第211話 氷川涼子18、11階層2
フィオナの案内で氷川を12階層に続く階段前まで連れて行った。
「それじゃあ、11階層のモンスターのお味見だな」
「そうだな」
「俺は案内したあと見てるだけでいいな」
「それでいい。
地図を作りながらだから移動は徒歩で頼む」
「了解」
ディテクター×2ですでにターゲットは見つけているので、坑道を引き返してそっちに向かって歩いていった。
最初の獲物は大サソリが10匹だった。
10階層では出現しないモンスターだったはずだが11階層と10階層でモンスターの物理的脅威度にそれほど差はない。そのかわり11階層以深では毒を持ったモンスターが出現する。この大サソリもそのひとつだ。
ただ、氷川は解毒の魔法も使えるし、10階層をソロで周回できる実力がある氷川ならサソリの毒を食らってしまうことはないだろう。
俺は氷川が地図を描いているバインダーを預かり、氷川は大サソリの群れに突っ込んで行った。
思った通り氷川は魔法を織り混ぜた攻撃で大サソリ10匹を危なげなくたおして見せた。
大サソリを処理したタマちゃんは、俺が何も言わなかったのにもかかわらず、核を氷川に
「氷川。11階層では手ごたえがなさそうだな」
「今のところはな。
それにしてもタマちゃんのこの能力もすごいな。いまの長谷川がタマちゃんに指示したわけじゃないんだろ?」
「何も言っていないが、氷川がたおしたモンスターだと分かってそれでそう判断したんだろうな。なにせタマちゃん天スラだからな」
俺がそう言ったら背中のリュックが震えた。話を聞いて喜んでいるようだ。
「『てんすら』って何だ?」
「天才スライムの略だ」
「なるほど、天スラとは言いえて妙だ」
それから5度モンスターの一群をたおしたところで昼にしようということになった。
「あの場所にキッチンを作ったというが、料理はどうしたんだ? 朝のうちに作ったのか?」
「そういうわけではないんだが、まあ、任せておいてくれ。驚くと思うぞ」
「いままで散々驚かされているから、もうそんなに驚くこともないと思うのだが」
「そうかな。
それじゃあ俺の手を取ってくれ、転移する」
氷川は防刃ジャケットのポケットにシャープペンを差したまま、リュックをいったん下ろして手にしていたバインダーをその中にしまい俺の手を取った。
氷川を連れて転移した先は、館の俺の書斎だ。
「ふぇ!」
氷川が妙な声を出した。
「ここはどこなんだ? どこかの学校の校長室なのか?」
そう言われてみればそういった雰囲気がないではない。
「いや、ここは俺の書斎だ」
「その歳で屋敷を買ったのか? まあ、長谷川はSSランクだし別におかしくはないが」
「ここは俺のものではあるが、買ったわけじゃない。
氷川、とにかくリュック下ろして武器もそこらの棚の上に置いておけよ」
氷川にそう言って俺もタマちゃんの入ったリュックを下ろして、メイスを棚の箱に納めておいた。
氷川も俺と同じようにリュックを下ろしてベルトから鋼棒とナイフを外して棚の上に置いた。
荷物を置いたりしていたら、呼び鈴を鳴らしたわけではなかったがアインが『失礼します』といって書斎にやってきた。
「マスター、食事の準備は出来ています。
ミアも一緒に食事します」
「わかった。
アイン、彼女が今日のお客さまの氷川だ」
「ヒカワさま、この館全般をみておりますアインと申します」
「ど、どうも。氷川です。よろしくお願いします」
「氷川、別にかしこまらなくても大丈夫だから。
じゃあ、食堂に行こう」
「ああ。
それで、ミアというのは?」
「理由があってここで預かっている見た目10歳くらいの女の子だ」
「預かってる?」
「うん。いろいろあってな。
日本語は今勉強中で少しだけなら話せる」
「よくわからないが、犯罪とかじゃないんだよな?」
「もちろんだ」
「それじゃあ、食堂に行こうか」
アインが先頭に立って部屋を出てそのあとを氷川と俺が並んで部屋を出た。
長い廊下が続いていることに氷川が驚いたようだ。
「地方の廃校をリフォームしたようなところだな」
確かにかなり年季が入っている建物だからそういう風に見えないこともない。
階段に向かっていたら向こうからミアがやってきた。
「ミア」
「一郎」
「ミア、お客さんの氷川だ」
「ミアです」
ちゃんとあいさつできて偉いじゃないか。
「氷川、ミアだ」
「氷川です。よろしく」
3人で階段を下りていき食堂に入った。アインは俺たちを食堂まで案内したあと、どこへかは分からないが帰っていった。
「ここもすごい部屋だな」
今日の食堂は接客仕様のようで長いテーブルの真ん中あたりに真っ赤なバラが生けられた花瓶が置いてあった。
「俺の席はテーブルの
3人が席に着いたところで16号がワゴンを押して食堂に入ってきて、氷川から順におしぼりを置いて料理を並べ始めた。
おしぼりが出たのは初めてだけど、どこでそういったことを知ったのか不思議だ。
今日の昼食のメインは、厚切りの牛肉のステーキでステーキの上にパセリを散らした半分溶けたバターが置いてあった。
ミアの前に置かれたステーキはやや小ぶりに見えたが、俺と氷川のステーキが大きいから小ぶりに見えるだけで、ミアの小さな手を見てから見るとそこまで小さくはない。
ステーキの付け合わせはブロッコリーとニンジン、そしてフライドポテト。
スープはオニオンスープと思う。
そして、トマトマシマシのグリーンサラダ。
それに各種のパンとバターとジャム。
もちろんフィオナにはハチミツだ。
飲み物はおそらく『治癒の水』とリンゴジュース。リンゴジュースも果樹園の効能付きリンゴを搾ったものなのだろう。
食後のデザートも出てくるだろうから、昼食という意味ではちょっと重いかもしれないが、午前中体を動かした氷川にはちょうどいいくらいだろう。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
ナイフとフォークで牛肉を切るのだが、すごく柔らかい牛肉で簡単に肉が切れる。
切ったところから肉汁がお皿の上に垂れてくる。
フォークに差した肉片にわずかにとろけたバターをつけて口に運びハムハム。
ハムハム2回で消えてしまった。
この肉は老人の食べ物だ。歯ざわりがほとんどない。
なんだよ、この牛肉。
うまい!
「何だこの肉は! 口の中で溶けてしまうぞ」
氷川も驚いていた。
「ミアはどうだ?」
「おいしい」
なんだかミアの様子がおかしい。
「ミア、どうかしたのか?」
「まいにちおいしいものたべられる。うれしい」
ちょっと心配したが心配することじゃなかった。
しかし助動詞「られる」を簡単に使いこなせるとは。これからどんどん日本語の単語を覚えていくだろうからじきに日本語ペラペラになるな。
今のミアの返事を聞いた氷川が優しそうな目でミアを見ている。何か察したようだ。
ミアが最後に食べ終わったところで食器が片付けられて、デザートがテーブルに置かれた。
今日のデザートは桃のシャーベットだった。
皿の上にシャーベットの山が3つ。硬めのウエハースとミントの緑の葉が添えられて金色の小型のスプーンが付いていた。
スプーンですくって口に入れたら口いっぱいに甘酸っぱさが広がると同時に消えていく。
東京の一等地で店を出せば爆発的に売れるような気がする。
氷川は目を見張っている。
ミアも同じだ。
甘いもので多幸感を味わえる。素晴らしいことだよな。
ステーキですっかりお腹がいっぱいだったが甘いもの、特にこういった口の中に入れて溶けてしまうものは胃の中に入って消えてしまうようでいくらでも食べられそうだ。
不思議だ。文字通り甘いものは別腹らしい。
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