第136話 秋ヶ瀬ウォリアーズ13、植樹2


 監視カメラが付いている可能性は非常に高いのだが背に腹は代えられない。

 専用個室を3人が出ていったところで、俺はパンツ一丁の姿になった。

 パンツは幸いなことに濡れていなかったのでリュックの中からタオルを出して体を拭き、それからタマちゃんに濡れてしまった衣類のクリーニングしてもらった。


 いちど衣類や防具がタマちゃんに飲み込まれ、すぐに乾いた状態で戻ってきた。

 素早く下着を着込んで防刃ジャケットなどの装備も整え、武器も装備して準備完了。

 カードリーダーに冒険者証をかざしていつでも転移で跳んでいける状態になった。


 時計を見ながら時間調整し、苗木とスコップもちゃんと持って約束の時間の5分前に渦の300メートル先辺りに転移した。


 そこから何食わぬ顔をして渦の近くまでやって来たら、ちょうど3人が渦から出てきた。

 ただのスコップは武器登録の必要がないためか、冒険者の中では武器としてある程度流行っているらしい。

 しかしセンターの武器売り場で売っている刃先を加工してより殺傷性を高めたものは武器登録が必要だ。

 そういった理由でスコップを持って歩いていても違和感はないと思うが、レモンの実がたった一つ付いた苗木が注目を集めてしまった。


 3人もすぐに俺を見つけてくれたので、4人揃ってとりあえず人の少なそうなところを探そうということになった。

「あっ! やっぱり使ったんだ」

「使えるんだから当然じゃない」

「主語が無いと何言ってるのか分からないけどなんとなく分かる」

 転移という言葉を使わないように気を使ってくれているようだ。




「今日はホントに人が少ないね」

 大雨の影響でAランク冒険者用の1階層の人口密度は普段の4分の1以下の感じがした。

「いつもこれくらいの人だったらいいのに」

「あんまり冒険者の数が少ないとダンジョンセンターが赤字になって、閉鎖されるかもしれないよ」

「それはないんじゃない。少なくともサイタマダンジョンは入場者数で上から5番目くらいに位置しているんだから。

 閉鎖されるのならもっと過疎ったダンジョンセンターだと思うよ」

「そうかもしれないけどね」


 俺以外の3人でダンジョンセンターの経営について考察しながら、大空洞の壁沿いを歩いていった。

 途中モンスターの気配はあったのだがそれは無視して30分ほど歩いたところで、壁から張り出して岩棚のようになった場所があった。


 高さは10メートルほど。

 俺なら登って登れないような高さではない。

 一度上ってしまえば後は転移で何とでもなる。


「そこの岩棚の上を見てみようか?

 もし植えられるようなら、少なくとも冒険者には荒らされないだろうし」

「長谷川くん、10メートルはありそうだけど登れるの?」

「でっぱりもあるから登れると思う。

 一度上ってしまえばあとは転移で往復できるから」

「岩棚の上って土なんかないんじゃない?」

「そう思うけど、運べばいいだけだから」

「なるほど」

「じゃあ」


 俺はスコップと苗木を置き、リュックは背負ったまま壁をよじ登り始めた。

 手がかり足がかりがあったので途中逆こう配の場所もあったものの楽に上れた。

 ボルダリングの選手なら簡単に登れるのだろうが、引退した選手でもなければ冒険者資格を取らないので、誰もよじ登らないだろう。


 岩棚の上に立ってみると、結構広かったのだが、やはり土などは皆無だった。

 その代り、岩棚の真ん中あたりがへこんでいた。

 そこを掘ってやって下から土を運んでくれば十分苗木を植えられそうだ。


『タマちゃん、岩棚の真ん中の岩を直径で1メートルくらい、深さで60センチくらい掘ってくれるかい。

 何となく自然にできたへこみの感じで』

 俺の意図がうまく伝わったようで、岩棚の真ん中あたりにそれらしい穴ができ上った。


 そのあと俺は階段小屋の裏に転移してそこで、さっきの穴に入るくらいの土をタマちゃんに収納してくれるように頼んだ。

 すぐにさっきの穴と同じくらいの穴が空いたので、岩棚に取って返してタマちゃんに先ほど収納してもらった土を穴に空けさせた。

 こんもりと盛り上がってしまったので上から踏み固めてやった。


 上から下で待つ3人に向かって、

「ちょうど良さそうなくぼみがあったし、土もちょうどいい具合にあった」

 と、事後報告してから3人の前に転移した。


 ほんとは上から飛び下りてカッコいいところを見せたかったのだが、タマちゃんの入っているリュックが衝撃で裂けたらまずいと思ってやめておいた。


「それじゃあ、3人を連れていくから俺の手を取ってくれるかい」

 3人がそれぞれ俺の手を取ってくれたところで岩棚の上に転移。


「うわー、下から見上げていた時よりかなりひろーい」

「岩壁の方に寄ってたら下からは見えないんじゃない?」

「ここでお昼にしようよ」

「まずは植樹」


「ホントにちゃんと土がある。

 でも何だか変な感じね。

 土が新しい感じ」

「ダンジョンの中だからいろいろあるんだよ」

「そうかもね。

 さっそく穴を掘って苗木を植えましょう」


 俺がスコップを持って30センチくらいの穴を掘りその中にレモンの苗木を入れた。

 その後土を戻して周りを踏み固めて出来上がり。

 水を掛けた方がよかったんだけど苗木の根をくるんでいた布とわら縄が十分湿っていたから良しとした。

 大雨も役立った。



「うまくいった。

 このレモンが次に実が成るのは3年後くらいかな?」

「そんなにかかるの?

 もう実ができてるのに」

「そういうもんなんだよ」

「そうなんだ。

 元気に大きく育ってもらいたいね。

 でもここって雨降らないじゃない。

 大丈夫かな?」

「灌木が繁ってるから大丈夫なんじゃないかな」

「そうだといいね」


「それじゃあちょっと早いけどお昼にしない?」

 時計を見たらまだ10時過ぎだった。

「お昼にはちょっと早いから、お菓子でも食べておこうよ」

「賛成!」


 すぐに斉藤さんがレジャーシートを岩壁沿いに敷いていつものレジャー体制が整った。


 レジャーシートに腰を下ろしたのだが、みんな靴を履いたままで足はレジャーシートの外に出ている。

 向いてる方向は大空洞の真ん中方向で、言い方を変えるとレモンの苗木方向。


「お花見は出来なかったけれど、その代りがレモンになったね」

「こうしてみるとかわいいよね」

「わたしみたいだよね」

「そうかもね」

「小さいっていう意味だと中川に似てるね」

「小さいっていう意味じゃなくってかわいいていう意味だよ」

「はいはい」

「はいは一度でいいの」

「はいはい」



 一通りレモンの評価が終わったところでみんな今日買ったお菓子を荷物から出して食べ始めた。

 俺はみたらし団子だ。


「長谷川くん、そういったのが好きなの?」

 小箱に入ったチョコレートを食べてた斉藤さんに聞かれた。

「うーん。

 チョコレートやケーキなんかも好きだけど、なんか今日はこういったものが食べたくなったんだ」

「そう言うことってあるよね」

「好き嫌いはほとんどないんだけどね」

 その後俺はみたらし団子を食べながら3人に向かってようかん論をぶってやった。

 なんかすっきりした。


 俺はみたらし団子を3串食べただけだったけど、3人は次から次へとお菓子を食べていた。

 そんなに食べていたらお昼が食べられなくなるんじゃないかと思ったんだが、

「そろそろいい時間になったからお昼にしようか?」

「賛成!」

 余裕でお昼が食べられるようだ。



 俺はリュックに手を突っ込んでタマちゃんからおむすびと緑茶のペットボトルを渡してもらった。

 いつもは坑道の中とか石室の中で食事をしている関係で、10メートルとは言え高いところに座って遠くを眺めながらおむすびを食べるといつも以上におむすびがおいしく感じる。

 気は心なんだなー。


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