第164話 ゴールデンウイーク4、館3
翌日。
館の前の主人の実験室の中に金色の巨大な球体が鎮座していた。
球体内部に人が入っていけるような作りになっていたのだが、なんだかヤヴァそうな感じがしたので、中を調べなかった。
「アイン、この金色の球体は何なんだ?」
「この装置を使い前のマスターと部下の方々がこの館から去りました」
おっ! これって転移装置なのか?
「今でもこの装置は動くのか?」
「動くかもしれませんが、わたしでは動かし方は分かりません」
なるほど。館の主人が最先端の装置を使用人に懇切丁寧に教えるとは考えられないものな。
だからと言って俺がいじってしまうと、無反応くらいならまだいい方で、とんでもないことが起こる可能性の方が高いだろう。
鑑定指輪ははめたままだったので、その装置を鑑定した結果。
『未知の装置』ということだけ分かった。
予想通りの鑑定結果で逆に安心した。
他の装置や部品らしきもの何個か鑑定したがどれも前置詞『未知の』が付いていた。
結論として、
『未知の~』=『何もわからない』ということを強く実感してしまった。
とりあえずここには役立ちそうなものは何もないようだ。
「アインありがとう。
案内はもういいから休んでいてくれ」
『マスター、食事はいかがなさいます?』
食事を作ってくれるのか。
食べられないようなものが出てきたら嫌だが、どんなものが出てくるか見てみるか。
12時頃用意してくれればいいんだが、時計はあるのだろうか? 無くても太陽が昇っているんだから正午くらいは分かるよな。
「食事の用意をしてもらえるのはありがたいが、もう少し後だな」
『何時になりますか?』
なんだ、時間と時刻があるのか。
しかしどう表現すればいいんだ?
「アイン、時計を持っているのか?」
『はい』
アインはポケットから懐中時計を取り出して俺に見せた。
見た目は短針、長針付のアナログ時計で秒針は付いてなかった。
「俺の頭の中の時間は、1日24時間、1時間は60分、1分は60秒なんだが、その時計で言うとどうなる?」
『長針は60分で1回転しそれが1時間になります。その長針が24回転すると短針が1回転し、それが1日になります』
「今は何時だ?」
『8時25分です』
腕時計を見ると8時25分だった。
たまたまなのだろうが、ちょっとびっくりだ。
「じゃあ、12時に頼む。
どこに行けばいい?」
『館内にいらっしゃれば12時にお迎えにあがります』
「了解」
アインは一礼して実験室から出ていった。
根拠は今のところないのだがアインの言う1時間と俺の1時間に誤差がないような気がするので、12時=だいたい正午近くまで館の周りを見て回ることにした。
実験室から門の前に転移した俺は堀に沿って館を半周してみたところ、堀の水はどこかから運河で引かれて、そこに帰っていくようにその運河に平行なもう一本の運河で流れ出ていた。
俺は運河の先を確かめることにして、運河沿いに歩いていった。
2本の運河は途中まで並走していたのだが500メートルほど進んだところで左右に分かれていた。
どっちに向かってもよかったが上流側の運河を遡ることにして、俺はそっちに向かって歩いていった。
分岐個所から1キロほど運河に沿って歩いた先にあったのは向こう岸まで2キロはありそうなかなり広い湖だった。
ここの水も何かの効用があるかもしれないと思って鑑定したのだが、結局はタダの水だった。
湖の水は池の水と違いやや濁っていて岸から離れると底は見えなかった。そのかわり、50センチほどの魚が何匹も泳いでいるのが見えた。
鑑定したところ、マスだった。
こんなところで泳いでいるマスなのでただのマスではなくそれなりの効用を持ったマスかもしれないが、手に持ってちゃんと鑑定しなければ名前以上のことは分からないようだ。
10年間を越えるあっちの生活のおかげで魚の解体というか下ごしらえくらいはできるのでそのうち捕まえてやろう。
湖畔の砂地を歩いていたら、湖から川が流れ出ていた。
川の終点にはきっと海があるよな。
俄然やる気が出てきたぞ!
海があるならおそらく雨も降る。その結果川ができる。
いままで雨に降られたことはなかったが、空にはちゃんと雲も流れているわけだし、雨が降ってもおかしくない。
雨が降るとなると、俺の半地下要塞はマズいよな。屋根はあっても扉もなければ窓もない。何とかしないと。
ドアとサッシ窓をホームセンターで買ってきてそれに合わせて窓枠を作れば何とかなるか?
しばらくは、ブルーシートで凌ぐか?
ブルーシートの扉と窓か。かなりシャビーな感じが出るだろうなー。
それでなくても……。
俺はそんなことを考えながら川岸に沿って川を下っていった。
道はないし、川岸は歩きづらいのでそれほどスピードは出ない。
20分ほど川を下ったら館からと思われる運河の合流地点に出た。
その辺りまで来ると川幅が少し広くなって川らしくなってきている。
そこから30分ほど川岸に沿って歩いていたのだが川幅はだいぶ広くなったものの丸石だらけの河原らしい川岸は現れていない。
今現在も川の流れはすごく穏やかだし雨が降ったとしても大水が発生するほどの大雨にならず、丸石もできないのだろう。(11:30)
腕時計を見たら11時半だった。そろそろ、館に戻るとするか。
俺は書斎に転移して呼び鈴を鳴らしたら、前回同様20秒ほどでアインが現れた。
「アインいま何時だ?」
アインは懐中時計を見て、
『11時35分です』と、答えた。
俺の腕時計も11時35分だった。
アインの時刻と俺の時刻は一致してるとみて当面は大丈夫そうだ。
『マスター、少し早いですが食事にしますか?』
準備ができているなら、食べてしまった方がいいだろう。
「じゃあ、用意を頼む」
『食堂にご案内します』
タマちゃん入りのリュックを肩から降ろして手に持ちアインの後に続いた。
アインに案内された食堂は1階で、大広間に近い1室だった。
10人分以上席のある縦長のテーブルの端の主人席に座らされた。
タマちゃんの入ったリュックは俺の足元で、フィオナは俺の右肩に止まっている。
テーブルには真っ白いクロスがかけられていて、真ん中に数輪の花が生けられていた。
アインが一礼して食堂から出ていき、しばらくしてアインとは別ののっぺらぼうがワゴンを押して食堂に入ってきた。
着ている服が白っぽいので、エプロンを身に着けている感じかもしれない。
給仕のっぺらぼうが俺の目の前のテーブルに料理の載った皿を置いていく。
厚切りのハムステーキに目玉が1つの目玉焼き。
見た感じはおそらくコーンスープ。
グリーンサラダ。
ハッシュドポテト。
そしてバターロール。
それに何が入っているのか分からないが小さなツボがふたつ。
残念ながらフィオナ用の食べ物がないかと思ったのだが、小さなツボにはバターとおそらくイチゴのジャムが入っていた。
料理の内容は日本のものとほぼ同じ、食器類もオーソドックスな皿にナイフとフォークとスプーンだった。
俺がいたあの世界でもこういった料理や食器関係で地球との差はほとんどなかった。
有難いことではあるが、そういった食文化的類似性はまさに謎だ。
出されたものが毒ってことはないだろう。さすがに鑑定は失礼だし、お腹の調子が悪くなったとして解毒もあるから何とでもなる。
それでもフィオナに食べさせるイチゴのジャムだけは鑑定してやった。結果はただの『イチゴジャム』だった。
なにがしかの効能付きかと思ったのだがそうでもなかったようだ。
イチゴジャムのツボを横に置いたところでフィオナが俺の肩から飛びあがってツボの前に下りて手と顔を突っ込んだ。
フィオナは放っておいて大丈夫だな。
『いただきます』
俺は最初にスープをスプーンですくって口に入れた。
見た目通りのコーンスープだった。
やや味が薄いと感じたが、マズいわけではない。
ハムステーキはやや塩味が強かったが、生野菜のサラダと一緒に食べたらちょうどよかった。
目玉焼には味付けされていなかったので、これもハムと一緒に食べたところ、ハムの塩味がちょうどよかった。
パンをちぎったところ、まだ温かく柔らかだった。
ハッシュドポテトにはケチャップがかかっていた。
ケチャップがあるとは新鮮な驚きだ。
ハッシュドポテトに限らずポテト系にはケチャップがあうよな。
満足アンド満腹の昼食だった。
フィオナもすっかりお腹いっぱいになったようだ。
顔と手がイチゴジャムでベチャベチャなのでリュックからタオルを取り出して少し水をしませて拭いてやった。タオルはそのままタマちゃんクリーニングに預けた。
俺がナイフとフォークを置き食べ終わったところで、のっぺらぼうの給仕は皿などをワゴンに片付けてくれた。
それからお湯が入っていたらしいポットにお茶をいれ、しばらくしてカップに注いで俺の前に置いてくれた。
20分ほど食事に時間をかけたのだが、ワゴンから出されたお茶は熱かった。
俺がお茶を飲み終えたところで、のっぺらぼう給仕がお茶のポットを持ち上げた。
お茶のお代わりがいるか聞いているようだ。
「ありがとう。これで十分だから」
俺の言葉を理解したようで、のっぺらぼう給仕はポットを置いてカップをワゴンに片付けて一礼してワゴンを押して食堂から出ていった。
そろそろ俺も午前中の続きをするか。
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