第204話 中村結菜5、ダンジョンデビュー2
エスカレーターで1階に下り、改札を通った。
目の前に渦が巻いている。
「この中に入るんだ。ちょっと怖い」
「人が出入りしているんだからと思って気にせず通り抜ければいいんだよ。渦の前後に立ち止まらないようにな。何も感じないから通る瞬間目つむってでもいいから」
結菜をせかして俺が後になって渦をくぐった。
案の定結菜が渦を抜けたところで立ち止まっていたので注意した。
「結菜、横に避けた方がいいぞ」
「ゴメン。すっかり忘れてた」
「まあ、初めて入る時はそういうもんだ」
「一郎もそうだったの?」
「どうだったかなー。そうだったような、そうでもなかったような。忘れた。
それじゃあ、そろそろ行くか」
「うん。
一郎はヘルメットも被らないの?」
「ああ。手袋だけで十分だ」
「そ。さすがはSSランクってとこ?」
「まあな」
俺はディテクターを発動して周囲を探った。
今日はフィオナはお休みなのでディテクター×2は無理なのだが、俺の基礎的魔法・魔術能力は上がっているようで、ただのディテクターでもそこそこの範囲を把握できた。
とはいえ1回目のディテクターではさすがにモンスターは見つからなかったので、適当に歩いていくことにした。
「1日歩き回っても10個も核が手に入らないってホントなの?」
「普通はそうみたいだな」
ここでディテクター発動したら、探査範囲ギリギリのところにモンスターらしい反応があった。
「こっちだ」
俺が先になって結菜を誘導して反応に近づいていく。
反応は茂みの中だった。
「この茂みの中にモンスターがいるはずだ。
武器を構えて茂みの中に入っていくぞ。
俺が分け入るからその後をついてくればいい」
「うん」
結菜が真新しいハンマーを両手で構えたのを見て俺は茂みに分け入った。
茂みの中にはわずかばかりの空き地があり、そこにスライムがいた。
スライムは隠れているつもりなのかじっとしている。
俺の後から茂みを抜けた結菜に、
「とにかく一撃でたおすことを意識して。でも肩に力が入らないように。
そうだなー、両手だけどサーブのつもりで思いっきりいけ」
「うん」
結菜がハンマーを振り上げてもスライムはじっとしたままだった。
これなら一撃でたおせそうだ。
結菜は掛け声は駆けなかったが思いっきりハンマーを振り下ろした。
見た感じはなかなかのスイングだったが、結菜のハンマーはボヨヨンとスライムに弾かれた。
一撃ではたおせないものなのか。
「スライムが潰れるまで叩きつけろ!」
「うん」
結菜は全部で3度ハンマーをスライムに叩きつけたら何とかスライムが潰れた。
「ふー。潰れたら水に成っちゃった」
結菜が大きく息を吹きだしたが、俺も息を吹き出した。俺も知らず知らずのうちに力が入っていたみたいだ。
「スライムって最弱モンスターじゃなかったの?」
「スライムに限らず1階層のモンスターはどれも最弱だから。ほとんど反撃もしないし。
そこに転がってるビー玉みたいなのが核だ」
「ホントだ。
そう言えば今日の収益の分け方決めてなかったけれど、わざわざ付き合ってくれたお礼に全部一郎がもらって」
「その気持ちはうれしいけれど、全部結菜がもらってくれ。
俺、それなりに金持ちだし。ちょっとイヤミに聞こえるかもしれないけど、1日真面目にモンスター狩すれば億はかせいでるから」
「何それ! じゃあ遠慮なくもらっとく」
「そうしてくれ」
結菜が核をウェットティッシュで拭いて防刃ベストのポケットにしまった。やっぱりウェットティッシュは冒険者のたしなみのようだ。
しかし俺にはウォーターの魔術があるからな。
そう言えば、オークションで魔法盤が売れたということは魔法を使う冒険者が生まれたってことだから俺が大っぴらに魔法を使っても何の問題もないってことだ。
これまでこそこそして人前で魔術は使わないようにしていたがこれからは大ぴらで大丈夫。かなりの環境改善になったな。
俺はオークションに参加していないけれど、第一人者の俺が魔法盤の供給元だってことは自明だしな。今さらだった。
「じゃあ、次行こうか」
ディテクター。
すぐに反応があったので、茂みを出てそっちの方向に向かっていった。
「ねえ。さっきもそうだったけれど、モンスターの位置ってどうしたらわかるの?」
「そう言えば、結菜、お前魔法封入板のこと知ってるか?」
「もちろん知ってる。先週オークションがあったのも知ってる。魔法の実演動画も見たし」
「オークション出すためには誰かが持ち込まないとオークションできないだろ」
「それはそうだけど、あれってダンジョン庁だかダンジョンセンターが出品したんじゃなかったの?」
「名目はそうだが、ダンジョン庁やダンジョンセンターが見つけてきたわけじゃないだろ?」
「そうかもっていうか冒険者が持ち込んだものをセンターが買い取ったんだ」
「そう言うこと。それでそういったものを持ち込む可能性が一番高いのは誰だと思う?」
「えっ! もしかして、もしかしたら一郎なの?」
「そう言うこと。
その俺があそこに出展された魔法封入板の魔法を使えても何もおかしくないだろ?」
「魔法使えるんだ! じゃあ、モンスターの位置も魔法なの? そんな魔法封入板はなかったハズだけど」
「確かに魔法封入板には俺の今使っている魔法はないな」
「じゃあ、ほかにもたくさん魔法が使えるんだ!」
「そう言うこと」
「それってズルくない?」
「ズルいとかズルくないって話じゃないだろ?」
「確かにそうかもしれないだけど、なんかズルい!
あっ! テニスの試合の時も魔法使ったんだな!」
「使ってないから。あれは地だから」
「ホントなの?」
「ホント。そのうち俺が本気になった戦いを見せてやるよ。そしたら納得すると思うぞ」
「まあ、確かにあんたが日本でただひとりのSSランク冒険者なのは事実なんだから、すごいんでしょうけどね」
話をしながらディテクターを発動したらアタリがあった。
「また茂みの中みたいだぞ。
今度は結菜が先になって突っ込んで行ってみろ」
「分かった」
「あそこの茂みの中だ」
ふたりでその茂みに近づいていった。
「結菜。この辺りからまっすぐ5メートルも進んでいけばモンスターが見えるはずだ」
「了解。モンスターが何だかは分からないの?」
「残念ながらそこまでは分からない」
「それならそれでいい」
結菜が茂みに分け入って行き、俺はその後に付いて行った。
結菜が茂みを抜けて、そこにいたクワガタムシにハンマーを叩きつけた。
ハンマーはうまい具合にクワガタムシの頭部に命中した。ハンマーヘッドが尖った方だったので簡単にクワガタムシの頭部に根元まで貫通しクワガタムシはそれで動かなくなった。
「一撃でたおせたとはたいしたものだ」
「見直した?」
「ああ、見直した。
それじゃあ、次は核の抜き取りだ。頑張れよ」
俺はリュックをいったんその場に下ろして中からタマちゃんに渡してもらった切り裂きナイフを取り出した。
「これがナイフだ」
「何だか立派な鞘」と言って切り裂きナイフを受け取った結菜が鞘からナイフを引き抜いた。
「うわっ! ものすごくよく切れそう!
「自分の手を切らないよう気をつけろよ」
「うん。
それで、これどうやればいいのー?」
「胸の辺りに核があるはずだから、ひっくり返してそのナイフで切れ目を入れてそこから手を突っ込んで核を探すんだ」
「そんなことするの?」
「別に何してもいいけど、核を取り出さないとお金にならないぞ」
「うーー」
結菜は死んだクワガタムシをひっくり返してうーうー言いながらも胸にナイフを突き立てた。
「なに、このナイフ、ものすごく切れる」
今度はナイフの切れ味に驚いたようだ。
モンスターの死骸で切れ味を一度試したところ骨まで簡単に切れたナイフだ。
「指切るなよ。おそらくスッパリちょん切れるからな」
「怖いこと言わないでよ」
ほんとにちょん切れても、指くらいならすぐにくっつけてヒールをかけてやれば俺のヒールでもつながると思う。ダメなら指はポイすることになるが、万能薬でまた生やしてやるから問題ないだろう。
現に俺の右手の5本の指も落ちてまた生えたきた新品だが全然違和感なく使えているしな。
クワガタムシの胸を開いた結菜はその中に手袋をした左手を突っ込んでまさぐり始めた。
しばらくそうやって何とか見つけたようだ。
もちろん結菜の左手の手袋はべとべとだ。
「一郎、手がべとべとなんだけどウェットティッシュ貸してくれない?」
「俺は持ってない」
「えっ? じゃああんたはいつも手を拭かないわけ?」
「俺の場合はそもそも汚れないから拭かなくても済むんだ」
「何言ってるのよ。
わたしのリュックのポケットに中にウェットティッシュ入ってるから取ってよ」
「手を出してみろ。俺が洗ってやるから」
「また何言ってるのよ?」
「魔法で水を出すからそれで手を洗え」
ウォーターで右手の先から地面に向けて水を出してやった。
「ほら」
「うわっ! ホントに水が出てる。魔法だ!」
結菜は一度手袋を洗ってからタオルで拭いた。
「魔法って誰でも使えるようになるものなの?」
「魔法封入板を使えばだれでもその魔法だけは使えるようになるな」
「それってそのうち一般に売り出されるかな?」
「もちろん売り出されると思うぞ。でもかなり高いんじゃないか」
「だよねー」
「そろそろ次行くぞ」
「うん」
茂みを出たところでディテクターを発動したところアタリがなかったので周囲をざっと見て人の少なそうな方向に歩いていった。
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