第181話 小僧


 肉屋の隣りに魚屋があった。

 店先に並んでいた魚はスズキ、シャケ、ヒラメ、そしてイワシ。

 イカ、タコ、エビ、カニ、そして殻付きのカキとムール貝。

 残念なことにマグロはなかった

 鑑定しても『赤い魚』としかわからなかった赤い魚。見た目はキンメダイとかキンキダイなんだが、鑑定指輪に語彙が登録されていないのか?

 そして、なぜか大蜘蛛に大サソリ。甲殻類と言えないこともないのか?

 魚介類が豊富なところをみると、このシュレア市は海に近いようだし、港もあるのだろう。

 行ってみたいがどっちに歩いて行けばいいか分からない。

 人に聞ければいいのだが、海はどっちに行けばいいのかジェスチャーでどう聞けばいいのか見当もつかない。

 背の高い建物の屋上から眺めれば街全体を見渡せそうだが、勝手に建物によじ登るわけにもいかないし。

 今日のところは海は諦めるしかない。




 そうやって人出の多い商店街を適当に見て回ったところ、表通りを含めて街並みそのものは俺が10年ほどいた世界と比べると少し時代が進んだ感じなのだが、商店街の品物は、あの世界とほとんど変わらないようだった。食べ物というか食材については包装のあるなしは異なるが日本との差もあまりないようだ。


 人を避けながら歩いていたら、人の波の向うの方がなんだか騒がしくなった。

 何だろうと思って立ち止まって見ていたら人の波が割れて、子どもがこっちに駆けてきた。

 その子の身なりは、はっきり言って汚れ放題。

 その子の後を身なりのいいおじさんが『だれかー、そいつを捕まえてくれー!』と言って追いかけていた。


 子どもは手にカバンのようなものを握ってこっちに向かってくる。

 状況から判断すると、子どもが身なりのいいおじさんのカバンをひったくったか何かしたのだろう。


 そういった騒動に巻き込まれる必要は全くないのだが子どもが俺のすぐそばを通った時につい右手を伸ばしてその子の襟首を掴んで吊り上げ、ついでに子どもが持っていたカバンを左手で取り上げた。


 子どもは手を振り回し足をバタバタさせて「はなせー! こら! はなせー!」とわめき散らし、挙句の果ては後ろ足で俺を蹴っ飛ばし始めた。

 声変わり前の男子の声は女子の声よりも耳に響いてものすごくうるさい。蹴っ飛ばされるより、この高音の方がダメージがデカい。


 いくら蹴られようと痛くはないのだが、見た通り汚れ切った子どもなので何気に臭い。

できるだけ遠ざけるように腕を伸ばしておいた。


 ようやく追いついたおっさんが俺に向かって、

「そいつを捕まえてくれてありがとさん。

 衛所に連れて行くから、カバンとそいつを渡してもらおう」

「いやだー! 連れていかれたら手首を切り落とされるー!」

 子どもが手足をばたつかせて大声で喚く。

「何を言ってる? 人の物を盗んだら二度と悪さができないように手首を切り落とされるのは当たり前だろ!」


 刑罰も一種の文化だ。第3者よそものの俺がどうこう言う権利など微塵もないのだが、子どもの手首を切り落とすとなるとただ事ではないし、俺自身の寝覚めも悪い。


 子どもを吊り上げている関係でジェスチャーはできないので、カバンをおっさんに渡したあと俺は子どもを釣り上げたままおっさんに向かって「カバンは戻ったんだし、この子は許してもらえないか?」と、日本語で言ってみた。


 俺の言葉を聞いたおっさんは半分口を開けて、

「あんた、よその国の人だったのか。

 あんたには礼を言うが、そのガキは渡してもらおう」


 口がきけないので男を納得させる何かないかと考えたところ、防刃ジャケットの中に金貨があることを思い出した。

 左手を突っ込んで金貨の包みを崩して金貨を手にして男に差し出した。

 左手の中にはおそらく10枚ほど金貨が握られている。


 俺の差し出した左手を見た男が「何の真似だ?」と聞いてきたのでそこで俺は左手を開いて見せた。

「これでその子を?」

 俺は男にうなずいた。

「あんたも酔狂だな。

 あんたから金はとれない。子どもは好きにしてくれていい。

 じゃあな。とにかくカバンを取り返してくれてありがとう」

 そう言って男は歩いていった。

 しっかりした男だったようだ。


 成り行きで助けたこの子のことだが、放り出していいものだろうか?

 放っておけばこの子はまた似たようなことをして、いずれ手首を切り落とさることは目に見えている。


 今現在絶賛放せ放せと非常に高い声でうるさく喚き散らしながら手足をばたつかせているが、放り出せはしないよな。


 それでなくても目立つ格好している俺が、わめく小僧**を吊るし上げたまま、通りに突っ立っているわけだからそれはもう目立つ目立つ。


 小僧を連れて館に転移したかったのだが、これだけ目立った中で転移するのはちょっとはばかられる。

 結局俺はわめきながら暴れる小僧を吊り下げたまま商店街からわき道に入っていった。


 わき道に入っていったら人気ひとけは一気に減った。

 そのかわり、俺はつけられていたようで、背後に複数の、おそらく4、5人の気配を感じた。

 小僧付きなので勘弁してもらいたいのだが。


 小僧が相変わらず高音で喚き散らす中、俺はUターンして俺をつけていた連中と相対した。

 俺をつけてきたのは5人だった。

 5人とも革鎧ではないが厚手の革の上下を身に着けていて、腰には短剣のようなものを下げている。

 さっきのふたり組は素人だったがこんどの5人は玄人だ。

 中でも真ん中の男はある程度はデキそうだ。

 とは言え、街のチンピラに毛の生えた程度だろう。


 俺がチンピラたちに相対したことにより、必然的に俺の右手で吊り上げられて大騒ぎしていた小僧もチンピラたちと相対したことになる。

 いままで騒いでいた小僧が急におとなしくなった。

 小僧はチンピラたちと顔見知りだったのか?


「おい、お前。うちの者にケガさせてタダで済むと思っているのか?」

 そう言って男がアゴをしゃくって見せた。

 そしたら残りの4人も何も言わず短剣を抜いた。

 うちの者と言われても知らんがなーだが、心当たりはさっきのデコボコふたり組。


「お前、ガキを盾に使うつもりのようだがそんなガキ、死のうがどうなろうがどうでもいいんだ。盾になるわけないだろ?」


 真ん中の男が俺に向かってそうすごんだものだから、小僧が縮みあがってしまった。

 子どもを怖がらせてはいけないんだぞー!


 盾にする気であそこでこの小僧を拾ったわけではないし、こうやって持ち歩いているわけではないと教えてやりたかったが、いかんせん言葉が通じない。

 ストリートファイトも言葉が出ないといまいち乗れないということがよーく分かった。


 こいつらの相手をしてやってもいいのだが、それには小僧が邪魔だ。

 だからと言ってそこらに放り投げてしまっては小僧の将来は真っ暗確定だし、ここまで連れてきた意味がなくなてしまう。


 俺が黙っていたら、男はニヒルに笑って一歩前に出て、それから再度アゴをしゃくった。

 そしたら手下らしき4人が短剣を構えて俺の方に向かってきた。


 それを見た小僧は震え出した。


 頃合いだな。

 こういったゴロツキに俺の秘密てんいがバレようがどうってことはないので、俺は小僧を釣り上げたまま館の書斎に転移した。



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