第144話 渦の先。


 渦を抜けた先には、見慣れたダンジョンセンターの改札機が並んでいて、改札機を抜けて俺の方に冒険者が向かってくる!


 ここってサイタマダンジョンセンターだよな?


 一瞬ボーっとしていたらダンジョンから出てくる冒険者に追突されそうになったので俺は慌てて避けた。


 何なんだよ。

 振出しじゃないか!


 あそこまでたどり着いてから引き返そうと思っても、俺のように転移を持たない冒険者ではそう簡単ではないのも確か。

 まかり間違えれば道に迷って遭難だ。

 そう言う意味では親切設計なのだが、27階層に行きたい俺はどうすればいいんだ?


 俺は渦の前に立っているわけにもいかないと思い、改札機の手前に転がっていたスケルトンの骨の欠片を拾ってから渦の中に入り直した。

 渦から出た先は見慣れた1階層だった。

 そこから人気ひとけのあまりなさそうなところまでとぼとぼ歩いて、そこでさっきまでいた26階層の渦の前に転移した。


 今までは26階層への転移は目印がなかったのでいつも階段下の石室だったが今回はちゃんとした目印があったのでうまく渦の前に転移することができた。


 そして今現在目の前で渦が巻いている。


 26階層が最深層で27階層ってないのだろうか?

 それなら罠の解除や罠を見つける魔法のクロ板は何の意味もないことになる。

 そこから考えるとこの階層が最深層のハズがない。



 俺は渦の正面に立って緑茶のペットボトルをタマちゃんから出してもらって一口飲んだ。


 ふー。

 

 じーっと渦を見ながら考えたのだが、この渦、表と裏ってどうなってるんだろう?

 1階層の渦も裏側は壁とか岩壁が邪魔で見たことないけど、俺の目の前の渦には両面がある。


 もしかして、もしかしたら渦にも裏表があるんじゃないか?

 もし、両側から同じところにつながっているとすれば出たところでなにがしかの問題が起こるような気がする。

 それではすごく不親切なので、裏表別々に行き先があるということはないだろうか?

 俺がさっき通ったのはダンジョンの出口の渦に直行。

 そして、その反対側から渦に入れば27階層へ直行するってことじゃないか? いや、単純な希望だけど。


 俺は渦の反対側に回って足元に転がっていた骨の欠片を拾って渦の中に投げ込んでみた。


 そうしたら、俺の投げた骨は見事に渦の中に消えていった。これで裏側もどこかにつながっているということだけはわかった。

 もちろんダンジョンセンターにつながっている可能性も否定できないし、まかり間違えればダンジョンセンターの壁の中、ということもあり得る。


 俺はその渦を試す前に壁に刺さったカギを引っこ抜いて回収したのだが、渦はそのまま健在だった。

 スイッチが入ったということなのだろう。

 それでは確かめてみるか。

 

 意を決した俺はカギをタマちゃんに預け渦の中に進んでいった。



 渦を抜けた先は青空の広がる大空洞だった。

 1階層? と一瞬思ったのだが、どこにも冒険者の姿はない。

 しかも1階層では茂みはあったが森とか山はなかった。

 ここでは森もあれば山も見える。

 そして何より、壁が見えない。

 さらに青空には太陽が浮かんでいた!

 そこで腕時計を見たら時刻は4時半だった。

 日の高さは今の時刻の日本の日の高さとほぼ同じだと思う。

 振り返ったところ、渦はあったが、渦の後方にも前方と同じ景色が広がっていた。

 ここは空洞ではなく別世界じゃないか?

 空洞ならば、太陽?のある超大空洞ということになる。


 ただ、物理的につながっているように見える階段でここに来たわけではないので実際のところここが27階層なのか、27階層をすっ飛ばしてどこか別の階層なのか、はたまた新世界なのかは分からない。

 なんであれここは俺にとっては新たな階層だ。



 いったん渦から出たのだが、渦に入り直すとどうなるか試してみた。

 そうしたらたらちゃんと大広間に出た。

 再度渦に入り直して、超大空洞? 新世界? に出て、今度は裏側から渦にはいったところ、同じく大広間に出た。

 今度は、自力で超大空洞の渦の前に転移してみたところ、ちゃんと転移できた。


 これは大発見だ。

 26階層の渦の前まで来られる冒険者はおそらくいないので、この超大空洞は俺の物だ!

 ワクワクが止まらない。


 しかし、一見別世界に見えるこの超大空洞?の中で次の階層に続く下り階段ないし新たな渦があるとしても、ここまで広いと簡単に見つかるわけがない。

 と、一瞬考えたのだが、ゲートキーパー探知機のフィオナが機能してくれさえすれば何とかなりそうだ。

「フィオナ、この階層のゲートキーパーの位置が分かるか?」

 右肩に止まったフィオナに聞いてみたのだが首をかしげていた。

 ゲートキーパー探知機でも探知できなかったか。

 こればかりは仕方がない。


 ゲートキーパー探しは後回しにして、俺はまず目の前に広がる草原の2キロくらい先から広がる森を目指すことにした。

 ここが27階層だと仮定した場合、それほど強力なモンスターは現れるとは思えないが、用心に越したことはない。

 26階層では出番のなかったディテクターだ。

 ディテクター×2。

 すっかり忘れていたが罠探知も使ってみるか。

 使い方はいつも通り、罠を意識すればいいんだろう。

 名まえはディテクトトラップでいいな。

 罠の存在を意識しながらディテクトトラップ!

 何も反応はなかった。

 こういったフィールド型のダンジョン内で罠があるとするとかなり難易度が高くなるので、罠がないのかもしれないが、渦から遠ざかると罠が仕掛けられている可能性も否定できない。



 ディテクター×2にそこそこ反応があったのでモンスターはいるようだ。

 今のところ見晴らしはいいので草むらの中にモンスターは隠れていることになる。

 ということは潜んでいるのは小型のモンスターということだ。

 一匹ずつ片付けておくに越したことはない。


 何が出てくるのか?

 俺は最初のターゲットに向かって駆けだした。


 そこにいたのは、陸ガメだった。

 カメは俺のことなど眼中にはないようで地面から生えていた草を食べていた。


 こいつはもしかして、モンスターじゃない?

 かかってくるようなどう猛さが無いとこっちから仕掛けづらいな。

 現在食事中だし。

 そう言えば今までモンスターが何かを食べているところに出くわしたことなど一度もないので、こいつは本物のカメの可能性が高い。


 どうも調子が狂ってしまった。


 俺はカメを見逃して次のターゲットに向かっていった。


 次のターゲットは夏毛をしたウサギで俺の気配を察したら草むらの中をぴょんぴょん跳ねながら逃げて行ってしまった。

 ここって、モンスターいないんじゃないか?


 そして次のターゲット。

 近づいていったら、バタバタと羽音を立てて飛び立っていった。

 公園で見たことがあるような、しっぽの羽が伸びた小型の鳥だった。


 うーん。どうもモンスターがいない。

 仕方がないので、ディテクター×2で捉えたターゲットは無視して森に向かって歩いていくことにした。


 草むらには結構鳥がいるようで、歩いていくと小型の鳥が何度か飛び立っていった。


 草むらを過ぎて森の中に入っていったところ、森の木々は雑木で、大木もあれば灌木もある。

 足元は下草の生えているところもあれば、何も生えていないところもあるが、そういったところは枯れ葉で覆われているので地面がむき出しになったところはあまりない。

 獣道のようなものも見当たらないので、全くの原生林といった感じがする。



 森に入って約1時間。

 森の中にぽっかり空き地が空いていて、その真ん中に池があった。

 

 のぞいてみたところ池の水は澄んでいたが、魚などは目当たらなかった。

 池だものな。


 時刻は夕方の6時。

 ちょうど日が暮れたようだ。

 池の周りの空き地はかなり広く、下草は芝生のような短い草だったので、今日はここでキャンプすることにした。



 今日のメニューは焼肉だ。

 さっそくモロモロをタマちゃんから出してもらって焼肉を始めることにした。

 焼肉の肉はカルビ、タン、ロースの3種類。200グラムずつ買っている。

 発泡スチロールか何かで出来た白いトレイの包装ラップを破って肉を並べて置く。


 ガスコンロにガスボンベをセットして、スキレットを置いた。

 後は箸とタレの取り皿だが、そういったものを買うのを失念していたので何かで代用しないといけない。

 箸はそこらの小枝をナイフで削れば簡単にできそうだったので、シャカシャカ削ってみたらそれらしい箸ができ上った。

 生木だったせいで少し曲がるのだが、肉はちゃんと摘まめたので、検品は合格だ。


 小皿の方はそうはいかないので何かないか探したものの適当なものが何もない。

 地味に困った。

 後ろを見たら、木の葉っぱでかなり広いものもあったのでそれで代用することにした。

 ガスコンロという文明の利器を考慮しなければ、ある種の原始生活だ。


 葉っぱをウォーターの水で軽く洗ってから振り回して水を飛ばしてやった。

 これで準備完了。

 焼き肉屋では確か肉をタレで漬け込んでいたと思ったが、そこまでしなくてもこの大自然***の中で食べればおいしいはずだ。


 少し暗くなってきたのでランタンを灯し、ガスコンロに火を入れた。


 頃合いを見てスキレットの上にロースを載せていった。


 ジュー。といういい音を立てる。

 これなら火はすぐに通る。


 即席の葉っぱの皿の上に焼肉のたれを垂らして、それから箸で肉をひっくり返し、火が通った順にタレに付けて食べていった。


 ウンマーイ。


 野菜ジュースをコップにとって、その中からスプーンですくったジュースをフィオナに飲ませてやる。


 一通りロースがなくなったところで次はカルビだ。

 カルビは焼肉の王さまなので心して食べなくてはならない。


 ジュー。


 タレを継ぎ足してカルビが焼き上がるのを待つ。

 できた端からタレに付けて食べていく。

 カルビの肉の部分もうまいが肉にくっ付いた脂がまた最高だ。


 心して食べたハズだが気付けばトレイの中には1枚しか残っていなかった。

 もっと買っておけばよかった。

 スキレットの上に残っていた最後のカルビを食べて次はタンだ。

 俺は残っていたレモンを別の葉っぱの上に絞ってみた。


 タンをスキレットの上に並べて焼き上がりを待つ。


 おそらく焼き肉屋のレモン味のタレはレモンだけということはないのだろうが、俺はレモンだけのタレというかレモン果汁を最初に焼き上がったタンにつけて食べてみた。

 確かに酸っぱいのだがこれはこれでうまい。

 次に焼き肉のタレに付けて食べてみた。

 これもうまい。

 しかし、さっぱり、という意味ではレモンの方が勝っている。

 どうも、ダンジョンレモンは味が普通のレモンと比べて丸い感じがする。

 刺激的に酸っぱいって感じじゃないんだよな。

 実は超高級レモンだったりして。


 タンも食べ終わった頃にはお腹いっぱいだった。

 1キロ近くの焼肉+野菜ジュースだもの。


 焼肉を堪能した俺は、箸と小皿代わりの葉っぱをタマちゃんに処分してもらい、スキレットの熱が冷めたところで、ほかの道具と一緒にタマちゃんにクリーニングしてもらってそのまま収納してもらった。


 時計を見たら時刻はまだ7時だった。

 空を見上げれば、空き地の形で夜空が広がっていて無数の星が煌めいていた。

 やはりここはダンジョンの中じゃなくって新世界じゃないか?

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