第158話 顔合わせ


 治癒の水用のポリタンクをホームセンターで5つ購入してうちに戻り、夕食まで宿題をしたり風呂に入ったりした。


 夕食を終えて2階の自室に戻り宿題の続きをしていたら、河村さんからメールが届いた。

 メール内容は、

 まず今回の20リットルの『治癒の水』と果物の礼のあと、『治癒の水』については1リットル当たり1000万円をダンジョン収益として支払うとのことで、今回の20リットルについては週明けの月曜の午前中に2億円振り込まれるということだった。

 今のところ果物類については価格が未定なので今回の果物についての代金は当分先になるとのこと。

 そして、河村さんの上司が俺に会いたいと言っており、サイタマダンジョンセンターに出向くので休日でも構わないので俺の都合のいい日を教えてくれということだった。

 河村さんの上司と会うことについてはかなり面倒だけどお得意さんでもあるし会わないわけにはいかないよなー。

 俺は果物については『試供品』と思ってくれればいいとし、俺の都合のいい日は明日の土曜は午前中だけだが学校がある日なので、明日の午後2時以降か明後日の日曜の8時以降として返信した。

 そうしたら5分くらい後に、明日の午後2時、管理棟の1階で待っていると河村さんからメールが届いた。


 園芸農家になったと思ったのだが、俺は水売り屋(注1)に家業を変更することになった。



 翌日。

 授業が終わり、掃除も終えて時刻は午後1時。

 約束の時間は2時なので俺はいったんうちに戻って着替えてからからダンジョンセンターに行くことにした。


「ただいまー」

『お帰りなさい。

 ご飯の用意はできてるわよ』


 この前デパートで買った普段着に着替えた俺は、1階に下りて、今日の昼食のチャーハンを食べた。

「急いで食べてるけど用事でもあるの?」

「ちょっとね。

 それじゃあ、ごちそうさまー」

「この前買ってきた服を着ているし、デートなの?」

「デートではないよ。間違いなく」

「まあいいわ。気をつけて行ってらっしゃい」


 親は年頃の娘のことは心配するのだろうが息子のことはあまり心配しないよな。

 特に俺みたいに品行方正で親孝行な息子だと心配する必要など全然ないものな。


 時刻は午後2時10分前。

 まだ時間に余裕はあったのだが、うちの玄関を出てそのままダンジョンセンター管理棟の横に転移して玄関に回ったら、改札の前に河村さんが立っていた。


「長谷川さん、わざわざありがとうございます」

「いえいえ」

 入館カードは用意してあったようで、すぐにふたりして改札を通ってエレベーター前に行き開いていたエレベーターに乗って上の階で降りた。


 河村さんに案内されて入ったのは応接室で、中におじさんがふたりいた。

 そのふたりは俺が部屋に入ったところで立ち上がった。

 河村さんの上司ということはキャリア官僚の管理職。結構偉い人だと思うがそれなりに腰が低いらしい。

 俺はなぜか居丈高だった向こうの世界の官僚たちのことを少し思い出した。


「特殊空洞管理庁管理局企画課課長の小林です。よろしくお願いいたします」

「どうも長谷川です」

「おなじく課長補佐の山本です。よろしくお願いいたします」

「どうも長谷川です」

 ふたりから名刺をもらったのだが俺は名刺など持ってないのでそのままだ。

「どうぞおかけください」


 勧められるままにソファーに座った。

 俺の向かいにふたりのおじさんがすわり、河村さんは立ったままだった。


 官僚社会のヒエラルキーを垣間見た気がしたと思っていたら小林課長が俺に向かって話し始めた。

「今や冒険者の第一人者となられた長谷川さんにぜひお話をうかがおうと思いまして、お忙しい中お越しいただきありがとうございます」

「学校のある時間は外せませんが、ない時間はそれほど忙しいわけでもないので」

 社交辞令に真面目に答えてしまったが、こういったところは初々しさの演出としてはそれほど悪くはないだろう。


「それで、さっそくなんですが、先般持ち込んでいただきました『治癒の水』の効能が思った以上だったもので、逆に問題が出ておりまして」

 あれ? 何かマズいことでも起こったかな?

「病院での効能テストの結果があまりに良いもので、『治癒の水』が底をつく勢いなんです」

 そっち方向なら問題ないな。

「どの程度必要ですか?

 100リットルくらいならすぐ用意できますよ」

「ホントですか?」

「もちろんです。ネックは容器だけですから。

 いま100リットルと言ったのも空容器が100リットル分あるからで、1キロリットル分の空容器があれば1キロリットルも1時間もあれば池から汲めると思います」

「なんと」

「今までの買い取りのようにしてもらえれば気が向いたときにある程度容器に汲んで専用個室に置いておきますよ。

 いくらなんでも1キロリットルは要りませんよね」

「そうですねー。

 先ほどおっしゃられていた100リットルをいただければ当面問題ないと思います。

 それほど遠くない将来には上限なしで買い取れるように対応を考えてみます」

「お願いします。

 100リットルについては今日の夕方までに汲んできてわたしの専用個室に置いておきます」


 100リットルで10億円か。水汲み5回で10億円。

 水汲み5回で10億円……。

 頭の中でしばらくリフレインした。


「長谷川さん、冒険者を続けておられて何か困っていることとかありませんか?

 こちらで対応できることなら善処します」

 やけにサービスいいな。

 特に困ってはいないんだよなー。

 あっ! そうだ。

「27階層の広さですが、見当もつかないほど広いし、ゲートキーパーがどのあたりにいるのかも見当がつかないので今は探索せずに畑仕事してるんですが、果物とかの買い取りはいつ頃からになりますか?」


 俺がそうたずねたら、山本課長補佐が答えてくれた。

「果物類についてはテストがあまり進んでいないため、まだ先になると思います」

「分かりました」

 河村さんのメールに書いてあったのと同じだった。

 広大とは言えないが俺の果樹園、ちょっと先走ったかな?

 暇だったからなー。

 木に生っている分は傷まないようだから問題ないか。

 もう一面果樹園を作ってオレンジとかグレープフルーツを作ってもいいな。

 どこかの飲料品会社と提携してジュースにして売り出してもいいし。


 後聞いておくようなことってなかったかな?

 逆に俺に質問することないか聞いてみるか?


「えーと、ほかに何かありますか?」

「長谷川さんは魔法封入板を見つける前から魔法をお使いのようでしたが、どこで、どのような形で魔法を習得されたのですか? もちろんここでの話は口外しません」

 これって話していいものなのだろうか?

 真面目に答えたところでどうせ信じてもらえないだろうし、証拠は俺が魔術を使えることしかない。

 いや、魔術を使えることは大きな証拠なのか?

 俺がどうしようかと悩んでいると小林課長がそれに気づいて、

「おっしゃりたくないようでしたら結構ですので」と、言ってくれた。

「秘密ってことじゃないんですが、信じられないような話なもので」

「了解しました。

 今日は本当にありがとうございました」

 目の前のふたりが立ち上がったところで話は終わったようだ。


 俺は河村さんに見送られて、1階の改札を出た。

「長谷川さん、今日はありがとうございました」

 頭を下げる河村さんに、

「それじゃあ。うちに帰ってから水を汲んできます」

 そう言って俺はうちの玄関前に転移した。


 タマちゃんにスポーツバッグに入ってもらった俺は自分の部屋から直接半地下要塞に転移して、そこでバケツと漏斗を追加で持ってサンダルを履き、桟橋まで行った。


 タマちゃんからポリタンクを全部出してもらって順に池の水をバケツに汲んで入れていった。

 100リットル汲むのにそれほど時間はかからなかった。


 治癒の水で満杯になったポリタンクは全部タマちゃんに預けた。

 バケツと漏斗をもとあった場所に置いて、タマちゃん入りのスポーツバッグを持って専用個室に転移した。

 それからタマちゃんから受け渡してもらってポリタンクを床の上に並べ、並べ終えたところで係の人を呼んだ。

 係の人は最初から台車を押してやって来て、ポリタンクを台車に乗せて帰っていった。

 10億円の仕事とすればチョロかった。



 うちに帰ってスマホで累計買い取り額を見ると河村さんが言っていた20リットル分の2億円増えて、214億9523万7000円となっていた。


 累計買い取り額は明日には10億円増えて224億9523万7000円になるわけだ。

 俺は実際問題どこに向かっていくのだろうか?



注1:水売り屋

デューン(砂の惑星)で水売りが出てくるんですが、水売りがスースースークという声を出して売り歩くと巻頭の用語集に書いてあり、宇宙時代、水=スイなのかと感心しました。何の脈略も関連もありませんが思い出したもので。

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