第176話 渦
大ヘビの部屋の先の部屋には階段があったのだが、上り階段だった。
どういうこと?
考えるのは後にして、まずは赤く点滅する床の罠を全部解除した。
こんなところに上り階段があったけど、これを上るとあの27階層に出るんだろうか?
27階層からこの階層へは渦経由だった。
ここにきて階段ということは……。
手に入れた核の数は6個。時計を見ると時刻はまだ8時20分。
上ってみるか。
階段の数を数えながら上っていったところ、だいたい60段だった。
本当は正確に数えた方がよかったのだが、別のことを考えているうちに分からなくなってしまった。
階段の数が60段ほどだったということはサイタマダンジョンの延長と考えてもいいかもしれない。
階段を上がった先はこれまでの石組の部屋と同じような石室だった。
部屋の形は正方形で、俺の背中側の壁に俺が上ってきた階段が開いていて、正面と左右の壁の真ん中に各々1つずつ扉がある。
あらためてディテクトトラップを意識したわけではないが、前回の効果がまだ続いていたようで3つの扉の前の床が各々赤く点滅していた。
これはかなりエグイ。向こう側から入ってきたら踏み抜く可能性が高い。
順にトラップを解除してまずは右手の扉に手をかけた。
フィオナはリュックのポケットに入っているようなので、扉に手をかけた俺はそのまま押し開いた。
扉の先の部屋の中にモンスターはいなかった。
そこは26階層の石室とそっくりな20メートル四方ほどの正方形の部屋なのだがあそこの石室と違って俺の立っている入り口以外には扉はなかった。
床の上が数カ所赤く点滅していたほかに、床の上にじかに鞘に入った短刀というかナイフ、それにかなり大きな金貨が5枚ほど落ちていた。
罠を解除してナイフを拾い、鞘から出して鑑定してみたところ『片刃のナイフ』だった。
今回も見ればわかる程度の情報しか得られなかった。
そのナイフは刃先が上に反ったところが特徴的で、切れ味はかなり良さそうだ。
タマちゃんに預けておいた。
拾った金貨は見た目通りずっしり重く鑑定したところ『大金貨』ということが分かった。
1枚はお守りのつもりで防刃ジャケットのポケットに入れて残りはタマちゃんに預けた。
俺の鑑定指輪、金色の宝箱に入っていたはずだけど、もう少し何とかなりませんか?
階段のある部屋に戻って、階段の正面にある扉に手をかけて押し開いたところ、ここも20メートル四方くらいの石室で扉の正面の壁に黒い渦が巻いていた。
部屋の中には渦以外何もなく、赤い点滅は見えなかったけれどディテクトトラップの効果切れの可能性もあるので念のためディテクトトラップを意識してみたが赤い点滅は現れなかった。
渦は後回しにして最後に残った部屋を調べてみることにした。
扉に手をかけ押し開くと、部屋の真ん中に金色の宝箱がひとつだけ鎮座していた。
この部屋の中にも赤い点滅が見えなかったので念のためディテクトトラップを意識してみたが赤い点滅は現れなかった。
金色の宝箱は縦横高さ50センチくらい。結構大きいが宝箱に擬態していたモンスターに比べればだいぶ小さい。
それでも用心して近寄ったところ噛みついては来なかった。
宝箱を持ち上げることはできなかったが、宝箱を開ける魔法を意識したら蓋がちゃんと開いた。
宝箱の中に入っていたのは銀色のハーフタイプのヘルメットだった。
材質的には白銀のメイスの材質に見える。
期待はしていないが、鑑定してみたところ『白銀のヘルメット』だった。
俺の鑑定眼は鑑定指輪に匹敵すると考えていいのだろうか?
鑑定指輪の鑑定力が俺程度と考えた方がいいのだろうか?
多分後者だな。
これが呪いのアイテムだったら明らかに罠だ。
しかし赤く点滅してるわけでもないので罠ではないはず。
ということなので、この白銀のヘルメットになにがしかの効用があるだろうと思った俺は、被っていたフルフェイスのヘルメットを取って白銀のヘルメットを被ってみた。
被ってはみたものの何の変化も感じなかった。
いや、アゴ紐など付いていない白銀のヘルメットなのだが、頭にぴったりなじんで外れる感じではない。
少し怖くなってヘルメットを持ち上げたら簡単に外れた。
マジックアイテムに違いない。
今のところ、頭にぴったりフィットしているだけだが、何かの拍子に何かの効用が現れるかもしれない。
しばらく白銀のヘルメットを被っておくことにしてフルフェイスのヘルメットはタマちゃんに預けた。
この部屋は入り口の扉しかなかったのでこの先はない。
結局この階層は4部屋しかなかったことになる。
文句を言いたいわけではないが、わけわからんな。
先に進むには渦に入ってみるしかないけれど、下から上がってきたわけだから目の前の渦は上の階層につながってるような気がする。
意を決するというほどではなかったが、俺は真ん中の部屋に戻って渦の中に進んでいった。
えっ!
俺の目の前に、どこかで見たような風景が広がっていた。
俺ってあの世界に戻ってきたのか?
俺がぼうっとしていたら後ろから追突された。
とっさに脇へよけ日本語で「すみません」と謝ったら、怪訝な顔とセットで「どけよ、ボケ!」と、革鎧を着て大きなリュックを背負ったいかつい男が日本語でも俺がいたあの世界の言葉でもない言葉で俺に怒声を浴びせた。
男の格好は俺がいた世界の傭兵たちの格好に酷似していた。
少なくともここは地球ではない。
それよりなんで俺がそんな言葉を知っていたのだろうか?
謎ではあるが今はそのことをありがたく思っていよう。
俺の背後の渦に同じような風体の男たちが順に入っていく。
おそらく渦の先はさっきと違うダンジョンだ。
俺は男たちの流れが途切れたところでその渦に入った。
渦の先は予想通りさっきと違うダンジョンだった。
背後の渦から横に避けて周りを観察する。
見た目はサイタマダンジョンの2階層。1階層からの階段下の空洞だ。
リュックを背負った男たちが黙々と空洞に開いた坑道に向かって歩いている。
再度俺は渦をくぐってダンジョンから出たところ、やはりさっきの世界だった。
邪魔にならぬようすぐに脇に退いて改めて周りを眺めたところ、そこは石造りの相当広いホールのようだった。
アーチ形の天井を2列に並んだ石柱で支えていて、石柱の先の広間の正面は両開きの大きな扉が開け放たれて並んでいた。
ホールの左右の壁はカウンターからなる窓口になっていて、男女がリュックから荷物を取り出してその上に並べていた。
俺の後ろの壁の真ん中には黒い渦が巻いていて、その左右は人型の石像が並べられていた。
石像のモチーフはおそらくこの世界の英雄なのか神さまなのだろう。中には羽の生えた女性像もあったのでやはり神さまの石像かもしれない。
ここっていわゆる冒険者ギルドじゃないか?
一番近くの窓口に近づいてよく見たら、窓口の上にプレートが貼られ文字が書かれていた。
いかんせん何も読めない。
ホールの中の人の話し声は聞き取れるのに。
俺がいたあの世界でも俺は文字関係はほとんど仲間に任せていた関係で全然読めなかったから同じようなものだけど、しばらく日本で生活していたのですごく不便に感じる。
それはそうとして、すごく周りの視線を感じるのだが?
俺自身慣れ親しんだ風体の連中を眺めていたので失念していたが、彼らから見た俺の姿はまさに異様だろう。
少なくとも目立つ白銀のヘルメットはとらないと。
急いで俺はヘルメットを取って、リュックを床に置きその中にしまった。
それだけで俺への視線がずいぶん減った。
そのかわり、今まで耳に入っていたそこらの連中の話し声が何を話しているのかさっぱりわからない雑音になってしまった。
これは?
因果関係をたどれば白銀のヘルメットを外したことが原因だろう。
目立っても仕方ない。
俺はリュック(タマちゃん)から白銀のヘルメットを受け取りかぶり直したところ、周囲の声が意味のあるものに変った。
白銀のヘルメットは翻訳ヘルメットだった!
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