第206話 中村結菜7、ダンジョンデビュー4
結菜のカナブンへの攻撃は会心の一撃だった。スポーツしていただけあってセンスがあるみたいだ。
それから、昼までに4回モンスターをたおし全部で6個の核を手に入れた。1個4千円として2万4千円。
Aランクの冒険者とすればかなりの成果だ。
その間軽い休憩で水分補給を一度しただけで、結菜には疲れた感じはまったくない。
体力もそれなりにあるようだ。
「そろそろ昼にしようか」
「そうだね。どこで食べる?」
「どこでもいいだろ。俺は下だといつも坑道の壁際にじかに座って食べてるし」
「どこでもいいと言っても、あまり人のいないところがいいよね」
「そうなると、どこかの茂みの中になるけど見晴らしは悪いぞ」
「仕方ないか。
じゃあ、ここにシート敷くから手伝って」
結菜がリュックを下ろして中からレジャーシートを取り出した。それを俺が広げて地面に敷いた。
結菜のレジャーシートは斉藤さんのレジャーシートの半分くらいの大きさしかなかった。ふたり分だし妥当と言えば妥当か。
リュックをシートの上に置いて腰だけシートの上に下ろし足はシートの外。
ふたり並んで座り、結菜がリュックから取り出した小型のバスケットから布巾に包みをふたつ取り出して片方を俺にくれた。
「こうやってふたりでならんで外で食べるの小学校の時以来だね!」
『だね!』って言われてしまったがそういった記憶は俺には全くない。
ついに俺も若年性なんちゃらで忘れてしまったのだろうか?
もしかして、俺のいた日本と違うところはダンジョンだけじゃなくってそういった細部にも及んでいるかもしれない。
ちょっと背中の辺りがゾワっとしてしまったが、だからと言って俺にできることは何もない以上、事実だとすればそれを受け入れることしかできない。
それはそれとして、これまでの経験上、今の結菜の『だね!』には肯定で返さないとマズそうなので全く記憶にはなかったものの「そうだったな」と返しておいた。
俺も自分に正直に生きてくだけではいろいろとマズいことにやっと気づいたってわけだ。
こういうその場限り、その場しのぎの対応を続けていると、なにかカマをかけられたら完全に詰んでしまうが、その時はその時。今さえ良ければそれでいいのサ。
結菜から渡された布巾を開くと、ラップにくるまれて玉子サンド、レタスとトマトとハム、チーズの入ったハムサンド、それにポテトサラダサンドがふたつずつ入っていた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
まずは玉子サンド。
パクリ。
甘めのかき玉子が挟んである。ゆで玉子を潰してマヨネーズであえる玉子サンドもあるけれどどちらかと言えばこっちの方が俺は好きだ。
次はハムサンド。
挟まれていたハムは高級そうに見えるハムだった。俺に食べさせるために奮発でもしてくれたのか?
パクリ。
レタスもしんなりせずちゃんとしっかりしている。パンの軟らかさがさらに引き立つ。
オーソドックスだが手堅いサンドイッチだ。
そしてポテトサラダサンド。
これも定番だがなくてはならないサンドイッチだ。俺もかなりの数タマちゃんに収納してもらっている。
パクリ。
うまい。
極論すれば炭水化物同士の組み合わせなのだが実にうまい。
俺は酢飯も好きだが、ポテトがマヨネーズであえてあるところがミソなんだろうか?
緑茶のペットボトルから緑茶を飲んで2セット目に突入。
……。
センターの売店で買ったサンドイッチにと比べて雲泥の差だったせいで黙って食べ続けてしまった。
結菜も黙って食べてるしな。
「ごちそうさま。いやー、実にうまかった」
いただいている身で恐縮だが、ポテトサンドが一番おいしかった。
「これだけの種類作るの大変じゃなったか?」
「ポテトサラダはお母さんが昨日作ってくれてたのをパンにはさんだだけ。
わたしが最初から作ったのは玉子サンドとハムサンド。だからそんなに大変じゃなかった」
なるほど。納得だ。
いらぬことを口走らなくて実にラッキーだった。
俺が食べ終わってしばらくして結菜も食べ終わった。
「一郎、今ので足りた?」
「十分だったよ。ありがとう」
「それならよかった」
「少しここで休憩してから再開しようか?」
「うん」
「そういえば、結菜のおじさんとおばさん体調の悪いところってどこもない?」
「どうしたの?」
「いや、大抵の病気に効く薬?っぽいものをそれなりの量持ってるんだ」
「それもSSランク冒険者だから?」
「ランクは直接関係ないけど、ダンジョンの中で見つけたんだから間接的には関係ある」
「そうなんだ。
うーん。うちのお父さんもお母さんも元気に見えるし、病気だとかそういったことは聞いてないなー」
「それはよかった。
結菜自身はどうなんだ?」
「わたしは見ての通り元気だよ」
「それならよかった。
もし何かあったら遠慮せず早めに俺に言ってくれよ」
「うん。ありがと」
「ねえ、第一人者から見て午前中のわたしどうだった?」
「もちろんまだまだだが、なかなかいい線いってたんじゃないか。
結菜がどこまで目指すのかは分からないけれど、もしソロのままCランク以上を目指すなら、一撃の正確さと破壊力が必要になる。要するに一撃で相手をたおす力だな。
Cランクが活動する4、5階層だと複数の敵と戦うことになるが、一撃で相手をたおせるならたいていの場合、1対1に持っていけるから。
そういうことなので、いつも正確で強い一撃を意識していけばそれなりに強くなっていけるだろ」
「さすがだね」
「今のは俺の知り合いのDランクの冒険者に言った言葉なんだけどな」
「その人女の人なの?」
「ああ」
「美人?」
「美人だな」
「ふーん。
今からでも遅くない。わたしもがんばろ」
「ああ、まずはさっき言ったことを意識して素振りでもして頑張れよ」
今の言葉の後、なぜか結菜にジト目で睨まれてしまった。解せぬ。
「そろそろ、いくか?」
「うん」
荷物をしまって準備を整えた俺たちは午後からの徘徊を始めた。
午後からは特にトラブルもなく、3時ごろまで徘徊し、8個の核を手に入れた。午前中と合わせて14個。
1個4000円として5万6千円。かなりの額だ。
最終的には渦に近づいていくよう徘徊していた関係で、15分ほどで渦を抜けてセンターに戻った。
「それじゃあ、買い取り所に行こう。
そこの廊下の右側にずらっと並んでるのが核の買い取り所の扉だ。
モンスターの肉とかは通路の左側だ。裏側に冒険者用の出入り口があってこっちに何個かある扉は職員の出入り口だ」
俺は結菜を先導して空いていた買い取り所の中に入った。
係の人に向かって「お願いしまーす」と言って、結菜も真似して「お願いしまーす」と言った。
「これは長谷川さん。珍しい」
「今日は知り合いがダンジョンデビューしたので付き添いで」
「そうですか。後進の指導まで。さすがです。
配分はどうされますか?」
「俺はいいです」
「えっ!? 一郎、それでいいの?」
「ああ」
「分かりました。それでは、お嬢さん」
「中村です」
「中村さん、このカードリーダーに冒険者証をかざしてください」
結菜がカードリーダーに冒険者証をかざしたところで、
「ありがとうございます。次はこのトレイに核を入れてください」
リュックのポケットに入れていた核を結菜がトレーに入れてすぐに査定は終わった。
「これが買い取り証です」
そう言って係の人が結菜にレシートを渡した。
「どうも、ありがとうございました」
「どうも」
買い取り所を出たところで結菜が俺に向かって、
「わたしが全部もらっちゃったんだけど、ホントにいいの?」
「もちろん問題ない。サンドイッチもごちそうになったし」
「だって5万5千円だよ」
「気にしなくていいから」
「こういうところはきちんとしなくちゃいけないんだよ」
「うん。それはもちろんわかってる。でも今日は結菜が初めてダンジョンに入ったお祝いということで受け取ってくれればいいよ」
「分かった。ありがとう」
「次は武器の預かり所だ」
「うん」
エスカレーターで2階に上がった俺たちは武器の預かり所に行った。
係の人に切り裂きナイフを見せたところ、材質が鋼鉄だったため刃の根元にIDをレーザー刻印することになった。
その武器IDを結菜の冒険者IDで登録して、切り裂きナイフは正式に結菜のものになり彼女のハンマーと一緒に保管された。
「これで終了だ。帰ろうか」
「うん」
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