第210話 氷川涼子17、11階層


 書斎に戻った俺は装備を整えた。

 棚の上のケースに入っていた鋼鉄のメイスが今日の俺の得物だ。

 準備を整えたところでアインを呼んで今日の昼のことを伝えた。

「アイン。今日の昼、客をひとり連れてくるから昼食を頼む」

「かしこまりました」

「人見知りにならないようミアも客と一緒に昼食を取った方がいいと思うが、もしミアが嫌というなら一緒でなくてもいいと伝えてくれ」

「はい」



 氷川との待ち合わせは9時半なのでまだ2時間近く時間があるのだが、先にやることはやっておこうとリュックを背負ってフィオナを右肩に乗せた俺は半地下要塞前に転移した。

 そこで、イチゴを摘んだ後、果樹園に回って適当に果物を摘んでいった。種類も多いのでかなりの量になったが全部タマちゃんに預かってもらっている。


 万能ポーションの価値は相当なものだと思うだが人さまに差し上げる物なのに裸では寂しい。

 入れ物が欲しいところだが、あいにくそれらしいものがない。

 まっ、氷川ならそこらへんは分かってくれるだろう。ダンジョンで手に入れたものということは明らかなんだし。


 時間がたっぷりあるので久しぶりに半地下要塞の中に入ってみた。

 テーブルと椅子。その横に戸棚。テーブルの先にハンモック。

 ガラス窓が付いてソレらしく成っているが、館の書斎を見慣れた俺は半地下要塞がいかにもシャビーに見えてしまった。

 今ではアインが新しい館を作ろうと言った気持ちが十二分に理解できる。


 ということは、半地下要塞ですごく驚いていた氷川が館を見れば腰を抜かすほど驚く可能性があるということじゃないか?



 そういったことをテーブルの椅子に座って考えていたのだがあまり時間は経っていない。まだ8時前だ。


 暇だ。あと1時間半どうすればいいんだ?


 仕方ないので新館の工事の様子を眺めておくことにした。

 既に外壁もでき上って、今は内装と館に囲まれた部分に庭を作っているようだ。

 日本庭園もいいが、さすがにそれは無理だろう。

 中まで入って見学すると邪魔になるので、遠くから見てるだけ。


 今月末あたり完成予定だったと思うけれど、この調子だと来週くらいには完成するんじゃないか。

 それでも氷川のSランク昇格に先を越されたってことか。


 まだ早いがそろそろダンジョンセンターに行ってみるか。

 半地下要塞に戻った俺はタマちゃんの入っているリュックを背負い直して一度専用個室に転移した。

 武器は鋼鉄のメイスだけで十分なのでロッカーを開けなかった。

 カードリーダーに冒険者証をかざして準備オーケー。


 1階層の渦の少し先に転移して、渦の前で氷川が現れるのを待つことにした。



 渦から300メートルほど離れた場所に現れた俺は、ゆっくり渦の方に歩いていき渦に出入りする冒険者の邪魔にならないように少し離れて氷川を待った。


 時刻はまだ9時少し回ったところなのでだいぶ待つことになるが、たまには人を待つのもいいだろうと思いそこで待っていた。


 たいていのチームはダンジョンセンター側で待ち合わせをして揃って渦を越えるのだが、俺の他にも渦の先で待ち合わせをしている冒険者も数人いたようで、その連中の話し声が聞こえてきた。

 こういう時ってやたらと人の話声が耳に入ってくるんだよな。


「『はやて』とうとうサイタマダンジョンからサッポロダンジョンに移っちゃったな」

「仕方ないんじゃないか? 何せここにはフィギュア男がいるんだし」


『はやて』がここを捨てて北海道に行ったのか。

 サイタマダンジョンにいても俺がゲートキーパーを片付けてしまっているわけだから新しいゲートキーパーは撃破できないものなー。まっ、妥当な判断なのだろう。

 これで11階層より下に潜ることができるのは俺と氷川だけだ。実質的に氷川の貸し切りだな。

 次は氷川のなんとかいう濃い**先輩のチームがSランクに上がるのだろうがもう少し時間がかかるだろう。


「おい、あれって、フィギュア男かな? フェアリーのフィギュア肩に乗せてるぞ」

「あっ! ほんとだ。初めて見た」


 30歳くらいに見える2人組の冒険者が俺のことに気づいたようだ。


「やっぱり違うか。あれはフィギュア男にあこがれて肩にフィギュアを乗っけてるだけの1ファンだな」

「確かに。よく見れば装備はダンジョンワーカー製の安物だし、大したことなさそうだ」


 俺のことをどう思おうが勝手だが、当人に向かって『安物の装備』とか『大したことなさそうだ』とは言うのはかなり失礼だぞ!

 しかし、俺の装備って安物なのか? 結構気に入ってるんだけど。


 その失礼な2人組は連れが渦から出てきたようで連れを伴って俺をチラ見しながら階段小屋の方に歩いていった。


 失礼な連中はいなくなったが、今度は渦から出てくる連中が俺を横目で見て通り過ぎていく。

 その目つきがなんだか痛い人を見る目つきなんだよなー。

 一瞬俺を見て一歩引くって感じ。

 見ていくだけなら仕方ないで済むのだが、目に気持ちが表れてるんだよ。

 結局誰も俺が『本物』だとは思わないようだ。


 そういった視線を我慢していたら、赤いヘルメットに黒地に赤のラインの入った防刃ジャケットを着た女冒険者がやっと現れた。

 

 俺が手を振ったらその冒険者は、俺の方に背を向けてそのまま走って行ってしまった。

 今のは氷川、いや『赤い稲妻』のファンだったのか?

 確かに氷川の体格に比べると横幅があったような。

 俺が今の女性冒険者に感じた違和感をほかの冒険者が俺に感じているとしたら……。

 これ以上は考えないでおこう。


 それからそれほど待つこともなく氷川が現れ、俺を見つけて手を振ってくれた。

「やあ、いやー、よかった」

「いや、ありがとう」

 今のよかったの意味はSランクに上がったことと、本物の氷川だったこととのかけ言葉だったのだがもちろん氷川本人には何の意味もないので何も言わないでおいた。


「それじゃあ、今日は11階層だな」

「うん」

「今まで通り4階層まで下りてそこから11階層に転移する。10階層の階段下り口の確認は地図も売ってることだし見なくてもいいよな?」

「もちろんだ」


 階段小屋を抜けて2階層まで下り、転移を交えつつ3階層、5階層の階段前の改札を抜け、階段を下て6階層にでた。そこから一気に10階層からの階段下の11階層の空洞に転移した。

 もちろんそこには誰もいなかった。時刻は9時40分。

「ここが11階層で、10階層からの階段下の空洞だ」

「いつも思うが実に転移は便利だな。

 ここまで来るのに通常昼近くになるから、帰りも考えるとあまり稼げないんだ」

「確かに、これから先もっと深く潜っていくことになるともっと時間がかかるようになるから、泊りがけを考えないといけなくなるな」

「とはいうものの、11階層からはマップも自分で作っていかなくてはならないからそんなに早く潜っていけないんだがな」

「そういうのもあったなー」


「そういえば、長谷川はマップはどうしたんだ?」

「俺の場合は、最前線まで素通りだったから、階段の場所に直行した」

「うん? どうやって? 地図を『はやて』から買っていたのか?」

「いや、フィオナが階段まで案内してくれた。

 だから、1階層20分ほどで済んだ」

「なんだそれは!? とんだチートだな」

「まあそう言うな」

「確かに、長谷川はフィオナのご主人さまだし。

 かわいいだけかと思っていたがそんな能力まであったとは、実にうらやましい」

「氷川には言ってなかったがフィオナにはもうひとつ能力があるぞ」

「なんだ?」

「俺の魔法の威力を高めてくれるって能力だ」

「もう勝手にしてくれ」


「それじゃあ、ディテクター×2。

 これもフィオナがいるから×2なんだぞ」

「もういい。分かった」

「どうする? 12階層までの階段前まで行ってみるか?」

「そうだな、地図だけは作っておいて損はないからな。ちょっと待ってくれ」


 氷川はリュックを下ろして紙が何枚か挟まったバインダーとシャープペンを取り出してまたリュックを背負い直した。


「地図まで作るとなるとやっぱりソロは厳しくないか?」

「まあな。でもなんとかする。地図の描き方は学校で習っているし」

「それならいいけどな。

 じゃあ、フィオナ、案内頼む」

 フィオナが一度うなずいて飛び上がり、階段のある方向に飛んで行ってそこで止まったので氷川とふたりしてそこまでいき、そこからは俺の肩に乗っかって分岐などでまた道案内をするという省力モードで1時間ほどかけて階段前にたどり着いた。

 時間がかかったのは氷川が歩数を数えるからということで走らず歩いたからと、氷川が地図を描いたりメモを書いたりするのに何度か立ち止まっていたからだ。


 階段までの道中ではディテクターにモンスターの反応はあったが直接接触していなかったため戦闘は控えている。歩数が分からなくなるしな。

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