第177話 異邦人


 27階層?にあった渦を抜けた先は異世界だった!

 俺は今現在異世界の冒険者ギルドのような場所に奇妙な風体をした人物として絶賛衆目を集めて立っている。

 せめて悪目立ちする白銀のヘルメットを取りたかったが、これが無いと言葉が分からない。


 それはそうと、俺はこの世界の言葉は聞き取れているものの話せるのだろうか?

 俺はあの世界に召喚された時、読み書きは出来なかったが聞く話すは最初からできた。


 ここでは白銀のヘルメット頼みなので、聞くだけだろうなー。

 これって、ある意味詰んでないか?

 少なくともこの世界でやっていいこと悪いことは知っていないととんでもないことになる。


 俺がある意味落胆していたら、使いこまれた感じのする革鎧を着た女性が俺の前に立った。彼女の被る革製のハーフヘルメットの脇から金髪がのぞいているのが見えた。


「お前さん、見慣れない格好をしている上にやけに立派な装備じゃないか?

 貴族の子弟か何かなのかい? それにしては護衛もいないようだが?」

 彼女の疑問は理解できるが、言葉がしゃべられない以上どうしようもない。


 訳の分からない男に話しかけてくる理由は分からないが誠実そうに見える。あくまで見た目だけだけどな。


 とにかく女を無視しているわけではないことを知らせるためにも伝わらないことを承知で日本語で答えた。

「初めてここにきた者で、ここの言葉は分かるものの話せません」

「何言っているのか全然分からないけれど、あんたが他所よそからきたって事だけは分かった。

 どうやってここまで来たのかも分からないが、言葉が分からないようだと大変だろう?」

 俺はそこで異世界ばんこく共通ボディーランゲージである『うなずき』をしてみた。

「わたしの言うことは分かるのかい?」

 再度うなずいてみた。

「話していることは分かるけどしゃべられないってことだね?」

 そこでまたうなずいた。

「うなずくことでだいたいのことは伝わるか。

 何か困っていることがあるなら聞いてやれないこともないけれど、しゃべられないんじゃどうしようもないか。

 おーい、ジェーン!」

 ベテラン冒険者らしき女性が窓口の向こう側を歩いていた女性に向かって声をかけた。

「はい。ビクトリアさん、どうしました?」

 呼ばれた女性がカウンターの端を持ち上げ、そこを抜けてこっちにやってきた。


「この青年なんだけど、どこか遠いところから来たようで、言葉は聞き取れるものの全くここの言葉が話せないんだ。悪いが面倒見てくれないか?」

「ほかならぬビクトリアさんの頼みでもさすがにそれは……」

「この青年、身なりは奇妙だけど、装備を見る限りただものじゃない。

 目つきに至ってはそこらのベテランなんかお呼びじゃないほどの何かを持ってる。

 若いのに修羅場を何度も潜り抜けた目とでもいうか。

 きっとできる男だぞ」

 この女性、いや、このお姉さんただ者じゃない。


「分かりました。わたしの方で何とか話をしてみます」

「済まないな。わたしはこれからダンジョンに潜って一仕事してくる」

「お気をつけて」


 ビクトリアさんという名の女性が渦の方に歩いていきそして渦の中に消えていった。

 ジェーンという名前らしい女性が俺に向いて、

「それではえーと、……」

 これは俺の名まえを言った方がいいな。

「イチロー」

「お名まえはイチローさんですね?」

 おれはもう一度「イチロー」と言ってうなずいた。

 イチロと最後のウを強調しても伝わらないんだよなー。

 なので俺は諦めてイチローと言うことにしている。


「わたしの名まえはジェーンと言います。よろしく」

 そこでジェーンさんがニッコリした。

 うわっ! 笑い顔は結構美人だ。


「それではイチローさん、こちらにおいでください」

 俺はジェーンさんに案内されて窓口の先の事務室のようなところに入りさらにその先の小部屋に案内された。


 そこは小さな会議室のようで、テーブルに椅子が3脚ずつ、6脚置かれていた。

 俺が心配しても仕方ないのだが、この人勤務時間中だと思うけれど、俺みたいなよそ者を勝手に相手してていいのだろうか?


「どうぞ、椅子におかけください」

 リュックを床の上に下ろし、武器も外してリュックに立てかけ、勧められるままに椅子に座ったら向かいにジェーンさんが座った。

「わたしはここの副ギルド長をしていますジェーン・ハリソンといいます」

 見た目若いから下っ端職員だと勝手に思っていたんだが、ここのお偉いさんだった。

 日本で言えば若手キャリア官僚が地方でお偉いさんをやっているようなものかもしれない。


「イチローさんはどうやってこの国にやってきたんですか?

 言葉が分かっても話せないのでは、苦労したでしょう」

 こことは違う国のダンジョンで渦を見つけて入ったらここの渦から出た。ということをどうやって説明すればいい?


 俺は空中に絵を描く感じで手を動かしていった。

 まずは、さっき示したダンジョンの渦方向を指さした。

「ダンジョンですね?」

 そこでうなずき、そのあと、手を階段状に斜めに下ろしていった。

「ダンジョンを下りていく」

 再度うなずく。

 階段が一番下まで行ったところでまたダンジョンの渦方向を指さした。

「またダンジョン?」

 そこで俺は首を横に振った。

「ダンジョンの渦!」

 首を縦に3回も振った。

 この人頭もいいみたいだ。

 その後俺は立ち上がりその場で歩いている格好をした。そして、また渦の方向を指さした。

「渦に入った!」

 そこでうなずき、また渦の方向を指さし、その指を大きく回して今まで座っていた椅子を指さした。

「渦に入って出たら、このダンジョンギルドだった!」

 そこで俺は大きくうなずいた。

「イチローさんの国のダンジョンの深部にあった渦を抜けたらこのダンジョンギルドの渦から出てきた。そういうことですね!」

 再度俺は大きくうなずいた。

「それでよくこの国の言葉が話せないにしても、分かりますね?」

 もっともな疑問だ。

 俺はそこで、場違いにも被り続けていた白銀のヘルメットを何回か指さした。

「かなり派手なヘルメットでおかしいなーと思っていたんですが、言葉を理解する魔道具だったんですね!」

 今度も俺は大きくうなずいた。

 しかし、ちょっとのことを伝えるだけでも大変だ。それでも伝えることができたのは白銀のヘルメットのおかげ。



「イチローさんがこの国の出身じゃないとすると、この国のお金はお持ちじゃないですよね?」

 この国のお金はもちろん持っていないのだが、もしかしたら?

 

 ちょっと前手に入れていた大金貨を出してみるか。

 俺は1枚だけ防刃ジャケットのポケットに入れていた大金貨を出してジェーンさんに見せた。

「これは! ベズレ大金貨」

 ベズレ大金貨? ジェーンさんの反応からするとすごいものだったようだ。


 白銀のヘルメットといい、大金貨といいあつらえたようにあそこにあった。俺はすごく運がいいんだ。と、単純に喜んでいていいのだろうか?


 喜ぼうと警戒しようと世の中何も変わらないので『ぼくは幸福だった』と、喜んでおこう。あとで何か不都合が起きたらそれはその時の俺の責任で処理すれば済むこと。


「これはどこで?」

 どこでと言われてもダンジョンと答えたいが、この世界だかこの国の言葉でどういっていいのか分からない。

 仕方ないので俺は気持ち渦のある方向を指さした。

「やはりダンジョンの中ですよね」

 俺はそこでうなずいた。

「これは希少価値がある金貨なんですが、市中ではおそらく使用できません。

 こちらで買い取りできますが、いかがします?

 ここでの買い取り代金は王国金貨150枚なんですがそれでよろしいですか? ちなみにオークションに出せば王国金貨200枚で売れると思います」

 買い取ってくれるならありがたい。相場の話などよそ者の俺にする必要ないのにしてくれたということは誠実さのアピールなのだろう。


 いずれにせよ好感は持てる。それにここで使えるお金が無いとさみしいものな。

 俺はうなずきで答えた。

「わかりました。

 少しお待ちください」

 ジェーンさんは大金貨を持って席を立って部屋を出てしばらくして戻ってきた。


 ジェーンさんが席について少しして扉が開き、お盆を重そうに持った女性が入ってきた。

 お盆の上には金貨らしき筒が6本立っていた。

「金貨150枚です」

 俺は頭を下げて、その中の1本を防刃ジャケットのポケットに入れて、残りはリュックの中のタマちゃんに預けた。


 フィオナはおとなしくしているものの、リュックのポケットから頭を出して俺の顔を見上げている。



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