第140話 レモンの木。ダンジョン管理庁管理局企画課4
クロ板=魔法封入板の最低買い取り価格のメールが届いたことで気を良くしていったのだが、レモンの実のことを忘れないうちに連絡しておこうと思って、こっちから河村さんにそのことをメールしておいた。
急いではいなかったが、2階層のAランクチームへの開放についてもついでだったので書いておいた。
ダンジョン管理庁は今日は休みだったのかどうかは知らないけれど、俺が送ったメールにすぐに返事が返ってきた。
『ダンジョン内で植物の栽培を試みたことは今までなかったようです。
よろしければ、そのレモンの木を確認させてください。
長谷川さんのご都合のいい日時をお知らせください。
当方は明日でも構いません。
2階層のAランクチームへの開放については庁内でもたびたび話題になっているテーマですが狭い坑内での武器の取り回しが危険であるという理由で見送られています』
2階層のAランクチームへの開放はちょっと無理っぽいか。確かに2階層は坑道としても一番狭いわけだし、そこで複数が武器を振り回すのは実際危なっかしい感じがしたもんな。
レモンの木については思った通りの感触だった。木を見せるくらいなら30分もかからないから、明日にしてもらってその足でホームセンターに行って買い物しよう。
ということで、明日の8時30分、俺の専用個室で待っています。と返事しておいた。
しかし、明日は日曜なのだがご苦労なことである。
そして翌日。
タマちゃん、フィオナはお留守番だ。
タマちゃんを連れて行かないがリュックは買い物用に背負っている。
8時25分に専用個室に転移した。
そしたら、ちゃんと冒険者の格好をした河村さんが部屋で待っていた。
「おはようございます」
「今日はわざわざありがとうございます」
「さっそく行きましょうか」
「長谷川さん、武器はいいんですか?」
「行って帰ってくるだけですから。
それじゃあ、俺の手を取ってください」
ふたりでダンジョン入場のカードリーダーに冒険者証をかざし、
河村さんが俺の手を取ったところで岩棚に転移した。
「あっ! ホントにレモンが生ってる」
昨日見た時はまだ親指の先ほどの実だったが、今はまだ緑だがちゃんとしたレモンの形をした実になっていた。
植えたのが2日前でこれだ。
河村さんはカメラをリュックから出して何枚かレモンの木の写真を撮った。
「こんな岩棚に土があったんですか?」
「実はここに穴を掘って、階段小屋裏から土を取ってきて埋めたんですよ。
そこに苗木を植えました」
「しかし、なぜレモンだったんですか?
というか、なぜ木を植えようと?」
「ダンジョンの中は年中春のようなものだけど、花の咲く草木がないから植えたらいいんじゃないかって。どうせ植えるなら実のなる苗木ということで」
「それでレモンですか?」
「買いに行ったら実の成る苗木がこれしかなかったもので」
「これを植えたのはいつでした?」
「一昨日です」
「二日でこれですか」
「みたいです」
「これについては明日以降、専門家に見てもらおうと思いますがよろしいですか?」
「もちろんです」
「その時枝やレモンの実を採集してもいいですか?」
「どうぞ。
河村さんも試しにひとつ摘んでいったらどうですか?」
「じゃあ、ひとつ」
河村さんがレモンの実をひとつ摘んで、一度においをかいでからリュックに入れた。
「ここの正確な位置は分かりますか?」
1階層のマップを自分のリュックからだしてボールペンと一緒に渡してくれたので印をつけて返した。
そのあと河村さんが岩棚の端まで歩いていって下を覗き込んで、
「10メートルくらいですね。
これならだれか先に上ってロープを下ろせば登れるか。
分かりました」
「それじゃあセンターまでお送りします」
「それでしたら、この下まで下ろしていただけませんか。
専門家を案内しないといけませんので、わたしは渦まで歩いて帰ります」
「分かりました。
それじゃあ俺の手を取って」
河村さんが俺の手を取ったところで、岩棚から下に転移した。
「それじゃあ俺はここで」
「今日はありがとうございました」
河村さんを置いて俺は専用個室に取って返し、そこでカードリーダーに冒険者証をかざしてさっそくホームセンターの近くに転移した。
時刻はまだ9時前だったので人の数は少ないかと思っていたのだが、店内に入ると1階の食料品売り場には結構人がいた。
俺の目指すのはキャンプ用品売り場なので2階に上がっていった。
2階の階段口に置いてあったカートを押して天井からぶら下がっているプレートを見ながら奥の方に歩いていったら、園芸用品売り場の隣りがキャンプ用品売り場だった。
キャンプ用ガスコンロとガスカートリッジ。スキレットとかいうフライパンにダッチオーブンとかいう小型の鍋。そしてまな板。あとはトング。ステンレスのコップ、スプーン、ナイフ、フォーク。などなど。
2階のレジで精算してリュックに詰めた。
次は1階に下りて売り場の買い物カゴを持って食料品を見て回ることにした。
俺にできそうな料理は肉を焼くくらいなので精肉コーナーに回った。
焼肉がいいかステーキがいいか考えたのだが2泊3日なので焼き肉用の肉とステーキ用の肉を買った。
同じ売り場にステーキソースと焼肉のたれ、それに塩と胡椒が一緒に入った瓶を売っていたのでそれも買っておいた。
野菜も食べた方がいいと思ったのだが、面倒なので野菜ジュースで済ますことにした。
その後、緑茶のティーバッグと紅茶のティーバッグを買い物かごに入れておいた。
デザート用にきんつばが6個入ったパックがあったのでそれを買い物かごに入れておいた。
これだけあれば十分かな。
最後に混んだレジの最後列に並び、10分ほどで精算できた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の月曜日。明後日には新年度を迎える年度末。
河村久美はレモンの木について小林課長と課長補佐に報告した。
場所は管理局小会議室。
「……。そういう状況でした」
「河村くん、休みにもかかわらずご苦労さま。
しかし、長谷川くんは、次から次へと」
「ですがほんの数日で苗木が成木になって実ができるとは驚きましたね」
「いくらモンスターをたおしても次から次に湧いて出てくる世界だからそういうこともあるんだろうな。
しかし盲点だったな。
農林省に連絡して早急に専門家を寄こしてもらってそのレモンの木を見てもらおう」
「ダンジョンの中で異常な速さで出来たレモンですから何か特殊な効能があるかもしれないと思うんですが」
「そういったものは、単純な成分分析では分からんだろうな。
毒になるような成分が含まれていないようなら、試してみるのも手だな」
「それならわたしが試してみます。ひとつもらってきていますので」
「ダンジョン産の肉類に問題がないことは分かっているから、まず間違いはないと思うが検査の結果が出てから試してくれよ」
「は、はい」
「いずれにせよ追実験は必要だろう。各ダンジョンの1階層の広さは約75平方キロ。
試験農場として1ヘクタールくらい確保してみるか。
予算はないが、当面予備費で何とかなるのではないか?
うまくいくようなら補正予算にねじ込む」
「課長。まだ海の物とも山の物とも分かりませんし、ただのレモンですといくら収量が多くてもあまり意味はありません。
そういったものを事業化しては民業の圧迫にもなりかねませんから。
それに、ダンジョン内の土地を占有して使うとなると関連規則などの整備も必要になります」
「それもそうか。
だが、河村くんの言うように何かすごい効能でもあれば高額で売れるだろうから、事業化は簡単だぞ」
「それに期待していましょう。その場合は地方の閑散ダンジョンの振興を兼ねて事業化しませんか?」
「地方創生の一助になればそれにこしたことはないからな」
「それと、長谷川さんから2階層のAランクチームへの開放について提案されたんですが」
「確かに冒険者振興につながる施策ではあるが、狭い場所での武器の同時使用は危険だしなー」
「課長、魔法も解禁されるわけですし、この際小さな事には目を瞑ってしまいませんか?」
「ここのところ堅調に冒険者人口も増えているようだし、いささか乱暴な考え方ではあるがこの際進めてみるか。ただ、刃物の使用だけは禁止した方がよいような気もするが」
「制度変更ですからそういったところを来年度上期中に詰めて、下期を周知期間として再来年度に実施する感じでどうでしょう」
「その線でいってみるか。そのころにはわたしも異動していそうだがね」
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