第213話 代わり映えのしない学校生活


 週が明けてまた代わり映えのしない学校生活が始まった。

 とはいえ、学校に行って授業で先生の話を聞き、たまに小テストをこなして宿題をするだけの簡単なお仕事だ。

 こういった生活を何か苦痛のように感じる者もいるようだが、実は成績のことだけ気にしていればそれで済む。

 いわばぬるま湯の生活だ。

 それがどれほど幸せなことなのかおそらくほとんどの者は気付いていない。


 俺たちが幸せに暮らしているためには誰かが俺たちの平和を現在進行形で守っている。ということが頭の片隅にもない。それこそが平和だと言えばそれまでだがな。

 平和なんてものは健康と同じで失ってから初めて実感できるものなのだろう。

 

 何であれ、俺の頭のスペックはかなり高いようで、授業中そう言ったことを考えていても先生の言葉は耳に入ってくるし、先生に当てられればすらすら答えられる。



 月曜の授業が終わり、掃除当番でもなかった俺はさっさと教室を後にして帰り道についた。

 校門を出てうちに向かって歩いていたら、パトカーのサイレンが近づいてくる。それも1台ではなく何台も続いているようだ。

 しかもパトカーのサイレン音は前方からだけではなく後方からも聞こえてくる。

 ということは、俺の近辺で事件事故が発生している可能性があるようなないような?

 

 俺は遠くで起こった事件事故に群がるようなやじ馬根性は持ち合わせてはいないのだが、こうなってくるとお馬さんに変身せざるを得ない。


 今まで街中でディテクターを使ったことはなかったのだが、試しに使ってみたところ、人の流れは分かったがパトカーを含め自動車の動きはなんとなく程度しか分からなかった。


 どうしたものかなーなどと思いながら歩いていたらパトカーが30メートルくらい先、俺も学校の行事などでたまに利用するコンビニの前で止まり、それからどんどんコンビニの駐車場にパトカーが集まってきた。


 コンビニで事件が起きた?


 やじ馬もコンビニ前にどんどん集まってきてスマホを構えている。

 俺もお馬さんのひとりと言えばその通りなんだがさすがにスマホは構えないだろう。もっとも構える以前の問題で学校にはスマホを持ってきていないので構えようもないのだが。


 少しずつ増えてきた警官がコンビニ前にあまり近づかないようやじ馬を押しとどめている。

 かくいう俺は、うちに帰るためコンビニ前の道を通りたいので、現場**に近づかざるを得ない。

 邪魔にならないよう道の端を歩いて通り過ぎようとしたら、警官に『危ないから、前を通らないように』と、注意されてしまった。


 仕方ないのでUターンして別の道から帰ろうと少しずつ人の輪の最前列に近づいてふと見た****コンビニのガラス越しに男が店員に刃物?を突き付けているのが見えた。

 チラ見したハズだったのだがガン見していたようだ。これってアルアルだよな。


 今俺が立っているところからファイヤーアローで狙えば百発百中で犯人らしき***男を撃ち抜けるけれど、一般人の俺がそんなことしたら俺が警察に捕まるので見てるだけー。


 犯人らしき男はあくまで『らしき』で実際犯人かどうかは当事者でもない俺には断定できないがほぼ間違いなく犯人だよな。刃物持ってるんだし。


 そう言えば俺、非殺傷性の攻撃?魔法持ってた。スローとスリープだけど、どちらも全体魔法だったはず。

 何となくではあるが単体限定でも使えそうなのだが、間違って周囲一帯眠ってしまっても自動車の運転手を巻き込まなければそれほど大ごとにはならないだろう。

 ここから狙ってもうまくいきそうなんだがコンビニのガラス壁を抜けて魔法が届くかどうかが少しだけネックと言えばネックだ。

 そんなことを最前列に立って考えていたら、数人の警官がプラスチック?の盾をパトカーから持ちだして出入り口付近で突入体勢らしきものを取り始めた。

 そのおかげで俺の位置からでは中の様子がはっきり見えなくなってしまった。


 俺がそれっぽく首を伸ばしてコンビニを眺めていたら、下校したうちの学校の生徒たちも増えてきた。

 そしたら、とうとう先生が数人やってきて「おーい、さいたま高校の生徒はここに近寄るんじゃない。回り道して帰れー!」と大きな声で生徒たちに注意し始めた。

 せっかくいいところなのに。おっと、本音が。


 その先生たちの中に俺の担任の吉田先生もいた。

「長谷川くんも、迂回して早く帰りなさい」

「先生、俺、犯人無傷で何とかできそうなんですが?」

「だめ。いくら長谷川くんが何でもできると言っても相手は刃物を持った強盗なんでしょ。危ないからよしなさい」

「ここから、魔法で何とかできそうなんですが」

「魔法って?」

「魔法で犯人らしき男を眠らせることができそうなんです」

「そんなことができるの? 長谷川くんがそう言うんだったらできるんでしょうけど。

 いいわ。ちょっと待ってて。警察の人にSSランク冒険者が魔法で手助けできそうだけど手助けしていいか聞いてくる」

 先生は俺がSSランクってこと知ってたようだ。まあ、ダンジョン管理庁のホームページ見れば一目瞭然だもの当たり前か。


 吉田先生が近くの警察官に今のことを話したところ、その警察官は現場の指揮を執っている警察官のところに走っていった。

 すぐにその警察官と指揮を執っている警察官が吉田先生のところに駆けてきた。

 そこで吉田先生と指揮を執っている警察官が少し話をしたところで俺が吉田先生に呼ばれた。

 俺の方にも若干周囲の視線が集まったが幸いスマホで撮影する者は見当たらなかった。


「彼が全国にただひとりのSSランク冒険者です」と、吉田先生が小さめの声で俺のことを警察の偉い人に紹介した。

「どうも」

「にわかには信じられませんが、現在犯人を説得中なのでこの位置から犯人を眠らせられるならお願いします」

「分かりました。

 初めて使う魔法なので失敗するかもしれませんが、何とかなると思います。

 ここから犯人まで射線が通るよう、警察官の方にズレていただけますか?」

 お偉い警察官が子分に目配せしたら子分が走って突入準備中の警察官に今の指示を伝えたらしく、俺の位置から犯人までの射界を邪魔していた警官が横にずれた。

「いきます」

 俺は犯人に向けて右手を上げてスリープと念じた。初めてだったが、なんだか手ごたえのようなものを感じた。

 そしたら、コンビニのガラス越に見えていた犯人が床の上に倒れてしまった。

 犯人以外誰も倒れなかったところを見るとスリープは全体魔法だったが狙い通り単体限定で発動できたようだ。


 犯人が倒れたところで、盾を構えた警察官数名がコンビニに突入して犯人を取り押さえた。

 意識もなく寝てるわけだから取り押さえたというか、とにかく確保した。

 そこで周囲やじうまたちから拍手が沸き起こった。


 取り押さえた犯人を警察官たちがビニールシートのようなものにくるんで数人がかりで持ち運んでパトカーに運び、そのパトカーはそのままサイレンを鳴らして立ち去っていった。


 店の中にいた店員や客も店から出てきて警官に付き添われてそのままパトカーに乗せられていった。


 現場には立ち入り禁止のテーブが張られて警察官が数名その前に立った。現場検証の専門家を待つのだろう。


 やじ馬たちも帰っていったし吉田先生以外の先生も帰っていった。

 警官のお偉いさんが吉田先生と俺のところにやってきて、

「にわかには信じられませんが、犯人は確かに寝ていました。

 ご協力感謝します。

 お名まえを教えていただきますか?」

「本人は未成年でSSランク冒険者ですのでくれぐれも名まえを公表しないということでお願いします」と、吉田先生が一言言ってくれた。

 さすがは吉田先生。生徒のことをよくわかってくれている。

「了解しました。それでお名まえは?」

「長谷川一郎です」

 手帳に書いた俺の名まえを見せて「漢字はこれで?」と警察官が聞いたので名まえを確認して「はい」と答えた。

「さいたま高校生ですか?」

「はい、2年です」

「分かりました、ご協力感謝します」

 警察官は一度敬礼して待っていたパトカーに乗った。

 そのパトカーはサイレンを鳴らして走り去って行き、代わりに警察しろくろのワゴン車がサイレンを鳴らしてやってきた。

 おそらく鑑識の人たちなのだろう。

「じゃあ、先生、僕は家に帰ります」

「そうね。それじゃあ」

 先生は学校に帰って行き、俺はコンビニの前を通って家に向かって帰っていった。



「ただいま」

『お帰りなさい』

 台所から母さんの声がしたと思ったら、母さんが玄関まで出てきた。

「一郎、コンビニで強盗事件が発生中だって防災無線で流れてたけど、さいたま高校の近くのコンビニのことだったんじゃないの?」

「うん。学校の近くのコンビニだった。

 犯人はすぐ捕まったようだよ」

「あなたが無事帰ってきたから心配する必要はなかったんだけど、捕まってよかった」

 母さんが安心したようで台所に戻っていった。

 そしたら、防災無線でちょうど犯人が捕まったと放送し始めた。


 けが人が出たのかどうかは分からないが救急車には誰も担ぎ込まれていなかったし、少なくとも警察官にはけが人は出なかったはずなので少しだけ社会の平和に貢献できたと思っておこう。


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