第215話 事件の後2


 昨日学校の近くでコンビニ強盗があったが、学校は何も変わりなく平常運転だった。ちなみに登校途中目にしたくだんのコンビニも平常通り店は開いていて、昨日の名残は何もなかった。

 世の中は、社会を支えている人たちの力であっという間に平常運転に戻るのである。



 世の中は平常運転そのものだったが、教室での生徒たちの話題はやはり昨日のコンビニ強盗だった。

 彼らの会話から聞こえてくる限り逮捕に協力した高ランクの冒険者が俺だということは誰も思いついていないようだ。



 と、思っていたのだが、昼食時間が終わっての休憩時間。クラスの連中がほとんどグランドに遊びに出ていなくなったところで俺の席に鶴田たち3人がやってきた。


「長谷川、昨日のコンビニ強盗の逮捕に協力した冒険者って長谷川のことじゃないのか?」と鶴田が小声で俺に聞いた。

「ハハハ。まあな」

「やはり思った通りだった。

 なにせ今や長谷川は日本一の冒険者だし、『はやて』はベースをサッポロダンジョンに移したらしいし、この辺りの高ランクの冒険者で思いつく限りじゃ長谷川しかいないものな」


「それでどうやったんだ?」

「まさか素手で突っ込んで行ったわけじゃないんだろ?」

「離れたところから魔法で仕留めた」

「仕留めた。ということはあの強盗を殺してしまったのか? そういったニュースは流れてはいなかったと思ったが」

「いやいや、本当に殺してしまったら俺がアウトになってしまうだろ。だからスリープと名づけた睡眠魔法で眠らせた」


「長谷川の能力はとどまるところを知らんのだな」

「そうでもないが、初めて使う魔法だったしコンビニのガラス越しだったからちょっとだけ自信はなかったんだ。

 それでも運よく決まって、犯人はその場で眠って床に倒れてしまった。

 それを見て警官がコンビニに突入して犯人を取り押さえた」

「そこまで派手なことしてよくニュースに名まえが出なかったな」

「ちょうど学校から様子を見にきていた吉田先生に、犯人を捕まえる手助けができるけどどうしましょうかと聞いたら、先生が警察の人に話をつけてくれたんだ。

 それに、魔法を発動したと言っても外見的には軽く手を前に出しただけだったからギャラリーには俺が魔法を使ったことなんか分からなかったと思う。

 ことが終わった後、先生が俺のことは公表しないように警察の人に言ってくれたんだ」

「なるほど。われらがマドンナ吉田先生だけのことはある」


 吉田先生は鶴田たちのマドンナだったのか。担任がマドンナというのはなかなか得難い経験だな。俺の小学校1、2年の時の担任の先生は女性だったが、俺が3年生になった時定年退職したぞ。


「しかし、睡眠魔法スリープか。応用範囲が広そうな魔法だな」

「例えば?」

「そうだなー。まずは精神医療というのか分からんが、そういったものには睡眠というのは重要なのだろ?」

「そうだな」

「簡単なところだと不眠症の治療に役立つのではないか?」

「なるほど」

「あとは、そうだな。スリープの仕様しだいだが、もし肉体を部分的に眠らせることができるなら移植手術中の臓器の保全にも役立つのではないか?」と、坂口。

 かなり専門的だな。坂口はそっち系統も詳しいのか。


「もしそれが可能だとすると、敵の意識を保ったまま無力化できるのではないか?

 いたぶり放題だぞ」

 坂口を受けた浜田がエグイことを言い始めた。


「敵に与える精神的ダメージは大きくはなるだろうな。

 尋問とかにも応用が利くな」

「それでは拷問ではないか?」

「拷問そのものだな。国家の非常時には必要なことだろ?」

「しかり。

 1を殺してでも10を助ける。これこそが国家だ」

「功利主義とマキャベリズム。国家運営に必須な哲学だが、近年の人権擁護とグローバリズムなどとは相容れぬ思想だな」

「『国家の目的は、国民の生命、財産、そして自由を守ることである』。

 その思想を一歩進め『そのために国家は場合によってはあらゆる意味で非情にならねばならぬ』と言うことだ」

「つまり、功利主義とマキャベリズムを信奉する有能な独裁者に導かれた国家こそがその国の国民にとって理想の国家となり得る。あくまで可能性の話だがな」

 確かに。


「話はそれたが、今回の事件と本質的には同じだが暴徒の鎮圧だな」

「いずれにせよ、現状スリープは長谷川ひとりしか使えないのだろ? まず裾野を広げない事には何もできないだろう」

「その通りだ。せめて千人スリープの使い手がいなければ医療として確立はできないだろうし、警察の治安要員として考えても各都道府県所在地やその他の主要都市を考えれば千人は必要だろう」


 鶴田たちの言う通り、俺ひとりでどうすることもできないのは事実だ。

 だからと言って、スリープの魔法盤は銀の宝箱から出てきたものだけど28階層でランダムに手に入ったものだから数を揃えるのは難しいよなー。やはりその辺が現代の医療システムに魔法がかなわないところなのだろう。



 昼の休憩時間、鶴田たちと話してスリープについていろいろ考えさせられたが、スリープに限らず他の魔法、魔術にも単純な使い方以外の使い方があるかもしれない。

 おいおい考えていこう。


 もし俺に魔法、魔術を教える才能があれば魔法盤に頼らずに魔法を広められるのだが、いかんせんそういった才能は持ち合わせていないんだよなー。



 今日は朝から昨日のことについて吉田先生から何か聞かれるかもしれないと思っていたのだが、特に何もないまま6限目の授業が終わった。


 今週は掃除当番でないのでいつも通り速攻で教室を出て校門に向かった。


 うちに帰っても用事があるわけではないのでなにも急ぐ必要などないのだが、何となく小走りになって昨日のコンビニの前を通った。


 店員が昨日の店員と同じかどうかはわからないが、朝見た時と同じでコンビニは平常営業していた。

 それを見てなぜかホッとした俺はそこからは歩いてうちに帰っていった。


「ただいまー」

『お帰りなさい』と、居間の方から母さんの声がした。


 部屋に戻ったところ、いつも通りタマちゃんは段ボール箱の底に広がって四角くなっていてフィオナは1階にいるようで部屋にはいなかった。


 荷物を置いて普段着に着替えた俺はさっそくカバンを開いて今日出た宿題を始めた。

 宿題はいつも通り簡単なもので30分ほどで終わってしまった。


 これで今日やるべきことは全部終わってしまった。

 フィオナが何してるのかと思って1階に下りていったら、居間で母さんとフィオナが遊んでいた。

「フィオナちゃん、もう一度『おかあさん』」

「ふぉふふぉーふ」

「惜しい、でも少しずつ良くなってるよ。それじゃあもう一回『おかあさん』」

「ふふぉふーふ」

「惜しい」

 ……。


 母さんがフィオナに特訓していた。『イチロー』より『おかあさん』の方が難易度は高そうだが、俺が学校に行っている間空いた時間を特訓に費やされたらいずれフィオナが『おかあさん』と言ってしまう。

 俺もこれから空いた時間はフィオナと特訓したいところだがさすがにフィオナが参ってしまうだろうからそこまではできない。

 既に敗北は決定したようなものだ。

 しかし、母さんはいつフィオナが声を出せると気付いたのか?


 俺は心を落ち着かせるため食器棚からコップを取り出してポリタンクの治癒の水を注いで飲み干した。

 なんか落ち着いたような。

「母さん、風呂掃除まだならしておくよ」

『お願い。お父さんは今日遅いそうだから掃除が終わったらお湯を入れてそのままお風呂に入ってしまいなさい』

「はーい」


 俺は風呂場に行ってズボンのすそと袖をたくし上げ風呂掃除して、お風呂の給湯ボタンを押して2階の自室に戻った。

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