第212話 氷川涼子19、11階層3


 昼食のデザートの桃のシャーベットを食べて大いに満足した。

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」「ごちそうさま」


 3人で食堂を出てミアとは階段を上ったところで別れ、俺と氷川は書斎に戻った。

「氷川は、そこの椅子にでも座って腹を落ち着かせてくれ」


 氷川には小テーブルの椅子を勧めて俺はエラそうに机の椅子に座った。


「なあ長谷川、ここっていったい何なんだ?」

「氷川でも気になるんだな」

「当たり前だろ。わたしを何だと思ってる」

「ここは27階層の俺の半地下要塞から歩いて5時間ほどの場所にあった館だ」

「あそこから歩いて来たのか。で、ここに館があったということか」

「そういうことだ。それで、ここの前の持ち主がここから去っていったらしいんだが、去るとき誰でもいいからここの主になって良い。と、ここで働いていた連中に言い残していたんだ。

 そこにたまたま俺が現れて、この館とここで働いていた連中を引き継いだってわけだ」

「うーん。あのアインさんや、さきほど食堂で給仕してくれた女性もそうなんだよな?」

「そういうこと。正確な人数は俺も聞いていないが、この館で働いている連中の数は数十人はいると思うぞ」

「それをお前が養っているということなのか?」

「自給自足できてるからそうでもないが、間接的にはそうなるかもしれないな」

「なんと」

「氷川に言い忘れていたが、アインを含めここで働いている連中はみんな自動人形と言っていわばロボットだ。ミアだけはちゃんとした人間だけどな」


「ロボットー!?」

 氷川の声が珍しく裏返った。

「なんだか、頭がくらくらするような話だな。

 長谷川のことではもう驚かないと思っていたのだが、まだまだわたしは青いな」

「この館には工場みたいなものもあっていろいろなものが作れるようだ。

 もちろん自動人形も作れる」

「なんと。

 長谷川。お前は一体どこに向かっているんだ?」

「うーん。難しい質問だ」


「ところで、ミアちゃんとはどういういきさつなんだ?」

「実は、ここから数時間のところにダンジョンの渦がもうひとつあったんだ」

「この前の渦とは違うということだな」

「そう。その渦の前にドラゴンがいたんだが、ゲートキーパーというわけでもなかった。ただそこをねぐらにしていたみたいだった」

「いま、ドラゴンと聞こえたのだが」

「ああ、ドラゴンをたおした。

 ドラゴンの核は大きかったぞ。ボウリングの玉くらいだったかな。

 タマちゃんが持ってるから見るか?」

「いや、いい」

「そうか。

 それで、その渦を抜けた先にはダンジョンがあったんだ」

「うん。それならわかる」

「それで、そのダンジョンの中を探索してたら、また渦があった」

「うーん」

「それでその渦を抜けた先が大勢の人の住む異世界だった」

「まっ、長谷川ならそういうこともあるだろ。ハハハ、アハハハ」


「ホントに異世界だったんだよ。

 そこで、すったもんだあって、結果的に身寄りのなかったミアを引き取ったってわけだ」

「随分はしょられたが、だいたい分かった」


「それじゃあ、そろそろ11階層に戻るか?」

「そうだな。頭の整理はうちに帰ってからする。

 今は体を動かしていたい」


 ふたりで支度をして、午前中最後にいた11階層の坑道に転移した。


 氷川はリュックを下ろして中から書きかけの地図が挟まったバインダーを取り出した。

 俺の方はディテクター×2を発動してモンスターを探査した。

 すぐにターゲットを見つけることができた。

「いたぞ」

 氷川を連れてターゲットに向かって歩いていく。


 ターゲットが目視できたところで俺が氷川のバインダーを預かり、そこから氷川は鋼棒を片手で構えてターゲットに突っ込んで行った。


 ……。


 午後4時。

「氷川、4時だ。そろそろ上がろう」

「もうそんな時間か。分かった」

「氷川に渡したいものがあるから一度館に帰って、それから戻る」

「何だ?」

「氷川がSランクに成ったお祝いだ」

「気にしなくていいんだぞ」

「聞いた以上は無視できないからな」

 氷川が俺の手を取ったところで書斎に転移した。


「リュックだけいったん床に置いてくれ」

 俺もリュックを置いてそれから腰に下げた鋼鉄のメイスを棚の箱に戻しておいた。

 そして、リュックの中のタマちゃんに果物類を出してもらった。

「まずは果物を持って帰ってくれ。それ食べてれば病気にはならないだろうから、氷川のおじいさんおばあさんの他にお父さんお母さんにも食べさせてやれよ。かなり日持ちするから急ぐ必要はないけどな」

「ありがとう。明日にでも実家に戻るよ」

「そういうことは早い方がいいからな」

 そのあとタマちゃんに万能ポーションを3本渡してもらい、それを氷川に渡した。


「これは?」

「これは『万能ポーション』だ。ドラゴンをたおした先の渦を抜けた向こうのダンジョンで手に入れた。

 俺は一度右手の5本の指を全部失ったんだがそれを飲んだらすぐに新しく生えてきた。

 ほれ、この通り」

 俺はそこで右手で何回かグー、パーしてみせた。

「手足くらいなら生えてくると思うぞ。とにかく即死さえしなければ何とかなるというポーションだ」

「ありがとう。しかし長谷川が指を全て落とすというモンスターってどんなモンスターだったんだ?」

「見た目はスケルトンだが、足がなくて宙に浮いてた。まんまの幽霊だな。

 そいつに呪われたらしく指が少しずつ腐っていった」

「なんと!

 すごく痛かったろう?」

「いや。手袋の中で指がかゆいと思って手袋を外したら黒く変色してた」

「それだけか?」

「黒ずみがだんだん指の根元の方に広がってきたんで、マズいと思って万能ポーションを飲んだら腐った指が全部落ちて新しいのが生えてきた。全く痛くはなかったぞ」


「あのな長谷川、……」

「なんだ?」

「長谷川だからもういい」

 何が言いたかったんだ?


「しかし、深層になるとそういったバケモノもいるんだな」

「心配しなくてもそんなのはそうそう現れないから大丈夫だ」

「それで、長谷川はそいつをたおしたのか? というか、たおしたからここにいるんだものな」

「ああ、たおした。最初は様子を見た関係で少し手間取ったから呪われたが、呪われる前にたおしてしまえば楽勝だ。

 ただ、普通の武器ではだめでクロじゃないと斬れないと思う。

 俺の場合クロに加えて、解呪という魔法を覚えたからそれでも幽霊はたおせる」

「長谷川だからな。

 とにかくありがとう」

「ああ。それじゃあ帰ろうか」

 リュックをふたりで背負って

「おっと、ちょっとだけ待ってくれ。帰る前に」


 呼び鈴を鳴らしてアインを呼び、7日後の7時ごろここに来ると伝えて、それから俺は6階層に氷川を連れて転移した。

 そこから5階層、3階層と順に改札を通って氷川を2階層、1階層からの階段下まで連れて行ったところで氷川と別れ、俺は専用個室に転移した。


 ……。


 その日の夜、氷川からお礼のメールが届いた。

「これからも無理をしない程度に頑張れよ」と返信しておいた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の氷川。

 長谷川と2階層で別れた氷川は、階段を上って1階層の階段小屋に出てそこからダンジョンセンターに続く渦まで駆けて行った。

 長谷川の真似というわけではないが、最近の氷川は走れるならほとんど駆けている。

 疲れても体力回復スタミナの魔法をかければすぐに回復するのだが、体力をつけるためによほどのことがない限り氷川はスタミナの魔法をかけないよう自分を律している。


 1階層の渦を抜けて改札を通り買い取り所で核を買い取ってもらった。

 1日で3千万近い収益は氷川にとっても初めての経験だった。


 ただ、この日氷川にとって、自分のことなどよりよほど驚くことばかりだったのでそれほど感慨はなかった。

 長谷川からもらった『万能ポーション』にしても、1本1千万は下らないだろう。

 いや、金では買えない価値がある。それが3本だ。

 長谷川が持たせてくれた果物にしてもタダの果物ではない。相当な価値がある。

 そういったものを気前よく自分などにくれたことももちろんだが、長谷川は学校と見まごうほどの大邸宅を手に入れた上、異世界がどうのと来た。

 そして、どう見ても人間そのものにしか見えない自動人形と10歳ほどの少女。


 かつては長谷川の背中を見ていつか追い付き追い抜きたいと思っていたが、理性的に考えてさすがにそれは無理だということは理解でき、相手は人外ということで頭の中で折り合いをつけている。


 実際長谷川はすでに億万長者でダンジョンの第一人者。

 一体長谷川はどこに向かっているのか?

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