第207話 中村結菜8。ミア4


 結菜のダンジョンデビューに付き合って武器の預け入れまで結菜に経験させた。

 これでやらなくてはならないことは終了したのでエスカレーターで玄関ホールに下りていった。


 最近秘密が多くなりすぎてしまって、魔法関係はそこまでレアではなくなってきているわけだから、俺の中では相対的に隠す必要性も下がってきている。

 やたらめったら積極的に公言する気はないがこそこそする必要はない。

 これからバスに乗ってうちまで帰るのも面倒だし、最後に結菜に転移を見せておくか。


 ダンジョンセンターの出口の先のバス停に並ぼうと玄関ホールを歩いていく結菜に向かって、

「結菜、今さらかもしれないけれども俺がSSランクだとか魔法がバンバン使えるとかあまり口外しないでくれな」

「分かってる」

「分かってくれたんなら、最後にもうひとついいものを見せてやるよ」

「何よ?」

「俺の秘密」

「えぇー。変なもの見せる気じゃないよね?」

「いやいや、変なものじゃないから。

 ついてきてくれ」


 怪訝な顔をしている結菜の前に立ってセンターの門を抜け、塀際に少し歩いたところで結菜の肩に手を添えた。

「なに?」


 俺は何も言わず、結菜を連れてうちの門の前に転移した。

「えっ!?」

「うちの門の前。おまえんちの前でもあるな」

「えっ!?」

 さっきから結菜は『えっ』ばっかりだが、気持ちは分かる。


「今のは転移。それじゃあな」

「えぇー。う、うん。それじゃあ。今日はありがとう」


 結菜は首をかしげながらも自分のうちの門の方に歩いていった。



 その日の夜。夕食を終えて自室のベッドに横になって、枕の横にちょこんと座ってニコニコしているフィオナを眺めて癒されていたらスマホから電話の着信音が鳴った。

 急いで起き上がり机の上に置いていたスマホ取ったら結菜からだった。

『一郎、今日はホントにありがと』

「気にしないでくれ」

『それだけ。じゃあ、お休み』

「お休み」


 不思議なものだが、どういった形であれ素直に感謝されると手を貸してやってよかったって気持ちがより強くなる。

 人間はコミュニケーションの動物である証拠なのだろう。たとえ俺がヒューマンの亜種であってもそこは変わらないようだ。

 将来そういった感情がなくなったらヤバいから、気をつけなくちゃな。



 週が明けた月曜日。

 今週の学校は月曜から金曜までの5日で土日は連休になる。


 夕方河村さんからメールが届いた。内容はオークション結果を受けての魔法封入板の正式買い取り価格の連絡と暫定価格との差額92億5450万円を俺の当座預金口座に振り込んだことの知らせだった。累計買い取り額もその分増えているそうだ。


 正式買い取り価格(万円)

 明かりの魔法:650

 水を作る魔法:1500

 炎の矢を撃ちだす魔法:10000

 石のつぶてを撃ちだす魔法:8000

 毒を中和する魔法:10000

 ケガを治す魔法:15000

 疲れをいやす魔法:6000

 力を増す魔法:5000

 素早さを増す魔法:9000


 累計買い取り額はこれで370億5526万円+92億5450万円=463億976万円となるはずだ。

 まだクロ板は売ってないのが残っているから、そのうち持っていくか。センター側では鑑定できないから河村さん立ち合いで売るしかないだろうなー。



 ウィークデーの間、俺は館用の『治癒の水』と果物類を補充した。


 館の『治癒の水』と果物については、俺の許可があれば自動人形に水なら汲ませるし果物なら摘ませるのでわざわざ俺がそういった作業をする必要はないとアインに言われた。

 もちろんどちらも許可した。

 ミアが飲んだり食べたりする量だから高が知れているが、切らしてしまえば可哀そうだ。

 これで俺がうっかりして切らすことも無くなる。


 それと、館内の自動人形は俺が渡した核で全てレベルアップが終わり、新館用の自動人形の用意も終わったと館に顔をだした時アインから報告を受けた。

 土木工事と資源採掘や運搬作業用の自動人形たちについては従来通りレベルアップはしていない。他人おれと会話する可能性の低い自動人形だから当然ではある。




 ダンジョン用の支度をして7時頃うちの玄関を出たらちょうど結菜がらしい格好をして結菜のうちの門から出たところだった。

 結菜の学校も俺のさいたま高校と同じで今日は休みのようだ。


「おはよう。一郎も早いんだ」

「おはよう。お前も早いな。

 ついでだからセンターまで送ってやるよ」

「転移?」

「ああ」

「サンキュウ」


 門を出たところで結菜に、

「どこでもいいけど、俺の体のどこかを持ってくれるか」

「うん」

 そう言って結菜は俺の手を握ってきた。

「……」

「じゃあ、転移」


 俺は結菜を連れてセンターの門の横の塀際に転移した。

「それじゃあな。気を付けて」

「一郎はこれからどうするの?」

「俺は行くところがあるから」

「ダンジョンセンターに入らないの?」

「俺は直接転移でどこでもいけるから、何かを買い取ってもらう時しかセンターに顔を出す必要はないんだよ」

「そうなんだ。じゃあね」

「じゃあな」


 俺は結菜の目の前で転移した。転移先は館の書斎だ。

 アインが待っていて朝食の準備ができているというので、書斎を出て食堂に向かった。



 食堂にはもうミアが座っていた。

「おはよう、ミア」

「おはよう、イチロー」

「ちょっと遅くなったか。待たせて悪かったな」

「まってない」

 ミアの日本語がかなり流ちょうになっている。


 すぐに16号がワゴンの上に朝食を載せて食堂に入ってきて料理を並べていった。

 最後に醤油差しと白い粉末調味料の瓶が置かれた。


 この日の朝食は、タルタルソースのかかったフライに焼きナス。

 焼きナスにはカツオの削り節がかかっていた。

 玉子焼きに高野豆腐。味付け海苔と白菜の漬物。白飯に大根?の味噌汁。緑茶。

 フィオナにはいつも通りハチミツだ。


 しかし、俺が渡した料理本に載っていたのかもしれないが白菜の漬物には驚いた。


 俺は白菜の漬物には白い粉末調味料を少し振って少し醤油をかけてご飯と一緒に食べるので、ここでも小皿に載った白菜の上に軽く白い粉末調味料を振ってそれから醤油を垂らした。

 それから箸で少し漬物全体に白い調味料と醤油がいき渡るように白菜を混ぜ、白菜を少しだけ取って茶碗に盛られた熱々の白飯の上に置き一緒に口に運んだ。


 白菜がなかなかよく漬かっている。和食って感じが素晴らしい。


 ミアはそのまま白菜の漬物を食べていた。


 人それぞれ。食べ方のことをとやかく言う必要はない。そのうち自分に合った食べ方をいろいろ編みだすだろう。


 この時まであまりに普通で気づかなかったのだが、ミアは箸を使ってご飯を食べていた。

 かなり器用だ。


 ミアはいろんな才能に恵まれている気がする。

 俺の勘がそう言っている。


 洋食も日本食と言えば日本食。フライを箸で摘まんで口に入れたら、タルタルソースによくあった白身魚のフライだった。

 衣もサクサクで白身魚もプリッとしておいしい。

 

「ところで、この白身魚のフライだが何の魚なんだ?」と、16号に聞いたところ、

「ナマズの一種です」と、答えが返ってきた。

 ナマズだったか。向こうの世界では何度も食べたが変なクセがあってあまりおいしいものではなかった。

 あれは料理が下手だっただけということか。

 このフライのサクサク、プリプリは実においしい。


 焼きナスには無論醤油だが、残念なことにおろしショウガが載っていなかった。今度チューブのショウガを買ってこよう。


 とはいうものの、もちろん焼きナスもおいしかった。

 ショウガで思い出したが、冷や奴も食べたい。スーパーがこの辺りにあればいいのに実に面倒だ。


 次に箸をつけたのは高野豆腐。高野豆腐はひたひたにだしに浸かっていて上に干しシイタケを戻したものとサヤエンドウが載っていた。

 和食だねー。


 味噌汁に入っていたのは小蕪こかぶだった。

 歯でかまなくても舌でつぶれるほど味噌汁がしみて柔らかくなっている。

 


 ご飯を俺もミアもお代わりして残ったおかずを食べ、更に俺は半分ご飯を茶碗によそってもらって味付け海苔と味噌汁で食べた。

 朝から腹いっぱいだ。


 俺とミアがお茶を飲んだところで本日のデザートが出された。

「桃のシャーベットです」と言って16号がガラスの皿と銀色の小さめのスプーンを俺とミアの前に置いた。

 スプーンで白いシャーベットをすくって口に入れたら口の中ですぐに解け少し酸味を帯びた甘味が口いっぱいに広がった。

 どうやってシャーベットを作ったのか知らないがこれは絶品だ。

 ミアも目を細めている。

 箸を使っているところもあまりに自然で後で気づいたのだが、やせっぽちだったミアのほっぺや手の甲が丸みを帯びてきている。


 今ミアが着ているのは子供用のワンピースなのだが、こうなってくるとどこに出しても恥ずかしくないお嬢さまだ。

 その気になってお嬢さまの顔を見れば幼さはあるものの確かに美人だ。

 才色兼備に育っていくんだろうなー。と、保護者である俺は少しだけ感慨を持ってしまった。

 俺んちは男ひとりだから父さんも母さんもそう言った感慨は抱かなかったんだろうが、結菜のうちではそう言った感慨をおじさんおばさんは持ったんだろうなー。

 まあ、結菜がおじさんとおばさんの希望通り育ったかどうかはわからないがな。

 だが、ミアは俺が立派な大人にして見せる!


 決意を新たにしながらシャーベットを食べてお腹いっぱいになったところで「「ごちそうさま」」


 ハチミツで汚れたフィオナの手と口を濡れ布巾で拭いてやり、ミアと連れだって食堂を出て階段を上がったところでミアと別れた。

 ミアの勉強がもう少し進んだら、将来についての希望を聞いてやるか。

 まだ希望なんてないかもしれないが、もし希望があるなら早めに準備したいしな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る