第128話 クロ板仕分け


 今週の土曜日は俺の高校の卒業式だった。

 1年生の俺たちはまったく関係なく午前中授業があった。

 自衛隊の黒い板の鑑定を午後2時からと約束したのは良かったが、その日は3月14日。

 ホワイトデー当日だった。


 それに気づいたのがホワイトデー当日の今日の学校でのこと。

 クラスメートたちが来週の水曜、木曜の学年末試験とホワイトデー云々の話題で盛り上がっていたからだ。

 学年末試験はどうでもいいが、ホワイトデーについては当日ではなくもっと前に盛り上がっていてくれればよかったのに。


 結局学校帰りに洋菓子屋に寄って小さめのホールのショートケーキを買った。

 ケーキの小箱は手提げの紙袋に入っているのでそれと学生カバンを持っての帰宅となる。

 うちに帰った時母さんや父さんに見つかりたくはない。


 玄関の扉を開け「ただいまー」と言ったら『ご飯の用意できてるから』と食堂から声が聞こえた。父さんは出かけているようでうちのなかに気配はなかった。

 セーフ。

 俺は靴を脱いで階段を上がり、自室に入ってドアを閉めた。


 ケーキの入った箱を机の上に置いて、普段着に着替えたから1階の食堂に入った。

 昼食はチャーハンと中華スープだった。

 チャーハンを食べながら、台所で食器を洗っていた母さんに、

「これからダンジョンセンターに用事があっていくから」

 と、断っておいた。


「一郎、どういった用事か分からないけれど、あなたバレンタインデーで誰かにチョコもらってたんじゃない?」

「まあ、いちおう」

「今日、ホワイトデーなんだけどいいの?」

「まあ、いちおう」

「あら、そう。

 それならいいんだけど」

 俺の『いちおう』で意味が通じたようだ。

 親子のきずなというやつか?


「ごちそうさま」


 食器を流しに片付けて2階に上がった。

 お出かけ用の上着に財布とかスマホを入れて最後にタマちゃんから鑑定指輪を受け取り、上着のポケットにしまって準備完了。


 ちょっと早かったけれど、ケーキの入った手提げの紙袋を持って2時10分前に「行ってきまーす」と言って玄関を出た。

 そこから、ダンジョンセンターの管理棟のすぐ近くに転移した。


 人はそれなりにいたし、ジャーナリストっぽい目つきの悪い連中もいたけれど普段着姿の俺は注目を集めることもなく普通に管理棟の中に入っていけた。


 管理棟の中に入っていったら、ちょうど奥の方から河村さんがこっちに向かってやってくるところだった。


「こんにちは。今日はわざわざありがとうございます」

 河村さんが改札を駆け抜け脇に設置された機械を操作して、紙の入館証を渡してくれた。


 ふたりで改札を通り奥のエレベーターホールに行きエレベーターで上の階に上っていった。

 前回来た時は確か応接室だったが、今日は部屋の真ん中に大き目の会議テーブルが置かれた会議室のような部屋に通された。

 テーブルの上には大き目の段ボール箱が2つ置かれて、小型の段ボール箱がかなりの数積み上げられていた。

 大き目の段ボール箱の中にはおそらく黒い板が入っていて、鑑定済みの黒い板を魔法別にして小箱に入れていくのだろう。

 俺は付箋でいいかと思ったが、付箋じゃ簡単に外れちゃうものな。


「どうもわざわざありがとうございます」

「大したことじゃありませんから。

 それとこれ。先日のチョコレートのお返しです」

「ええー。

 お返しなんて。

 でもありがとうございます。

 これってケーキですよね?」

「一応」

「作業が終わったらふたりでいただきましょう。

 ここってダンジョンセンターの中だから勝手に給湯室使えなかったんだ。

 どうしましょう?」

 どうしましょうと言われても、俺もここの人間じゃないし。


「それは後で考えるとして、今回長谷川さんに仕事を依頼することについて上の者と報酬について話し合ったんですが、所得税がかからない金額の方がいいだろうということで、今回の報酬額は100万円ということでご了承願いたいんですが」

 お金もらえるの?

 段ボール3個の中に黒い板が何個入っているのか分からないけれど、鑑定するのに1時間もかからないと思うんだけど。

「もちろんです」

「では、契約書になりますので、ここにサインしていただけますか。

 支払いは来月の初めごろ、長谷川さんのSCダンジョン銀行当座預金口座に振り込まれます。

 当座預金口座ではなく別の銀行口座に振り込みをご希望なら、その下の空欄に銀行名などを記入していただくことになります」

「もちろん当座預金口座でだいじょうぶです」


 俺は河村さんから手渡されたボールペンで契約書の下の方に名まえを書いた。

 契約書の名まえは短期顧問契約となっていた。

 高校1年生の顧問誕生の瞬間だった。


「それでは始めましょう」

 俺はさりげなくポケットから鑑定指輪を取り出して左手の人差し指にはめた。


「段ボール箱ふたつで635個あるそうです。

 長谷川さんが調べてどういった魔法が使えるようになる板なのかなんとなく分かった黒い板を手渡してください。それをわたしは魔法別に小箱の中に入れていきます」


 結構あるけど、大したことないな。

 最初の段ボール箱から取り出した黒い板を鑑定したところ、水を作る魔法だった。

「これは水を作る魔法ですね」

 そう言って黒い板を河村さんに手渡した。

 河村さんは小さい方の段ボール箱に「水を作る」とマジックで書いてその箱の中に黒い板を入れた」


 それから先も同じようにして作業が進んでいった。

 これだけ黒い板があれば俺の知らない魔法があるのではと思ったのだが、どうもそうではなかったようだ。

 作業をしながら河村さんが話してくれたのだが、河村さんが自衛隊の研究所に黒い板を受け取りに行ったとき聞いてきた話では、自衛隊は26階層まで探査したものの下の階層へ続く階段はもちろんゲートキーパーも発見できなかったため27階層へは到達していないとのことだった。

 自衛隊がダンジョンを利用しているのはダンジョン攻略ではなく、あくまで訓練のためだろうから、当然と言えば当然の判断かもしれない。

 しかし、自衛隊が階段を発見出来なかったということは、あの階層は予想以上に広いと言うことだろう。


 26階層は特徴がなさ過ぎて階段下までしか転移で跳んで行けないので、フィオナ探知機を使って朝から夕方までの時間でゲートキーパーを見つけられなければ、泊りがけでアタックすることになる。

 26階層のゲートキーパーの撃破と27階層への進出は早くて春休み、遅ければ夏休みということもあり得る。


 作業は結局40分ほどで終わってしまった。

 今の俺ならダンジョンで稼ぐ方が断然お得だが、40分で100万円のアルバイトってそうはないだろう。


 俺が適当なことを言ってる可能性がないわけではないだろうに、信頼してくれたものだ。

 今回鑑定したものはいずれ自衛隊で使ってみるのだろうから、嘘じゃなかったことは分かるだろう。

 そうなってくると自衛隊はまた26階層で黒い板狩をするだろうな。


「これで最後ですね。

 長谷川さんご苦労さまでした」

「河村さんもご苦労さまでした。

 この箱は河村さんがどこかに持っていくんですか?」

「箱はこのままこの部屋に置いておけばダンジョンセンターで自衛隊の研究所に送ってくれることになっていますのでこれでわたしの作業も終わりました」


「それじゃあ、わたしはこれで失礼します」

「あっ! お茶もお出ししていませんでした」

「別に大丈夫ですから。

 河村さんはこれで東京に帰るんですか?」

「作業が終わったことを内線で伝えてから帰ります」

「駅から電車でお帰りですか?」

「はい。一度本庁に戻って報告すれば今日の仕事はお終いです」

「それなら駅の近くまで転移でお送りしましょう」

「済みません」


 ケーキの入った紙袋と持ってきたカバンを河村さんが手に持って両手が塞がったので俺が河村さんの紙袋を持った手を握って駅の近くの人通りの少ない細い道に転移して握っていた手を離した。

 河村さんの手ってかなり温かかったし柔らかかった。



「ありがとうございます。

 ホントに転移って便利ですね」

「はい。重宝しています。

 せっかくだから駅までお送りしましょう」

「いいです、いいです」

「帰る方向ですから」

「そうでしたか」


 ということでそこから駅前まで5分くらい河村さんと一緒に歩いて、そこで別れた。




[あとがき]

宣伝:

異世界ファンタジー常闇の女神シリーズその2『常闇(とこやみ)の女神 ー目指せ、俺の大神殿!ー』(全173話、43万字)思い立ったら破壊時。https://kakuyomu.jp/works/1177354055372628058

よろしくお願いいします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る