第138話 哲学3人組ダンジョンデビュー


 春休み3日目。


 今日は鶴田たち3人と1階層に潜る約束の日だ。

 約束の時間は9時、場所は渦の先。

 専用個室に転移した俺は装備を整えた。クロは過剰装備なので最初からホルダーも着けてはいない。


 9時10分前。

 俺は昨日のレモンの苗木の様子を見るために専用個室から岩棚に転移した。

「あっ!」

 昨日の昼前に植えたレモンの苗木が大きくなって灌木になっていた。

 しかも真ん中が黄色い白い花がたくさん咲いていた。

 1階層には花粉を媒介するようなマトモな昆虫はいなさそうなので、俺が適当に指先に花粉をつけてめしべを触ってやった。

 この調子だと明日にはレモンの実が生っていそうだ。

 これっていいのか?

 レモンの苗木がたまたまこのダンジョンに適合して異常成長してしまったのか?

 謎だ。


 50個くらいレモンの花の受粉作業をしてから、渦から300メートルほど離れたいつものところに転移で現れた。

 そこから渦に向かって歩いていったら3人組はちゃんと渦から少し離れて、渦の方を見ながら並んで立っていた。


 3人はなぜかお揃いの防刃ジャケットを着て、そのほかの防具も同じに見えた。

 腰には3人とも俺が持っている小さい方のメイスと同じ型のメイスがぶら下がっていた。


 俺は後ろの方から3人に近づいていき、声を掛けてやった。

「長谷川、いきなりびっくりさせるなよ」

 後ろからの声に3人とも驚いてくれた。

 やった甲斐があった。


「3人とも合格したようでおめでとう」

「あれで落ちたら学校に行けないものな」

「鶴田の言う通り簡単すぎた」

「俺は頭より体ってところが気に入った。

 そう言えば『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』という言葉があるが、あの言葉の本来の意味は『健全なる肉体』には『健全なる精神』が宿って欲しいものであるという意味だったそうだ。

 肉体に限らず見た目は立派ではあるが精神が歪んだ者の多さを嘆いた言葉だったのだろう。

 そういう意味では今の世の中で膾炙かいしゃされた意味合いより元の意味合いの方が深いな」

「今本来の意味を初めて知ったが、そうなると確かに深いな」

「さすがは浜田。よく勉強しているな」

「たまたま講習の話で思い出しただけだ」


 相変わらずの3人だった。

「そう言えば長谷川。長谷川の冒険者証見せてくれよ」

「そうだったな」

 俺は首からネックストラップを引っ張って防刃ジャケットの中から冒険者証の入ったカードケースを取り出した。


「うおっ! 本物のSランクカードだ。

 疑っていたわけではないが、カードにも迫力があるな」

 カードに迫力があるとは俺には思えなかったのだが、坂田と浜田の2人も同意見だったようだ。

「しかり。

 サルトルは人間の行動や外見がその内面を形成するという考え方を示したが、これはその逆だな。いわば『内面の外化』だ」

「カードにまで影響が出るとは、長谷川の内面はどれほどのものか。想像すらできんな」

「それこそが弱冠16歳にも拘わらず長谷川がSランク冒険者であるゆえんなのだろう」

「納得だ」

「しかり」


「おーい。そろそろ行っていいか?」

「すまん、長谷川。自分がなぜここにいるのか忘れていた」

「俺もだ」

「この癖は直さないといかんな」


 俺はディテクターを発動してから3人を誘導して大空洞の真ん中方向に歩いていった。

 最初のディテクターの探査ではモンスターは見つからなかったが、2度目のディテクターの探査でモンスターを見つけることができた。


 進む方向を少し変えてそのモンスターに向かって歩いていったら、地面に擬態したスライムが見つかった。


「そこの地面にスライムがいるのが分かるか?」

 そう言ってスライムを指さした。


「どれ?」

「分からない」

「あっ! 何かいる」


「逃げられないよう3人で囲んでスライムをたおしてみてくれ。

 スライムはメイスで何回か叩けば潰れて液体になって後に核を残して地面にしみ込むんだ」

「いちおう1階層のモンスターについては予習してきた」

 前向きだな。

「それじゃあ、頑張れ」


 メイスをそれぞれ手にした3人がスライムを囲んで数回メイスを振り下ろしたらスライムは潰れてしまい液状化して地面にしみ込んでいった。

 後に残ったビー玉大の核を鶴田が拾って、

「これが核か」

 一言言ってから坂口に手渡した。

 坂口は核を手にして、

「存外小さいな。

 これで何千円もするとは驚きだな」

「ちょっと見せてくれ」

 坂口から核を受け取った浜田はなぜかその核を口に持っていってひと舐めした。

 これにはさすがの俺も驚いてしまった。


「おい浜田、大丈夫か?」

「今のところ大丈夫だ」

「味はどうだった?」

「クロアメの味がするのかと思って舐めてみたんだが、なんの味もしなかった」


「浜田、何が起こるか分からないからこれからは変な物舐めるなよ?」

 と、俺は保護者として一言注意してやった。

「すまん。

 子どものころからモンスターの核を舐めてみたかったんだ。

 これで夢がかなえられた」

 子どものころからの夢ならしょうがない。ってわけあるか!


 まだ何か変な夢を浜田が持っていたら怖いので確かめることにした。

「浜田、ほかにダンジョンがらみの危ない夢ってないよな?」

「そうだなー。

 モンスターを捕まえて自分でさばいて食べてみたいといったところか」

 まだ変な夢があったよ。

「素人が解体してもうまくないんじゃないか?」

「そうかもな。

 何にせよこの1階層には食べられそうなモンスターは出ないようだし、俺の夢はかなわないだろう」

 俺もうまくはないが獲物を捌くことはできる。

 覚えていたら、そのうちイノシシかなんかを捌いてやるか。




 哲学3人組の最初の獲物はスライムだった。

 問題はなかったわけではなかったが、無難な滑り出しだった。

 スライム相手でつまずくようでは冒険者を辞めた方がいいので当たり前と言えば当たり前。


 次のターゲットもすぐに見つかった。

 次のターゲットは薄い茂みの中に隠れていたカナブンで、3人に袋叩きにあって死んだが、秋ヶ瀬ウォリアーズの3人ほどメチャクチャな攻撃ではなかったのでちゃんとカナブンの形は留めていた。


「誰が核を取り出す?」

「じゃあ、俺がやろう」

 浜田が手を挙げ腰に差していたナイフを手にしてカナブンの頭部の付け根にぐさりと差し込み頭を落としてしまった。


「浜田、核は胸の中だから頭落として何にもならないぞ」

 いちおう教えてやった。

「首の付け根から手が入るかと思ったんだが、ダメそうだな」

 発想は良かったのかもしれない。


 浜田は普通にカナブンをひっくり返して胸の部分に切れ込みを入れて防刃手袋をした手を突っ込んで中をまさぐり核を取り出した。

 もちろん核も手袋もカナブンの体液でグチョグチョだ。

「浜田、舐めるなよ」

「さすがに虫は舐めない」


 鶴田が浜田にウェットティッシュを渡してやった。

「浜田、これで拭け」

「すまんな」

 浜田がまず核をウェットティッシュで拭き、鶴田に渡した。

 その後ナイフをぬぐい、最後にウェットティッシュで防刃手袋を拭いた。

 鶴田は汚れたウェットティッシュを浜田から受け取ってビニール袋に入れ、その袋は坂口にリュックに入れてもらった。

 鶴田準備がいいな。


 カナブンの後も順調にモンスターを見つけることができ、鶴田、坂口もモンスターの死骸に手を突っ込んで核を取り出した。


「長谷川、ちょっと聞きたいことがあるんだが?」

 あらたまって鶴田が俺を呼び止めた。


「なんだ?」

「俺が調べたところによると、1階層でのモンスター遭遇率はだいたい1時間で1回程度だそうだ」

「そうなのか?」

「トウキョウダンジョンやサイタマダンジョンだと遭遇までに要する時間がそれより長くなるらしい」

冒険者ひとが多いものな」

「しかるに俺たちは1時間の間にもう5回も遭遇している。

 これは異常値と言っていいだろう」

「そうかもな」

「長谷川、これもSランク冒険者の能力なのか?」

「鶴田。Sランクは関係ないが、俺はモンスターが近くにいるなら居場所がある程度わかるんだよ」

「もしかして、今話題になっている魔法なのか?」

「厳密にいえばそれとは違うが、まあ、似たようなものだ」


「長谷川。お前、魔法が使えるのか?」

「まあな。このことは秘密にしておいてくれよ」

「もちろんだ」

「俺たちを信用して教えてくれたんだ。当然秘密は守る」

「あたりまえだ」


 この3人はやはり信用できる。


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