第149話 案内


 防具だけは身に着け、タマちゃんを入れたリュックを背負って河村さんとの約束の8時5分前に専用個室に転移した。

 今日はフィオナはお留守番だ。

 今日の俺は左手の中指に最初から鑑定用の金の指輪をはめている。


 河村さんも防具と武器を身に着け、リュックを背負っていたので、話しだけではなく直接見たいという意思表示なのだろう。


 お互いのあいさつの後、俺の方から河村さんに実物を見せますから、27階層に転移します。と言って手を差し出したところ、

「よろしくお願いします」

 と言って河村さんが俺の手を取った。

「長谷川さん、武器はいいんですか?」

「武器は必要ない感じの場所なので。

 それじゃあ、転移します」



 俺は分かったような分からないような顔をした河村さんを連れて池の前に転移した。



「えっ! ここって1階層じゃ?

 でも、ここは森の中。それに太陽!

 ここはダンジョンの中なんですか?」


「26階層のゲートキーパーを撃破したら渦があってそこを抜けたらこの空間に出ました。

 正直なところ、ここがダンジョンの中なのか、そうじゃなくてどこか別の世界なのかは分かりません」


 河村さんが太陽のある空とその先の森を見て、リュックからカメラを取り出し池の方向に向けてシャッターを切った。


「いいところでしょう?」

「は、はい。

 この池の水全部が、お話にあった『ケガが治りそうな特殊な水』なんでしょうか?」

「『ケガが治りそうな特殊な水』だと長いので簡単に『治癒の水』と呼んでるんですが、水は区別できないのでおそらく全部『治癒の水』だと思います」

「サンプルを持って帰ってもいいですか?」

「もちろんです」


「急だったものでサンプル用の容器がなくってペットボトル持ってきちゃいました」

 と言って河村さんは地面に置いたリュックから2リットルのミネラルウォーターの空ペットボトルを出し、池に身を乗り出して、

「きれいな水」「透き通ってる」「ペットボトルが浮かんでうまく水が入らない」とか言いながらペットボトルに池の水を採集し始めた。


 後ろを振り返ったら、桃も梨も昨日よりさらに二回りくらい大きくなって、立派な実が生っていた。

 畑の周りにはハチが2、3匹飛んでいた。

 ちゃんとここを見つけてくれたようで何より。


 野菜の方も立派な実が生っていた。

 しかも蕾もあれば、小さな実も生っている。

 その中で成熟したイチゴの実は真っ赤だし、鈴なりに生ったトマトも真っ赤。

 ナスビは濃い紫。

 予想通りとは言え驚きだ。


 葉っぱもみずみずしいし、水をやらなくてもいいみたいだ。

 トマトなどは支柱が無いと倒れそうなものだが、風もほとんどないおかげか、ちゃんと自立している。



「な、なんですか!?」

 水を採集し終わった河村さんが今度は、畑を見て悲鳴のような声を上げた。

「うわっ! 小屋も建ってる!」

 俺の半地下要塞を小屋とは失礼な。

 誰が見ても小屋なんだけどな。

 河村さんはここでも何枚か写真を撮った。


「昨日苗と苗木をホームセンターで買ってきて植えてみたんです。

 じっと見てたら大きくなるのが分かるくらいの速さで大きくなったんですよねー」

「たった1日で。

 ということは1階層のレモンより速いってことですよね」

「そうみたいです。

 小屋の方は2日半かけて建てました」

「ひとりで、たったの2日半。

 まあ、長谷川さんですからね。ハハハ」

 河村さんが乾いた笑いをあげた。


 俺の方はさっそく生った実を鑑定してみることにした。

 まずはイチゴ。

『活力のイチゴ』

 次にトマト。

『活力のトマト』

 そして、ナスビ。

『活力のナスビ』

 野菜類はどれもスタミナ系だった。


 次は桃だ。

『活力と癒しの桃』


 梨は『解毒と癒しの梨』だった。

 野菜より果物の方が高級ということだろう。


 では実食。

 ナスビは生で食べられないことはないのだろうが、料理に使った方がいいよな。


 まずは俺に向かって食べてくれー。と、言っているイチゴから。

「食べると活力の出る感じがするイチゴです」

 2粒とってウォーターの水で軽く洗って1粒をへたを持って自分に口に、もう1粒は口をあんぐり開けていた河村さんに渡した。

 この口は驚いて開けた口で、口の中に入れてくれとの催促ではなかったと思う。


 甘ーい。


 かなり大きなイチゴだったので3口で食べた。

 これは、効用がなくても売れるな。


「おいしー」

 河村さんもイチゴを食べて口が左右に下がっていた。

 こういうのがほっぺたが落ちるっていうのだろう。


 次はトマト。

 真っ赤に熟れたこぶし大のトマトを2つもぎ取ってひとつを河村さんに。

「これも食べると活力がでるトマトです」

 

 俺がガブリとかじってみた。


 トマトも果物みたいに甘かった。


 桃は皮付きでも食べられるそうだが、やはり皮はむいた方がいい。梨はむかなくちゃな。

 いま包丁も果物ナイフもないんだよな。


「河村さん。ナイフ持ってませんか?」

「は、はい」


 ナイフを受け取り、リュックの中のタマちゃんに言ってまな板を出して地面に置いてまずは梨。

 まな板を地面の上ってどうなのよ? と、言われればあまり見てくれのいいものではないが、下草は生えているし。

 だって、テーブルとか何もないんだもの、しょうがないじゃない。

 釘もあればタマちゃん製材所もあるので後でテーブルと椅子を作ろう。


 俺が梨を切ろうとしたら、河村さんがわたしがやりますと言ってくれたのでナイフを渡した。

 河村さんはまな板の前で正座して梨を8等分して皮をむいて、どうぞと言ってくれたので向かいに座って梨を食べた。元が大きかったので、ひと切れもずいぶん大きい。


 口に入れたところ、甘い上にみずみずしー!


 これもたまりません。

 元の品種もそれなりのものだったんだろうが、何の手間もかけずにできた梨なのにこんなにおいしいって、反則級だ。


 河村さんは梨をおいしそうに食べながら片手を頬に当てている。


 半分の4切れ食べたらお腹がいっぱいになってしまった。

 もう桃は無理だな。

 河村さんもなんとか4切れ食べ終わった。

「桃はもう食べられませんね?」

「もう無理です」


 それじゃあということで地面の上に置いていたまな板をタマちゃんに収納してもらった。


 しばらくして、

「これらの野菜と果物をサンプルにもらっていっていいですか?」

「もちろんいいですよ。

 適当に摘んで持っていってください。

 俺もうち用に持って帰ろ」


 桃を3個に梨を3個。イチゴとトマトとナスビを各10個。

 河村さんも同じくらい摘んで、イチゴはタオルに包んでリュックに入れていた。

 俺はタマちゃん収納だから傷む心配はない。


 そのあと、河村さんが26階層のゲートキーパーについて聞いてきたので、25階層からの階段下から、ゲートキーパーのいた場所にたどりつくことはかなり厳しいし、まかり間違えれば遭難して帰れなくなるといった話をした。


 実際あの距離を歩くわけにもいかないので、ゲートキーパーの部屋だけは見せてあげることにした。

「とりあえず、ゲートキーパーのいた部屋を見てみます?」

「は、はい」


 俺は河村さんを連れて26階層のゲートキーパーのいた大広間の渦の前に転移した。


「ホントに渦だ!」

「ちょっと仕掛けがあったんですが、とにかくゲートキーパーをたおしたらこの渦が現れました。

 それで、こっち側から渦に入ると、さっきの大空洞に出るんですが、裏側から入るとダンジョンセンターに出ます」

「そ、そうなんですか」

「はい。

 入ってみますか?」

「はい。

 その前に写真撮ってしまいます」

 ここでもパシャリ。


「こっち側から渦を抜けるとすぐ前に改札がありますから、改札は抜けずにUターンします」

「分かりました」


 河村さんと一緒に渦の裏側に回って、河村さんを前にして渦に入った。


「うわっ! センターの中だ!」

「あの部屋から来た道をたどって真面目に帰ることはかなり難しいのでダンジョンのサービスだと思っています。

 Uターンしてダンジョンの中に入って、それからあの場所に戻りましょう」


 もう一度渦の中に入って出た先はもちろん1階層だ。


 後ろの人の邪魔にならないように渦の前から横に避けて、そのまま人の少なそうな方向にふたりで歩いていった。

「ここらであの部屋に戻りましょう」

「はい」


 河村さんが俺の手を取ったところで、また26階層のうずの前に転移した。


「渦に入り直しましょう。

 さっきも言ったように、この渦をこっち側から抜けた先が本当に27階層なのかどうかは実際のところは分からないんですが、とにかくあそこ行ってみましょう」


 今度も河村さんを前にして渦をくぐった。


「大空洞に出た!」

 いちいち河村さんが驚くのがちょっと楽しい。

「俺たちがいた池のある空き地はその先の森の中です」

「なるほど。よくわかりました」

 河村さんはカメラをいろんな方向に向けてシャッターを切った。



「まだ数日しかここに来たことはないんですが、どうもここにはモンスターはいないようです」

「それって?」

「ものすごく広い土地が普通に使えるってことじゃないですかね。

 行き来できるのが俺だけなんだけど」

「ということは、実質的にここって長谷川さんのもの?」

「そうなんでしょうねー」

「ここが存在することすら誰にも証明できないわけですから、国の物だと言い張っても何も意味ないですものね」


「それじゃあ、池まで戻りましょうか」

「はい」

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