第159話 ダンジョン農家2。おすそ分け


 ダンジョン管理庁の河村さんの上司ふたりと会い、100リットルの水を買い取ってもらった翌日の日曜日。


 治癒の水が100リットルもあれば当面足りるだろうから水商売はちょっと間が開くだろう。

 

 それでもポリタンクだけは用意しておこうと思った俺はフィオナを肩に乗せ朝も早よからタマちゃんをスポーツバッグに入れてホームセンターに転移した。


 これまでと同じ20リットル入りの物を5つ買っておいた。

 その5つで20リットル入りのポリタンクは売り切れてしまった。

 俺にとっては人気商品なので、すぐに入荷するハズだ。

 ほかに果物の収穫用に浅めの収穫コンテナというプラスチック製のカゴを何個かと、少量果物類を摘むためにザルを一つ買っておいた。


 買い物を済ませた俺はそのまま半地下要塞に転移して朝食の支度を始めた。

 支度と言っても湯を沸かしてお茶を淹れるだけだ。


 皿の上にサンドイッチと調理パンを出し、フィオナ用に桃の皮をむいて実を小さく切って皿の上に置いた。

 お茶の用意ができたところで『いただきます』


 ここでの朝食はいつもこの形だ。


 朝食を食べ終え、フィオナの顔と両手を拭いて最後にお茶をもう一杯飲んでからこの日の作業を始めた。

 今日の作業は開墾だ。

 新たに50メートル四方の果樹園を作る。

 とは言っても一度やったことのある作業なので、時間がかかるだけで何も問題はない。

 将来的には大農園にしたいところだ。


 タマちゃんに森の木を根っこから吸収してもらい、その跡を埋めたり掘ったりしていきそれが終わったらレーキで整地していく。

 力と根気と体力さえあればだれでもできる簡単な仕事サ。


 言葉にすればその通りなのだが、それなりに大変だった。

 一度やったことのある作業なので前回よりも格段に作業スピードは増してその分作業負荷も増した。

 結構なトレーニングになる。


 トレーニングと開墾が同時にできるなんて素晴らしいことなんだろう!

 心にもないことをブツブツ言いながら作業を続け、昼の休憩を挟んで2時には作業を終えた。


 後は種を蒔くだけなのだがまだ種はない。

 どうせ育てるならジェニュインにしたいので、まずは苗木を買ってきてそれが実をつけ、その実から採集した種を植えなければいけない。


 今の苗木は1世代だけ立派な実ができるように改良されているらしいので、種が採れる品種は限られるみたいだ。

 今回ホームセンターで買ってきたリンゴ、ミカン、梨、桃。どれも採った種からちゃんとした苗木ができたことは奇跡だったのかもしれないし、不思議パワーでムリムリちゃんとした苗木に育ったのかもしれない。

 おそらく後者のような気がする。

 となれば、手間は少し増えることになるが何も考えることなく、オレンジとかグレープフルーツとか実を買ってきてそれから種を採ればいいことになる。

 これだな。うまくいったら儲けものだし、失敗したらまた別の方法を考えればいい。


 開墾作業の終わった俺は、ウォーターの魔術で手を洗ってからスポーツバッグを持ってうちの近くのいつものスーパーに転移した。


 果物売り場に並んでいたオレンジとグレープフルーツを種が入っていますようにと祈りながら何個か買った。


 半地下要塞に戻って皿の上にオレンジを1個載せて手で分解していく。

 ミカンと違ってオレンジの皮をむくのは難しくふさを採るのも難しい。

 その結果両手と皿の上、テーブルの上、いろいろグチュグチュになってしまった。


 一度外に出てウォーターで手を洗い、皿とテーブルはタマちゃんに掃除してもらった。

 そのあとの種採りは前回同様タマちゃんに任せた。


 その結果、オレンジの種が3つ、グレープフルーツの種が4つ採れた。

 採種用のオレンジとグレープフルーツを作るだけなのでどちらも1本育ってくれれば十分だ。

 なので一番大きい種を1つずつ選んだ。


 そのあと、半地下要塞前のリンゴの木の隣りにオレンジとグレープフルーツ用に土を耕して種を埋め、上からヤカンで『治癒の水』をかけておいた。如雨露じょうろを用意した方がよかったか?


 明日の学校帰りにここに顔を出すつもりだが、そのころには立派な苗木に育っていろよ。


 午後からの余った時間。

 そう言えばと思いだし、リンゴと梨と桃をかなりの数摘んで、タマちゃんに預け、半地下要塞に置いているお盆を持ってフェアリーランドに転移した。


 周りは一面の花畑。

 この前来た時と同じように真っ白な綿雲がぽっかり浮かぶ青空の下で妖精たちが飛び回っている。

 俺の右肩に止まっていたはずのフィオナはいつのまにかいなくなっていた。


『ゆうしゃさま。いらっしゃい』

「今日はおいしい果物をみんなに持ってきたんだ」

『ありがとうございます。でもくだものはおおきすぎてわたしたちではたべられません』

「小さく切ってあげるから食べられると思うよ。フィオナもそうすれば食べられるから」

『それならたのしみです』

「タマちゃん、もしかして果物を体内で小さくできるってことないかな?」

 そう聞いたらタマちゃんが震えた。

「それなら、頼んだ。でき上ったらこのお盆に入れてくれ。量は山盛りになるくらいは必要だろうな」

 タマちゃんが一度震えて3ミリ角くらいになったリンゴがお盆の上に山盛りになった。

「どうぞ」

『ありがとうございます。

 みんな、おいしそうなくだものをゆうしゃさまがもってきてくれましたよ』


 お盆に妖精たちが群がった。

 その妖精たちの中にどう見てもフィオナが混ざっていた。

 みんなと遊んでいるつもりなんだろうな。


 両手にひとつずつ果物を掴んだ妖精たちは入れ代わり立ち代わり皿の上の果物を持っていくので見る見るうちに果物の山が小さくなる。フィオナもいつの間にかどこかに飛んで行ってしまって見えなくなった。

 そのうち皿の底にたまった果物の汁に手を突っ込んで飲み始める妖精も出始めた。

 ほとんどリンゴがなくなったところで、今度は梨を小さくしてもらった。

 お盆が小さな梨のサイコロで山盛りになった。

「今度は梨だよ。さっきのリンゴとは違う味だけどおいしいよ」

 すぐに妖精たちが集まってきて梨を掴んで飛び去って行く。

 あっ! またフィオナだ。

 フィオナも梨を片手に1個ずつ掴んでどこかに飛んで行ってしまった。


 梨がなくなったあとは桃だ。

 これもお盆に山盛りになったところでみんなを呼んだら妖精たちが集まってきた。

 もれなくフィオナが付いてくるようで、またまたフィオナは桃を2つ掴んでどこかに行ってしまった。


 お盆の中の桃も無くなった。

「これくらいでだいじょうぶかな?」

『はい。もうじゅうぶんです』


 右の耳元に風が当たったのでそっちも見たらフィオナが俺の右肩に止まっていた。

「フィオナも満足したか?」

 フィオナがニッコリ笑った。満足したようだ。

「それじゃあ帰るか」

『ゆうしゃさま、フィオナ、さようなら』


 俺たちはうちの玄関前に転移した。



 うちに帰ってスマホで累計買い取り総額を見たらちゃんと10億円増えて224億9523万7000円になっていた。


 夜になってスマホに着信があり開けてみたら氷川からのメールだった。

『ギリギリになって申し訳ないが、29日の祝日一緒に潜らないか?』と、いうものだった。

 もちろんオーケーして、8時に渦の先で。と、返信しておいた。


 しばらくして、今度は斉藤さんからメールが届いた。

 ゴールデンウィーク中は都合がつかなかったので、来月月末の日曜に一緒に潜ってくれとのメールだった。

 こっちもオーケーして、9時に渦の先で。と、返信しておいた。



 そして月曜日。

 授業を終えた俺は、その足で昨日蒔いた種を見るために半地下要塞の前に転移した。


 オレンジとグレープフルーツはちゃんと苗木に成長していた。

 明日には実が生ってるだろうな。

 俺はバケツで池から水を汲んで苗木にかけてやり、余った水はイチゴとトマトとナスビにかけてやった。

 イチゴとナスビは株がそれなりに大きくなっているが異常というほどではない。しかし、トマトがかなり大きくなっている。

 俺の背丈を優に超えて、実も房に生ってぎっしりだ。風もほとんどない空洞内なので直立しているが、支柱を立てたほうがよさそうだ。

 この新世界だか超大空洞に四季があるのか今のところ分からないけれど、この野菜たち一年草なのだろうか? どうも多年草というかどこまでも大きくなっていきそうな気がしないでもない。


 池とは反対側の果樹園の方も順調で、まさに実がたわわ。


 明後日は祝日で氷川と潜る約束だったから、昼食の時にでもここに連れてきてやろう。

 氷川が驚く顔が今から楽しみだ。




[あとがき]

すっかりフェアリーランドのことを忘れていた作者なんですが、フェアリーランドに果物届けたら喜ばれるでしょうというコメントをいただき急遽おすそ分けに跳んでいきました。

さらに、マズいことに260話辺りの状況と勘違いしてタマちゃんが普通に会話してました。ご指摘を受け急遽修正しました。

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