第180話 異邦人4、チンピラ


 軽食屋だったのか喫茶店だったのか実際のところ分からないが、おつりをポケットに入れた俺は日本語で礼を言って店を出た。

 開き直って日本語で話しても「ありがとう」くらいの簡単なことは伝わるようだ。

 金貨1枚のおつりが小金貨1枚と銀貨9枚と銅貨5枚だった。

 ということは、銅貨10枚が銀貨1枚、銀貨10枚が小金貨1枚。小金貨2枚が金貨1枚と考えて良さそうだ。

 お茶とパンケーキを合わせた値段を1000円として、それが銅貨5枚ということは、銅貨1枚は200円くらいの価値があるということになる。

 銀貨1枚=2000円、小金貨1枚2万円。金貨1枚4万円。

 俺が手に入れた金貨350枚は1400万円ということになる。

 Dランクになって以降の俺の儲けはインフレしているからそれほど儲けた感じはしないが、高校生が午前中に儲ける金額じゃないのは確かだ。



 店を出たところ、俺を尾行していたデコボコふたり組が通りの少し先にいた。

 諦め悪く俺が店から出てくるのを待っていたようだ。

 素人なのかプロなのかまだ判断できないが初犯ではないだろう。

 初犯であろうがなかろうが、被害者にとっては同じ犯罪だ。

 面倒になった俺は、直接そのふたりと対決することにした。


 明らかに自分たちに目を向けて近づいてくる俺を見て、ふたりは動揺している。

 逃げ出そうかどうしようか迷っているようにも見える。

 やっぱり素人だったのか?

 プロだとしてもいわゆるチンピラだ。


「店に入る前から俺の後を付いてきているようだが、俺に何か用があるのか?」

 ふたりの目の前に立った俺は低めの声で、しかも日本語で言ってやった。

 もちろん言葉の正確な意味は伝わらないだろうが、大まかな意味は伝わったはずだ。


「なんだおまえ、言葉もしゃべられないよそ者なのか!」

「だからどうした?」俺は同じように日本語で応じた。


「痛い目に遭いたくなければそのヘルメットとメイスを渡せ」

 腰が引けているくせに言うことはイッチョ前だ。

 しかも白銀のほんやくヘルメットがなければ絶対通じないような難しい言葉を平気で俺に言うな!

 お前たちもジャスチャーくらいしてみろ!

 冷静になって考えたらヘルメットとメイスを指差して手を出すだけで通じるな。

 ジャスチャー難易度は10点満点で2点程度の低難度問題だった。


 俺たちは人通りの多い通りですったもんだしているわけで、当たり前のように観客が俺たちを遠巻きに囲み始めた。

 スマホで撮影しないところだけは日本と違うがどこの世界もこういったとことはよく似ている。

 大通りの真ん中を往来する荷馬車や箱馬車などはさすがに止まらなかったが馬車の御者もこっちを見ながら通り過ぎて行く。

 これほど注目されているのに俺の目の前の男たちは解散しない。

 なにか男たちを駆り立てるものでもこの俺にあるのだろうか?

 俺じゃなくて、俺の持っている金目の物に目がくらんだだけか。


 おまわりさんはいないかもしれないが、それに準じるものくらいこの街にいるんじゃないか?

 こんなところで目立っていたらそういった連中だってやってくる。

 俺は今のところ被害を受けてはいないが当事者なので少なくとも事情を聞かれるだろう。

 そうしたらジェスチャーで答えるしかない。

 したがって、そういった者に出くわしたいわけではない。

 このふたり早くどっかに行ってくれないかな?


 俺が黙って立っていたので、男たちは懐からナイフを出した。

 それを見た観客は数歩後ずさり、輪が広がった。

 日本だったら悲鳴が上がったかもしれないがみんなおとなしいものだ。

 というか、みんなワクワクしたような目で見ていた。

 娯楽の少ない世界なんだろう。


 とは言え、相手がナイフを出した以上、この世界でも正当防衛は成り立つだろう。

 俺は白銀のメイスに手をかけたのだが、これを振ってしまうと男たちの体の大部分が消失してしまう。

 この世界で俺はまだ魔術に類したものを目にしていないのでうかつに人前で魔術を披露していいのかもわからない。そもそも俺の攻撃性魔術は人に向ければ必殺だし。


 ある程度脅すためになにがしかの武器を使おうと思ったものの、素手で相手を叩きのめした方がよほど手っ取り早いことに思い至った。

 

 俺はナイフを構えるふたりの男たちに向かって無造作に近づいていった。

 こらえきれなくなったのか小太り男がナイフを突き出してきた。

 こらえきれないところを含めてやはり素人だったようでナイフの刃先の軌道は揺れていた。

 俺は男の腕が伸びきる前にナイフの刃先を右手の人差し指と親指で摘まんでやった。

 そして少しだけ指先に力を込めてねじってやったらナイフの刃は簡単に折れてしまった。


 どこからともなく「すごい!」という言葉が聞こえてきた。

 俺にナイフを折られた男はすぐにナイフを引っ込めて後ろに下がり、今度は痩せてはいるが背の高い男が右手でナイフを突き出してきた。


 俺がわずかに斜め前に移動してナイフを握る男の右手首を上から手刀を決めてやったら、ナイフは通りの石畳に落っこちた。

 男の手首は折れてブランブランだ。

 もう少し高速に手刀を決めていたら男の手首はちぎれていたはずなのでブランブランで済んだことは男にとって幸運だったということだ。


 ブランブラン男は殊勝にも悲鳴を上げはしなかったが、青い顔をして後ろに下がり背の低い男ともども逃げていった。

 通りに転がったナイフを安全靴で踏んづけたらナイフの刃が折れた。

 そこで俺たちを遠巻きに囲んでいた観衆から拍手が起こった。


 最初は脅して丸く収めるつもりだったが、調子に乗って派手なことをしてしまった。

 観衆の間を縫うようにして包囲陣からから抜け出した俺は、背後で見物客が解散する気配がする中、通りを歩いていった。


 本来は、館の自動人形たちをレベルアップするために核を取りに出かけただけだったのにおかしなことになってきた。

 まあ、いいけど。


 腕時計を見たら時刻は10時半。

 今日は実に濃い。


 大通りを歩いていたのだが、果物屋とか八百屋、それに肉屋といった食料品店が見当たらない。

 そういった身近なものはたいてい商店街のようなところに並んでいるのがこういった世界の定番のハズ。


 俺は大通りから一筋ズレた通りに入っていくことにした。

 俺の期待通りその通りは商店街だった。

 今のところ特に買いたいものがあるわけではないのだが、野菜とか果物で面白いものがあればうちの農園*****で栽培してもいい。


 すぐに野菜や果物を売っている店が見つかった。

 店先に並んでいたのは、正式名は分からないが見た目だけでいうと、野菜はナスビ、キャベツ、トマト、ジャガイモ、サトイモ、カブ、ホウレンソウ。そこまでおばさんたちに交じって手に取って見ていたのだが鑑定すればいいことを思い出した。

 鑑定指輪をはめて再度手に取って鑑定していったところ、見た目通りナスビ、キャベツ、トマト、ジャガイモ、サトイモ、カブ、ホウレンソウだった。

 その他に店に並べられていた野菜はブロッコリー、ピーマン、ソラマメ、トウモロコシ。

 果物は、緑のリンゴに赤いリンゴ、オレンジ、ライム、梨、桃、緑のブドウに赤紫のブドウ。

 ブドウについては栽培してもよかったのだが、なんだか面倒くさくなったのでやめておいた。

 結局ウィンドショッピングしただけだった。


 次に回ったのは肉屋だ。

 肉屋の前には大きな肉の固まりが置かれて、それを量り売りしていた。

 鑑定してみたところ牛肉、羊肉、豚肉だった。鶏肉はないようだった。

 あと目に付いたのが、トカゲ肉。見た感じは白身で大きさは比較にならないほど大きいが鶏肉に見えないこともない。おそらく似たような味なのだろう。

 トカゲ肉はかなり大きな肉の固まりだったのでダンジョン産の可能性もある。


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