第160話 氷川涼子16
[まえがき]
前話でタマちゃんとフィオナがしゃべってしまった部分を修正しました。原因は作者の勘違いです。申し訳ありません。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
火曜の授業をこなし、翌水曜日は国民の祝日。
氷川との約束の日だ。
準備を終えた俺はリュックにタマちゃん、右肩にフィオナを乗せて転移した。
転移した先は専用個室。
今日は氷川と移動するので、改札を通るためカードリーダーに冒険者証をタッチして俺がセンターに入ったこととダンジョンにこれから入ることを記録させた。
そのあと1階層の渦の少し先に転移した。
約束の時間から10分ほど早かったが、渦の前に少し歩いていくと氷川が立っていて、すぐに俺に気づいて小走りにやってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「今日は10階層でいいよな?」
「それで頼む」
そこからふたりで階段小屋まで歩いていき、改札を通って階段を下り、いつも通り転移でショートカットしながら10階層に20分ほどで到着した。
その途中27階層?の話を氷川にしておいた。
「昼は27階層で食べよう。
果物だけはあるからな」
「いまから楽しみだな」
久しぶりにディテクター×2を発動してターゲット向かって無駄なく移動していき、氷川は鋼棒による物理攻撃に魔法を織り交ぜて無難にモンスターをたおしていった。
魔法の威力も明らかに増していた。
まさに女魔法戦士だ。
見た目が華麗な分だけ俺よりカッコいい。
ちょっとだけ癪に障るな。
午前中手に入れた核は142個。
戦闘時間が短くなった分だけ多くモンスターを狩ることができた。
「氷川。午前中はこれくらいにしてそろそろ昼にしよう」
「もうそんな時間か」
氷川が俺の手を取ったところで
「1階層にはこういった森はなかったが、やはり違うんだな」
「太陽があるからここが地上なのか区別できないんだけどな」
「確かに」
「今まで一度もモンスターを見ていないから、ここがダンジョンなのか新世界なのかわからないが、ここでは今のところダンジョンのモンスターは見ていない」
「ほう。
となるとますます新世界っぽいな」
後ろを振り返った氷川が今度は要塞前の果樹と野菜を見て、
「ホントに見事に実が生ってるな」
オレンジとグレープフルーツは灌木と呼んでいいくらいまで大きくなって予想通り実が生っていた。
「それで、その先の屋根が見えてるのが長谷川の家なのか」
「見事なものだろ? 俺の半地下要塞だ!」
「半地下は分かるが要塞って、何を塞いでるんだ?」
「あのなー氷川、要塞というのは男のロマンなんだよ。
女にもロマンがあるだろ?」
「いや」
「そうかよ」
「要塞はどうでもいいが、よくこんなのを作ったなー。当然ひとりで作ったんだよな」
「木材の加工は全部タマちゃんがやってくれたんだ」
「とても信じられんな」
「中に入ってみよう。悪いが入り口で靴を脱いでくれよ」
「日本式だな」
「まあな。
なんでこうしているかというと、俺の部屋からたまにここに転移でやってくるからなんだ。
こうしておけば部屋同士が繋がったようなものだろ?」
「確かに」
階段を下りて靴を脱いで部屋の中に入った。
「適当に荷物を置いて、そこの椅子に座っててくれ。お茶の準備をする。
緑茶でいいよな?」
「それでいい。何か手伝うことはあるか?」
「氷川はお客さんだから、自分の食べる弁当の用意でもしたら座っててくれていいから」
「すまんな。
ハンモックを吊っているということはここで寝泊まりしているのか?」
「寝泊まりする気になればできるけど息抜きに来てたまに横になって揺れている」
「実に贅沢で、うらやましいな」
俺も荷物を置き、それから台の上のポリタンクからヤカンに水を入れて食器棚の上に置いたガスコンロの上に置き火を点けた。
お盆をその隣に置いてコップを2つ並べて緑茶のティーバッグをそれぞれに入れておいた。
お湯が沸くまでに俺はザルを持って上に上がって、桃と梨とリンゴをひとつずつ。イチゴ10粒摘んでザルに入れ、ウォーターでざっと水をかけて洗っておいた。
お湯が沸いて少し冷めたところでコップに注ぎお盆をテーブルの上に置いて氷川にコップをひとつ差し出した。
「すまんな」
「それじゃあ食べよう」
氷川の向かいに座った俺はいつもどおりのおむすびで、氷川は例の大型おむすびだ。
お茶を一口すすった氷川が目を丸くした。
「このお茶、うまい。
このティーバッグは高級品だったのか?」
「いや。スーパーで買った普通のお茶だ。
淹れた水のおかげだと思う」
「水が違うのか?」
「そこの池の水だ。
鑑定したところ名まえは『治癒の水』だった」
「ほ、ホントなのか? いや、ホントなんだよな」
「うん。
それでいちおうダンジョン庁にも知らせたんだよ」
「ほう」
「それでダンジョン庁で効能を調べたところ、点滴したあと何回か飲んだら末期癌が治ったそうだ」
「ホントかそれ? いや、長谷川がウソ
しかし、そんな貴重な物昼食のお茶に使ってていいのか?」
「貴重かもしれないが希少ではないからな。そこの池一杯にあるわけだから」
「そう言われるとその通りではあるが」
氷川は今度は池の反対側を見て、
「しかし、ここから見える外の景色は果樹園だな」
「50メートル四方の果樹園を2面作って、まだ1面しか果樹は生えていないんだ」
「そんなに作ってどうするつもりだ?」
「実は、果物にも野菜にも特別な力があるんだ」
「特殊というと?」
「基本は元気が出る、いわばスタミナの効果だ。
後は、傷の回復、ヒールだな。
そして病気の快復、キュア。
最後に解毒。
今のところその4つだ」
「とんでもないものを作ったんだな」
「たまたまだけどな。
デザートで出してやるから食べてみてくれよ。
そういった効能を忘れるくらいにおいしいから驚くぞ」
その言葉を聞いたからではないのだろうが、結構速く氷川は特大おむすびを食べ終えた。
俺はまな板の上で果物ナイフを使い、まずはリンゴと梨をそれぞれ8等分して皮をむいて芯を取り、リンゴと梨をそれぞれ4切れずつ2皿に入れ、1皿をフォークを添えて氷川の前に置いた。
「食べてみろよ」
「ひと切れが大きいな」
「最初の頃よりひと玉も大きくなってるかもしれない」
「いただきます」
氷川は最初に梨にフォークを突き刺して口に運んだ。
「なんだこれ。
梨は梨だが今まで食べたことのある梨と全然違う。
甘くてほんのり酸っぱくて、何よりみずみずしい!」
喜んでくれたようで何より。
席についた俺は皿の上のリンゴにフォークを突き刺して口に入れた。
リンゴもうまい!
しっかりした歯ごたえがあるくせにすごくみずみずしい。蜜が入っているわけではなかったが甘い。
「すごくおいしいのだが、食事の後これだけの量はさすがに多かったな」
氷川の皿にはリンゴと梨がそれぞれ一切れずつ残っている。
俺は何とか食べ終えたが、お腹いっぱいだ。
桃とかイチゴもあるがもう出せないな。
「タマちゃんに食べてもらえばいいだけだから、無理することはない。
荷物になるが何個でも摘んで持っていってくれていいからな。
そう言えば氷川はお爺さんおばあさんと住んでるって言ってたよな?」
「よく覚えていていたな」
「まあな。
年寄りはいろんなところが弱っているだろうからちょうどいいんじゃないか?」
「そうだな。あとで遠慮なくもらっておくよ」
「そうしてくれ。
空いたペットボトルがあれば、水も持っていってくれればいい。
そこのポリタンクから入れれば簡単だ。
そっちは癌に効くことだけは今のところ分かっているが、ほかの病気にも効くと思うぞ」
「そうだな。
ペットボトルを空にしても持っていった方がいいな」
「そうしてくれ。
今果物なんかを摘んでも荷物になるから、午後からのモンスター狩が終わって帰りにここに寄ってからの方がいいな」
「そうだな」
後片付けはタマちゃんに任せた。
テーブルの上に出ていたものが全部タマちゃんの中にいったん吸収されて、皿などはきれいになって食器棚にしまわれていく。
「長谷川。お前のスライムどうなってるんだ?」
氷川が驚くのも無理はない。
全自動ハウスキーパー、タマちゃんだからな。
しばらく椅子でお腹が落ち着くのを待ってから午後からの準備を整え、俺たちはまた10階層に戻ってモンスター狩を再開した。
「氷川の魔法は俺に比べれば威力は低いが、その分丁寧に鋼棒の動きとも絡めて魔法を使ってるよな。うまいって感じだ」
「そうか? なんだかうれしくなるな」
「これなら24階層までは苦戦はないと思うぞ」
「25階層は厳しいか?」
「25階層の通常モンスターは今の氷川で十分たおせると思うが、アリの大群がタマに現れるんだ。数が多いから大火力で一掃しないと結構大変だ」
「なるほど」
「しかし、25階層でも24階層でもそんなに核の値段に差があるわけじゃないから24階層で十分だろう。
そこらで鍛えていれば、魔法の威力も上がりそうだしな。
現に今の氷川の魔法の威力は最初と比べて5割程度は上がっている感じがするし」
「そうだな」
「そのうちクロ板が売り出されて、ほかの冒険者も魔法が使えるようになるんだろうけど、魔法戦士の第一人者として後輩をコーチしてやればいいかもな」
「魔法戦士の第一人者かー」
おっ! 氷川のヤツまんざらでもないようだな。
機会があったら、河村さんに、氷川こそ魔法戦士の第一人者だと宣伝しておこう。
実際、魔法を取り混ぜた氷川の攻撃を見ているとそれなりのノウハウがあるようだしな。
午後は休憩を何回か挟んで4時までモンスター狩をした。
午後から手に入れたモンスターの核は139個。
一日を通して284個の核を手に入れた。
10階層のモンスターの核はたしか9万円から10万円だったので2500万円以上の金額になるはずだ。
「それじゃあ、一度俺の半地下要塞に寄ってから戻ろう」
「ああ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます