第142話 夢4。26階層7、ゲートキーパーに向かって2
俺は夢を見ていた。
久しぶりに向こうの世界の夢だ。
夢を見ていることが分かっているのだが、夢の中の出来事を現実と区別できずにいる自分を見つめている自分がいる。
その自分を見つめている自分がいる。
さながら合わせ鏡。
無限の自分がひとつ前の自分を見つめている。そんな感じだ。
訓練が終わったとみなされた俺は、上級騎士と2名の騎士に同行され王都を旅立った。
旅程は馬車を乗り継ぎ片道1カ月、往復で2カ月という話だった。
行き先は王国の南部。
そこに聖剣が眠る神殿があり、そこで聖剣を手に入れることが目的だった。
ただ、その神殿は王国が国教と認めているエノラ教の教会ではななく、アルサス神を
夢を見ている中で思い出したがアルサス神は賢者オズワルドが信じていた神だった。
確か英知の神だったような。
賢者にふさわしい神というところか。
まてよ。
魔族も何か信じていたと思ったが、何だったけなー。
夢の中でなんとか思い出そうとしたがこちらは全然思い出せなかった。夢なんだから思い通りにならないのが当たり前だ。
1カ月。馬車を乗り継いでやってきた王国の地方都市。
その街の役人に案内されて俺たち4人はその神殿に赴いた。
思い出した。上級騎士の名まえはハイマンだった。
ハイマンは弓術師イザベラ・ハイマンの実父だった。
なんで忘れてたんだろう。
そのハイマンが聖剣を譲り受けたいと神殿の偉い人、立派な法衣を着た神官と交渉した。
神殿の偉い人はそのときハイマンに「神剣ならあるが聖剣はここにはありません」と答えた。
「われらの欲しているのは、そなたの言う神剣だ。
ここに王からの書状がある」
「王からの命令というわけですか?」
「命令ではなく依頼だと思ってくれ」
「そうですか。
それで神剣を何にお使いなのですか?」
「悪を滅ぼす。そのためにわれらは神剣を求めている」
「悪とは?」
「人族に仇なす全てのもののこと」
「そうですか。
そう言う理由ならばお渡しできません」
「何?」
「何をもって、仇なすと言われるのですか?
人族にとって都合の悪い物を全て仇なす者として滅ぼすのですか?」
「もちろんそういうことではない」
その言葉を口にした時のハイマンの顔を俺は思い出せない。
「ここで言い争っても仕方ありません。
神剣はその持ち手を自ら選びます。
神剣を扱うことができるのならばお渡ししましょう。
扱うことができないようなら、諦めてください」
「わかった」
「ではこちらへ」
俺たちはその神官に神殿の奥の方に案内された。
案内された石室の中、銀色の鞘に収まった大剣が磨かれた石の台の上に置かれていた。
それが俺の聖剣エノラグラートとの出会いだった。
「どなたが試されるのですか?」
「この男だ。
イチロー、その剣を持って鞘から抜いてみろ」
ハイマンの言葉に従って俺はエノラグラートの柄に手を伸ばしそれを持ち上げた。
エノラグラートはずっしりと重い剣だった。
こんなに重い剣を俺は振れるのか?
そんな疑問、疑念が沸いた。
「イチロー、どうした?」
ハイマンの声にわれに返った俺は、鞘から大剣を引き抜いた。
大剣の剣身は氷のように鋭く冷たかった。
実際冷たかったわけではなくそう感じただけだ。
鞘をハイマンに渡した俺は、両手の中でずっしり重い大剣をなんとか振りかぶり、そして振り下ろした。
振り下ろした大剣を床に当てることなく止めることができたのは奇跡のようなものだ。
さすがに一振りしただけでは大剣を扱ったとはみなされない。
俺は大剣を下から斜め上に切り上げた。
大剣の剣筋はぶれることなく斜め上に切り上がっていった。
これも奇跡だ。
その時気づいたのだが、剣身から青みを帯びた光が出ていた。
そのことに気づいたら、両腕の中の大剣の重みがスッと消えた。
そこから後は、訓練通り大剣を扱うことができた。
そして、エノラグラートの輝きはますます明るさを増した。
「エノラグラートが持ち主を見つけたようです。
もう一度あなたのお名前をお聞かせください」
「イチロー・ハセガワです」
「ハセガワどの、
エノラグラートはあなたの物です。
お持ちくださって結構です。
ただし、エノラグラートを間違って使えば、エノラグラートはあなたを見捨てます。
神剣を扱いし者、勇者ハセガワ。そのことだけは覚えていてください」
聖剣エノラグラートを手に入れた俺は勇者になった。
2度寝というのか分からないが、2度寝から目覚めて時計を見たら午前4時だった。
老人でもないのに嫌に早起きになった。
さっきまで夢を見ていたはずなのだが、目が覚めたら全く覚えていない。
何だか得したような夢だったような。
そうでもなかったような。
少なくとも恋愛ものの夢ではなかった。これだけは確かだ。
すっかり目が覚めたので、これから眠る気にもなれず、俺は毛布から起き出した。
寝ている間に襲撃はなかったようで、石室の中はきれいなものだった。
それに徘徊中のモンスターがこの階層にいる感じはしない。
朝の支度を終えた俺は朝食をとった。
今日の朝食は、いつも通り買いだめてあるサンドイッチと調理パン。
飲み物だけはコンロにヤカンをかけて湯を沸かし、紅茶を淹れた。
やはりコンロは偉大だ。
昨日タマちゃんに収納してもらっていたレモンの半分から輪切りを2枚スライスして紅茶用にして今日もレモンティーにした。
もろもろを片付けて装備を整え、さあ出発だ。
時刻は午前4時半。
正午まで7時間半もあるから途中で小休止くらいはした方がいいだろう。
さー、頑張っていくぞー!
フィオナの案内に従ってはいるものの、行けども行けども同じ石室だ。
そのうち俺は同じところを堂々巡りしているような感じがしてきた。
それでもたまに爬虫類スケルトンが石室にいるので進んでいるという気をある程度取り戻すことができた。
こういうダンジョンって、どっちを向いているのかすぐわからなくなるし、自分のいる位置などすぐに分からなくなる。
そういった意味で洞窟ダンジョンよりはるかに難易度が高い。
河村さんが言っていた、自衛隊は26階層で探索を諦めたというのがうなずける。
俺にはフィオナがいるから無駄なく進んでいるはずだが、自衛隊じゃ電波も届かなければコンパスも使えないこんな場所だもの、悪くすればモンスター関係なく遭難だ。
しかし、そう考えると、26階層から一般冒険者がクロ板を回収することはかなり難しいってことだ。
今後クロ板の値段が高騰しそうな予感がする。
少なくとも短期間で暴落するということはないだろう。
などとたわいもないことを考えながら進んでいったが午前中ではゲートキーパーに至らなかった。
石室の隅っこで、コンロでお湯を沸かしながら昼食のおむすびを頬張った。
緑茶のティーバッグをカップに入れて少し冷ましたお湯を注ぐ。
今回はちゃんとお湯を冷ましたから、お茶の出がいい。
緑茶をすすりながら、次のおむすびを頬張る。
フィオナにはスプーンに取った野菜ジュースを飲ませた。
フィオナはいつも通り顔や手をびちょびちょにして野菜ジュースを飲んだのでタオルで顔を拭いてやった。
昼食を終えて支度を整え、午後からの移動を開始した。
何とか今日中にゲートキーパーを見つけたいところだ。
ただ、ゲートキーパーの居場所がこれまで通りの石室だった場合、出合頭に対面することになる。
出合頭に攻撃を受けた場合、俺はともかくフィオナが心配だ。
扉を開ける時にはフィオナには俺の肩からリュックの上、俺の背中の後ろに隠れさせよう。
あとは、撃破前の写真が撮れないことだな。
まあ、撃破後の写真があれば十分なのだが、せっかくなら、活きのいいところ写真にしたいって人情だ。
あまり意味のないことをブツブツ言いながら石室を横断していく。
やっぱり、ひとりでこんなことしてると独り言が多くなるよな。
あんまり独り言が多いようだと、精神分裂症になるんじゃなかったか?
一郎Aと一郎Bがどちらも譲らなかったら、困るものな。
いや、逆か。
精神分裂症の症状として、独り言が多くなるんだった。
いずれにせよ、もう独り言は止めよう。
などと、独り言を言っている俺がここにいる。
そういった俺をさらに別の俺が見ている。
あれ、この感覚。どこかで感じたことがある感覚だがアレはいつだったろう?
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