入っていた。

 イクラをプチュンと舌で潰すと出汁のしみ込んだ卵の中身が口の中に広がる。

 うまい!

 バラ寿司の具にも味が良くしみ込んでる。

 母さんのバラ寿司も絶品だが、このバラ寿司も絶品だ。


 ミアは上手に箸を使ってバラ寿司を食べている。

 箸さばきだけを見れば、ミアはもういっぱしの日本人だな。


 朝、こういったものを食べるのもいいものだ。

 俺は味付けのりをのっけて、バラ寿司をノリで丸めるように箸で摘まんで口に入れる。

 この食べ方も好きなんだよ。

 これを見越していたわけではなかったが味付けノリを買っておいてよかった。


 一度お代わりして完食したらお腹がいっぱいになった。

 やっぱ日本食だよな。


 食というのは歴史的、地理的背景そういったものの集大成。文化の華だ。日本人でよかった。

 そして、日本に帰ることができてホントに良かった。

 向こうにいた時、夢の中では何度も日本食を食べたと思うが、また日本食が食べられるなど夢にも思っていなかった。


 幸せだなー。僕は日本食を食べている時が一番幸せなんだ!

 

 この日のデザートはイチゴ大福だった。小豆は用意していなかったのだが、こしアンがちゃんと入っていた。この世界に小豆があったのか、何か他のもので代用したのか?

 16号が湯呑に注いでくれた濃い目の緑茶でいただいたのだがとにかく絶品だった。


「「おいしかったー」」思わず漏れた声がミアと重なってしまった。

 最後にフィオナの顔と手を拭いてやって俺とミアは食堂を後にした。



[あとがき]

今回の曲は難しかったと思います。

1曲目は『メイドイン……の第2シーズンOP「か○ち」』。2曲目は『君といつ〇でも』

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