第165話 ゴールデンウィーク5、地図
午前中の続きで川のそばに転移し、そこから1時間ほど川に沿って下っていったら、滝に出た。
滝の高さは30メートルほど。
滝からの流れがその先ずーと続いていた。
滝の左右はそれほど急な崖ではなかった。
崖の近くまで張り出していた木の枝が邪魔だったのでウィンドカッターで適当に払ってやって崖下の地面を見たところ木々の葉っぱに隠れて地面の状態が分からなかったので転移は無理だ。
下の状況が分からない以上飛び下りるのもリスキーだ。
格好は悪いが、崖の端から手をついてそこから俺は安全靴と防刃手袋で適当にブレーキをかけながら滑り降りていった。
安全靴の方は何ともなかったが、防刃手袋の表面が傷んでしまった。
表面だけなので防御力にはあまり影響はなさそうだが買い替え必至だ。
予備買っておけばよかった。
崖の下の地面は岩の表面が崩れてできた大粒の砂だった。
そこから先は下り坂になってそのうち平地になった。その辺りの地面は普通の森の地面だった。
滝からの流れの脇に広がる林の中を下流に向かって歩いていき、10分ほどで少し大きな川との合流点に到達した。
その川がゆっくり東に向かって流れている。
流れはほとんど蛇行せずまっすぐ続いていたがその先は見えなかった。
気球か何かで上空から見てみたいものだ。
館に帰ったら、アインに地図がないか聞いてみるか。
あれだけの数ののっぺらぼうを揃えていたんだから、館の周辺以外もちゃんと調査している
可能性は高い。
もし地図があるようなら俺の現在形の作業が実物を見たという意味しかなくなるので、いったん調査を中断して、館の書斎に戻ることにした。
書斎に転移して、リュックを下ろして椅子に座りアインを呼ぼうと呼び鈴を鳴らした。
やっぱりアインは20秒でやってきた。
「アイン、ここの周辺というか、ここがどういった場所なのか分かるような地図はないかな?」
『前のマスターが調査した時の物があったはずです』
やはり地図を作っていたか。ありがたい。
『お持ちしますのでそこの扉から隣のお部屋でお待ちください』
出口に向かって右の壁の扉をアインは左手で指した。
前回試した時扉は開かなかったが今回はすんなり開いた。
扉の先の部屋には大型の丸テーブルが真ん中に置かれ周りに席が10個ほど並べられていた。
アインは5分ほどして筒を持って帰ってきて、その中に巻かれて入っていた大判の紙を抜き出した。
アインはテーブルの上にその紙を広げて着ていた服の中から取り出した4個の文鎮で紙の角を抑えた。
アインが広げた大判の紙はもちろん地図で、その中にさつまいものような島?が描かれていた。
さつまいもの上から3分の1あたりに丸印がつけられていた。
丸印の近くに海に通じる河らしきもの、その手前に崖を表しているいるようなギザギザが描かれていた。
ギザギザはだいたい直径10センチの円。
丸印はそのギザギザの端辺りになる。
河の方は、島の中心からギザギザの脇を通って北側の海に繋がっていた。
俺が見た湖は丸印に飲まれてしまっているのか描かれていなかった。
「この丸印が、この館か?」
『はい』
「方向はどうなっている?」
『館の門はこの地図の下側を向いています』
ということは門の向きを南と考えれば普通の地図と同じだ。
「これって、縮尺は?」
『300万分の1だと思います』
ということは1センチが30キロか。
さつまいもは長い方で90センチ、短い方で60センチ。
実寸では2700キロ×1800キロ。
大陸とまでは行かないかもしれないが大陸に準じる広さがある。
ここは崖のうえ、直径10センチ=300キロの台地の隅辺り。
さっき見た川はずっとむこうで滝になっているのだろう。
ここから海まで600キロ。
簡単にたどり着ける距離じゃないな。
「アイン、ここは島ということでいいんだな?」
『はい』
「つまり周りは海?」
『はい』
「その先の地図は?」
「地図はこの1枚だけでこの先の地図はありませんでした。
この地図を作るための下書きの地図が数十枚あったはずですがそれも見つかりませんでした」
丸印からそれほど離れていない場所にゆらぎがあるはずなのだがそれらしいマークは記されていなかった。
日本にダンジョンができたのが俺の生まれた年、16年ほど前なので、ゆらぎもその時できたのだろう。
しかし、この館ができたのが16年前という感じは全くしない。少なくとも100年は経っている。
「アイン、1年という概念はあるのか?」
『はい。30日を1カ月、12カ月を1年としています』
1時間に多少のずれがあるかもしれないが、地球の1年と、ここの1年はそれほど違いはないと考えてもいいだろう。
「ところでアイン。
アインはこの館ができた時には生まれていたのか?」
『はい。この館の建設もお手伝いしました』
「この館ができて何年くらい経つんだ?」
『あと数日でちょうど600年になります』
アインは600年以上動いているのか。人類の技術ではまだ不可能だろうな。
「そう言えば前のマスターがここを去ったのは何年前だ?」
『148年前になります』
「前のマスターがここを去る前に何か言い残してはいないか?」
『前のマスターが去っていった前日、この館をわたしに任せるので、今マスターがはめている銀の指輪をはめた者にこの屋敷を譲るようにと託されました』
なんだかすごい話だな。
主人がいない150年近く、アインたちはこの館を守り続け、たまたま通りすがりの俺が前の主人の指輪を見つけたから俺がここの主人になったのか。
「地図を見た限りでは町などはこの島にはないようだが、どこかにあるか?」
『この地図ができた当時、町を形成するような
「この地図っていつ頃できたんだ?」
『580年前から10年かけて完成したと思います』
「えーと、アイン。お前の言う前のマスターって?
ここから去ったマスターとこの館を建てたマスターは同一人物だったのか?」
『はい。
わたしのマスターは前のマスターと今のマスターふたりだけです』
前のマスターってここを去った時の年齢は少なくとも450歳。それって人間じゃないのは確かだ。
まあ、こんなところでのっぺらぼうではあるがロボットを作り館を建てたわけだからただものではないことは確かだが、一体何者なんだ?
「そう言えばアイン、お前は文字が読めるのか?」
『いいえ読めません』
黄色い紙に書いてあったメッセージが読めればと思ったが無理だったか。
「アインは前のマスターがどこに行ったかは見当つかないんだよな?」
『はい。
ただ前のマスターは元の世界に必ず戻ると言っていました』
「元の世界? ってことは前のマスターはもともとこの世界の者じゃなかったのか?」
『分かりません』
前のマスターがもともとこの世界の住人ではなかったとすると、ここを去ったということは元の世界に戻った可能性が高いってことだ。
元の世界に戻るために研究と実験を続けて、そして実験が成功してここから去った。と、いうストーリーだな。
となると、前のマスターとその部下たちがこの世界にはいない=本人たちないし子孫は存在しない。と考えていいだろう。
580年前にはこの島に人に類するものは住んでおらず、前のマスターが消えた150年前まで、今現在人の痕跡がこの館周辺に何もないということは現在までこの地に人が訪れたことはないということなのだろう。
この世界に前のマスターと関係ない人間が住んでいたとして、500年以上もあれば
ただ、あの崖を上るのはよほどの理由がなければ上らないのも確か。
とにかく夏休みにならないと身動きできないな。
しかし、人間というか知性ある生物がもしいたらどうするんだ?
26階層のゆらぎに到達するのは至難だが不可能ではない。
将来的には確実に到達するだろう。
冒険者なら27階層の探索、すなわちこの島の探索を行なう。それも組織的にだ。
この島に知性ある生物が住んでいる場合、俺のようなイレギュラーではなく人類が異文明と初めて接触するファーストコンタクトが発生するわけだけど、大丈夫なのだろうか?
「だいたいのことは分かった。
地図はいったん片付けておいてくれ」
『はい』
アインは文鎮をポケットに入れ、地図を丸めて筒の中にしまい会議室から出ていった。
俺は何だか精神的に疲れたので、書斎に戻って椅子に座り少し休憩した。
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