第205話 中村結菜6、ダンジョンデビュー3


 ディテクターにモンスターらしい反応がなかったので、冒険者が少なそうな方向に結菜を引き連れて歩いていたのだが、どうやら前方でトラブルのようだ。


 これまでも何回かあったがまた言い争い中だった。

 今回は珍しく女同士の2チームでの言い争いで御多分に漏れず人だかりができていた。

 何人もスマホで言い争い状況を撮影している。

 言い争っているのは3人チームどうし。

 言い争いの内容はいつもと同じ。


「核の取り合いだよね」と、結菜。

「よくあることなんだよ」

「女ひとりだと相手が女でも怖いよね」

「そうだろうな」

「こういう場合どうなるの?」

「どっちかが折れないとどうしよもないんじゃないか」

「どっかに訴えられないの?」

「どっちがいい悪いなんて何の証拠もないんだから何もできないだろ?」

「そっかー」

「取り分は減るが、そう言う意味でソロよりチームの方がいいんだけどな」

「うーん」


 テニスをやめてソロの冒険者になった結菜に向かって、今の高校に親しい友達はいないのか? とか、さすがに聞けないものな。


 他人の言い争いなど見ていても仕方ないので、俺はそこでディテクターを発動したところモンスターらしき反応があった。

「見ていても仕方ないから、そろそろ行くぞ」

「うん」


 言い争いの場所から200メートルほど離れた地面にスライムがじっとしていた。

 俺はスライムを指さして「あそこにスライムがいるだろ?」と結菜に教えてやった。

「どこ?」

「30メートルくらい先の地面の上。見えないか?」

「あっ! いた。行ってくる」

 結菜がスライムに向かって駆けだしたところスライムは反対側に逃げ出した。

 俺は結菜のすぐ後ろを追った。


 スライムに追いついた結菜がスライムにハンマーを叩きつけたところで、前方からふたり組の男が「おい! 他人ひとの獲物を横取りするな!」と叫んでやってきた。


 男たちの年齢は30歳前後でひとりは痩せ気味のノッポでもうひとりはチビでデブ。

 チビとデブは放送禁止用語かもしれないが俺はアナウンサーでも何でもないし、口に出しているわけでもないのでセーフ。

 全然惜しくはないが、デブがもう5人いればアブラハムの7人の子だった。そもそもアレはデブじゃなくてチビだったか?


 ふたり組の言葉で結菜が止まってしまいスライムがふたり組の方に逃げていった。

 チビデブが持っていたメイスを近づいてきたスライムに2度ほど叩きつけて仕留めてしまった。

 相手は1階層のただのスライムなんだが、Aランクあたりの素人だと男でも2度もメイスを叩きつけないとたおせないものなのか。うーん。


 秋ヶ瀬ウォリアーズの面々の戦いしか見たことなかったので、彼女たちのことを少々軽く見ていたのだが、彼女たちはAランクの冒険者として決して劣ってはいなかったようだ。

 意外と勉強になった。


 それはそれでいいのだが、そのチビデブが俺たちに向かって平たいアゴを上げてのたまった。

「何か文句あるか?」


 俺には別に文句はなかったのだが、これに対して結菜が「わたしたちが先に見つけて戦ってたじゃないの!」と応戦してしまった。

「仕留めたのは俺だ。だから核は俺たちのものだろ」

 そう言ってチビデブはスライムの核を拾い上げてノッポに渡した。


 チビデブは今度は俺に向かって「俺たちが怖くて何も言い返せないか?」と言い、次に結菜に向かって「こんな軟弱男は早めに見限った方がいいぞ」と言った。


 これに言い返せないようでは男が廃るすたるかもしれないがザコを相手にしてもなー。

 そう思って結菜を見たら、すごく悔しそうな横顔が見えた。

 仕方ないなー。


「おいおっさん。俺はザコを相手にしても仕方ないと思って何も言わなかったが、エラそうなこと言ってくれたな」

「ああ? お前なに言ってるんだ? 女の前だからと言ってカッコつけてるつもりなのか?

 俺たちはな、たまたま1階層にいるがCランクなんだよ」

「だから何だ? Cランクがエライのか?」

「当たり前だろ。少なくともAランクのお前たちひよっこなんかよりよほど場数を踏んでるんだよ」

「それじゃあ自慢のCランクの冒険者証を見せてみろよ」

「何でお前にわざわざ見せる必要がある?」

「おっさん、ハッタリなんだろ?

 あのなー、1階層のスライム相手に2撃必要なCランカーってそうはいないんだよ」

 おっさんたちは黙っている。


「おっさんたち。高校生Sランカー、SSランカーって聞いたことあるか?」

「おまえがSランカーだって言いたいのか? それこそハッタリだろ? 笑わせるな!」

「SSランカーの冒険者証は珍しすぎるし、見せてやっても信じないだろうから、ちょっとだけラシイのを見せてやるよ」


 これで魔法・魔術、全面解禁だ!


「おっさんたち、本当にCランクなら魔法封入板の話くらい知ってるだろ?

 誰があれをダンジョン庁に納めたと思う?」

 ふたり組は黙っている。


「この俺だよ」

 俺はそう言って、右手の平を前に出してその上にファイヤーボールの火球を作った。

 火球は青みがかった白色光でギラギラ輝いている。

「これは魔法封入板の魔法じゃないけどな」

 男たちの顔がファイヤーボールの火球の光を反射して青白く見える。火球のせいじゃないかも?


「これが何かに触れれば、爆発する。モンスターに限らず何でも***バラバラになるぞ。

 まっ、ここではそんなことしないがな」

 そう言って俺はファイヤーボールの火球を消した。

「ほ、本物!」

 男たちはUターンして逃げていった。


「一郎、すごい」

「ほんとはザコの相手などしたくなかったんだけどな」

「わたしのためだったの?」

「そうでもないが」

「あっ、そう。それでどうするの?」


「今のは取られてしまったがすぐに見つかるから」

 俺はそう言ってディテクターを発動させたがアタリはなかった。

「ちょっと調べたけど、この近くにはいないみたいだ」

「どうするの?」

「適当に歩いてればそのうち見つかる」

「そんなんでいいの?」

「あのな、結菜。俺は魔法を発動して探してるから一般冒険者よりも何倍も効率よくモンスターを探してるんだ。

 これから先、結菜はそこらの一般冒険者に交じって今なんか比べ物にならないくらいモンスターに出くわさなくなるんだぞ。

 だからさっきの言い争いや、今のおっさんたちみたいな核の取り合いが起こるんだ」

「ごめん」

「いや、結菜が悪いわけじゃないから。

 まあ、運が良ければ俺みたいに大物を仕留めることができるかも知れないからな」

「うん」

 結菜から元気のない答えが返ってきた。



 移動速度は結菜に合わせているので、サーチアンドデストロイモードではなく徘徊モードで適当に歩き回っている。

 10分ほど徘徊していたらディテクターに反応があった。

 反応方向には人気ひとけはないようだったので今度は邪魔は入らないだろう。


 次に見つかったのは毎度のカナブンだった。

 そのカナブンは見つけた位置から宙を飛んで茂みの中に入っていった。

 どこかで見たような光景に何だか嫌な予感がしたのだが、幸いなことにカナブンが飛び込んだ茂みの中に人の気配はなかった。


 これなら安心。俺がいるから今はアレ**を回避できる可能性が高いが、結菜ひとりだと回避不能だ。

 その時はその時。意外とそっち方面に興味があるかもしれないしな。

 

 俺が何も言わなくても結菜は俺の前になって茂みの中に分け入って行き、見つけたカナブンにハンマーを叩きつけた。

 ハンマーは見事にカナブンの頭を一撃で潰し、カナブンは動かなくなった。

「結菜、今の一撃はよかったぞ」

「そう。なんだかコツが掴めたような気がしたんだ」

「ほう。テニスが役に立ったってことだろうな」

「そうかも」

 意外と言っては失礼だが、結菜には冒険者の才能があるのかもしれない。少なくともさっきのおっさんたちよりもスジは良さそうだ。


 その後結菜がカナブンをひっくり返してナイフで胸を割き、左手を突っ込んで核を取り出した。まだ2度目なのだが核を取り出す手つきも様になっていた。

 俺はウォーターの水で差しだされた結菜の手と核を洗ってやった。


「サンキュウ。ひとりの時は先にウェットティッシュを用意してから核を抜き取った方がいいよね?」

「そうだな」


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